偽札狂想曲 ―パフェと筋肉と、時々、拳銃―
リビングの空気は、奇妙な静寂に包まれていた。 ツヨシが寝室から戻ると、同居人のルイが床に這いつくばり、机の上で何かを必死に書き殴っている。その背中は、まるで重大な国家機密でも扱っているかのような悲壮感が漂っていた。
「……何やってんの?」 ツヨシの問いに、ルイは顔も上げず、震える声で答えた。 「お札……作ってる」
ツヨシが覗き込むと、そこにはお札の形に切られた紙切れがあった。マジックで描かれたそれは、子供の工作どころか、落書きの域を出ていない。「諭吉」らしき人物の顔は、どう見ても福笑いに失敗した後のようだった。
「買い物でも行くの? その偽札で」 「いいから、手伝って! 時間がないの!」
断る間もなく、ツヨシもペンを握らされた。 偽札を作るという背徳感ゼロの共同作業が続く。ふと、ツヨシがその「作品」の出来栄えを記録しようと、スマホのカメラを向けた。
「ちがっ! 撮るとか一番ダメなやつだから! 怖い!」 ルイが血相を変えて叫ぶ。 「証拠残るのとか一番怖いの! やめて!」 「あっそう……」
ツヨシがスマホを引っ込めた拍子に、床に一枚の紙切れがひらりと落ちた。 「あ、お札と一緒にレシート落ちたよ」 「こわいこわいこわい!!」
ツヨシの顔が、今度は土色に変わった。必死にレシートを奪おうとするが、ルイはそれをひらりとかわす。 「こわい? 何か後ろめたいことでも?」 「こっ……、怖く、ないです」 ツヨシは急に背筋をピンと伸ばし、軍人のような直立不動の姿勢をとった。
「パフェ2つ。へぇ、ツヨシ、パフェなんて食べるんだ〜」 「パフェ? ああ、それ……プロテインだよ。2本買って、一気に飲んで帰ったんだ」 ツヨシは指を2本立てた後、これ見よがしにボディービルの「サイドチェスト」のポーズをキメた。しかし、その体型はどこからどう見ても、プロテインの恩恵を1ミリも受けていない、ただの貧相な男だった。
「ほんとだー! 『パワー本舗』って書いてる!」 ルイがレシートを凝視して叫ぶ。ツヨシが「だろ?」と胸を張って覗き込もうとした瞬間、ルイが冷たい声で突き放した。
「書いてねーよ! 『フルーツパーラー』だよ! しかも、その体型で何がプロテインだ! 鏡見てから言え!」 「パフェは……糖分補給っていう筋トレだよ! 怖くないだろ!」 「怖いよ! ……っていうか、あんた、キンと付き合ってるでしょ!」
ルイの鋭い眼光がツヨシを射抜く。空気は一気に氷点下まで下がった。
「あー……時代はもう、ボーダーレスラブっていうか……固定観念に縛られない多様性の……」
「多様性の話じゃない! キンは、わたしの元彼!」
「こわっ……。怖いよね」
「私がキンと付き合ってた時も、あんた達デキてたの?」
ツヨシは赤ん坊をあやすように手を振った。
「それはない。二人が別れてからだよ〜。怖くないからね〜」
「キンと私、まだ付き合ってるよ!」
「怖い!!」
二人の絶叫が重なる。
「「二股だろ!!」」
その時、閉め切った窓の向こう、客席側から聞き覚えのある声が響いた。
「こわっ……」
二人は弾かれたように声の主を探してキョロキョロと見渡した。
「こえ〜〜〜……」
「うるさいな! 誰だよ、上がって来いよ!」
ルイが窓を指さして怒鳴ると、ガシャリという音と共に、一人の男がひょいとベランダから侵入してきた。ルイの今彼であり、ツヨシの今彼でもある男――キンだ。
「ここ3階ですけど……」
呆然とするツヨシを無視し、キンはいきなり懐から拳銃を出し、ツヨシのこめかみに突きつけた。
「こいつの命が惜しかったら言うことを聞け! 有り金全部、これに詰めろ!」
投げられたのは、掌に乗るほど小さなポーチだった。
「ちいせーだろ」
「ナニ?」
キンが凄むが、ルイは冷静にそのポーチを拾い上げた。
「いいのよ、3枚しかないから丁度いいわ。描きかけを完成させたら4千円になるけど、どうする?」 「……頼む!」
「あ、残りの半分、一万円札にしちゃおうか?」
「頼む!!」
「いくらになるんだよ、それ!」
ツヨシのツッコミに、ルイは当然のように札の半分を指差して説明した。
「五千五百円に決まってるでしょ!」
「天才!!! ってことは、合計は?」
「8500円」
「フー――――! 偽札大臣!!」
キンのテンションが異常な方向に跳ね上がる。
「期待して待ってな!」
というルイの言葉に、キンはしおらしく
「はいっ」と返事をした。
ルイが再び机に向かい、猛烈な勢いでペンを動かし始める。
その背後で、奇妙な時間が流れた。 キンは銃を突きつけたまま、ルイの目を盗んでツヨシと見つめ合い、空いた手でツヨシの肩を抱いてイチャつき始めたのだ。
「そもそも、なんでパフェ代をツヨシに払わせてんだよ、このヒモ男!」 下を向いたまま、ルイが毒を吐く。 キンが言い返そうとして身を乗り出すが、ツヨシが慌てて制す。 「ガタガタ言ってるとコイツの命はねーぞ!」 キンは、ルイが見ていないのをいいことに、ツヨシの頭を愛おしそうに撫で回しながら脅し文句を吐いた。
ルイがハッと顔を上げた瞬間、二人は音速で「凶悪な強盗」と「震える人質」のポーズに戻る。
「できたぁ!!」 ルイが叫び、偽札の詰まったポーチをキンに差し出した。 「ありがと……」 キンが受け取ろうとしたその瞬間、ルイの瞳に冷たい光が宿った。
「騙されるわけないだろ!!」
ルイはポーチを振り回し、二股をかけていた二人の男に向かって、全力の殴打を食らわせた。 リビングに響くのは、偽札が詰まったポーチの鈍い音と、男たちの悲鳴。 偽札大臣の怒りは、まだ収まりそうになかった。




