8.旅立ちの時
魔物騒動の日から数か月が経った。
冬がやってきて雪が積もり、そして冬が終わって春がやってきた。
この頃、アルティーノは大分銃も得意になってきた。
冬の間に一度だけ、森から魔物が出てきた事があったのだが、その時も上手く対処する事ができた。
なんなら、そのまま死体を隠蔽して騒ぎにならない様にできたぐらいだ。
冬も終わったし、アルティーノはそろそろ村を出てもいいのではないか、と思い始めている……。
「アル、どうしたの?」
今日は畑作業が無い日らしく、クルレディアもオフィーリアも家に残っていた。
とはいえ、クルレディアは自室で眠っているが。
オフィーリアはアルティーノが考え込んでいるのに気が付いたのか、横からこちらの顔を覗き込んできた。
「い、いや、どうも無いけど……?」
「ふーーん……?」
本当かな、と言いたげに更に顔を近付けてくる。
アルティーノは必死に目を逸らした。
「嘘ね、絶対何か悩んでる」
バレた。
(リアはもしかして心が読めるのか……!?)
そんな訳は無い。
オフィーリアには異能の証は出ていないのだから。
「え、えーと、そろそろ村を出てもいいのではないのかなぁ、と考えてて……」
「……そういえば、前も言ってたわね。……まだ、返事もしてなかったわね」
「あ、そういえばそうだね」
前に一度同じ様な話をした時、アルティーノはオフィーリアも一緒にどうか、と誘ったのだ。
その時は、色々考えたいから返事を待っていてくれ、と言われてしまった。
それからすぐに魔物騒動が起こり、ロアーナが亡くなって大変になってしまったので、考える時間が無かったのだろう。なんなら、忘れていた様だ。
「……ごめん、今ここで返事していい?」
「え?いいけど?」
ん゛ん゛、と咳払いをして、居住まいを正すオフィーリア。
「ごめん。私は、一緒には行けないわ」
「そ、う……」
「ごめんね。本当は一緒に行きたいんだけど……まだ父さんは一人じゃやっていけないし、私まで居なくなる訳にはいかない」
「……そうだよね……」
どんどん落ち込んでいくアルティーノ。
やはりそう答えるだろう、とは思っていながらも、落ち込まずにはいられなかった。
「だからね、その代わり……」
顔を赤らめて、再び咳払いをするオフィーリア。
え、何?とアルティーノは驚いた。それはもう驚いた。
「ん゛ん゛……。時間が経って、私が大人になる頃には、父さんも畑作業はしなくなってると思うの……。だから、そしたら……私を迎えに来て欲しい。それで、その……その時は、私と結婚して欲しいの!」
「――え」
時が止まった様な感覚だった。
旅の道連れにならないか、と誘ったと思ったら、何故かプロポーズされたのだ。
え、どういう事?リアって僕の事好きだったの?
そう言いたげな顔をしていた。
(び、びっくりした……結婚……確かに、リアならいいかも……?)
不安げな表情で、上目遣いをしてアルティーノの方を見るオフィーリア。
アルティーノが断らないか、不安で不安で仕方が無いのだろう。目が少し潤んでいるのが、アルティーノにも分かった。
「アル……?その、嫌、だった……?」
涙声でそう言うオフィーリアを見ると、アルティーノの胸はきゅっと締め付けられた。
「い、嫌な訳無いよ!むしろ、嬉しくて驚いてるっていうか――」
「う、嬉しいの……?」
「え、えーと……」
(しまった、つい口が滑った!)
アルティーノとて、オフィーリアが嫌いな訳では無い。むしろ好きだ。
でも、まだ幼いアルティーノには、それが親愛の情なのか、恋愛の情なのか、まだハッキリとしていなかった。
姉弟として見ても、幼馴染として見ても、オフィーリアの事は好きである。
ただ、それがいきなり夫婦となると……まだアルティーノには、想像も付かなかった。
しかし……他の誰かと一緒に暮らして子供を作る、なんていう光景も、想像は付かなかった。
やはり、相手にするならば、オフィーリア以外居ないのだ。そう思えた。
よし、と拳を握り締めるアルティーノ。
「嬉しいよ!だから、僕が大人になったら、迎えに来るね……?」
「ッ……うんっ!」
満面の笑みで頷くオフィーリア。
ああ、受け入れて良かったな、とアルティーノは思った。
その笑顔に、確かに今、アルティーノはときめいていた。
「……うぅ、おはよう」
その現場に入ってきたクルレディアは、顔を赤らめた二人を見て、(あれ、これ起きない方が良かったのでは……?)と思った。
「よし、問題無いね」
数日後、朝目が覚めると、アルティーノは自室で、拳銃や食料、水や野営道具が正しく召喚・送還できるかどうかを確認した。
それが終わると、寝間着から服を着替える。
部屋を出る前に、アルティーノは自室を見回した。
(……今までありがとう。さようなら)
アルティーノは、生まれ育った部屋を後にした。
きっと、もうこの部屋を訪れる事は無いだろうから、別れはきちんとした。
「――あ」
部屋を出ると、珍しく両親が居た。
今日は少し早くアルティーノの目が覚めたからだろう。
目が合うと、なんとも言えない空気が流れた。
何か言わねば、と思い、アルティーノは口を開いた。
「あ、あの――今日、村出るから」
出てきた言葉は、それだけだった。
「……そう、分かったわ」
母親は、それだけ言って頷いた。
アルティーノにとって、数か月ぶりに聞く母の声だった。
一緒に朝食を食べる気にはなれず、アルティーノは家を出た。
昨晩クルレディアには村を旅立つ事を告げてあるが、オフィーリアには告げていない。
なので、これからオフィーリアの家に行き、昼頃に村を出るつもりだ。
オフィーリアの家が見えてきた辺りで、丁度クルレディアと遭遇した。
「坊主、俺は畑仕事があるから見送りはできねえが……元気でな」
ポン、とアルティーノの頭を叩いた。
アルティーノは、なんとか頷いた。涙が出ないように。
クルレディアは、それだけ言うと畑の方に向かった。
アルティーノは鼻を啜ると、オフィーリアの家に入った。
「ああ、アル。なんか父さんがさ、今日は畑仕事はしなくていいって言ったんだけど、なんでだと思う?」
家に入るなり、オフィーリアがそう言ってきた。
きっと、クルレディアが気を利かせてくれたのだろう。
上手い言葉を見つけようとしたアルティーノだったが、こういう時に限って頭は回らない。
仕方無く、アルティーノは簡潔に言う事にした。
「リア。僕、村を出るよ」
「――そう。……分かったわ」
オフィーリアはそれだけ言うと、自分の部屋に入っていった。
なんだろう、とアルティーノは思ったが、しばらく経っても出てこなかったので、アルティーノはオフィーリアの家を出た。
アルティーノは、前までオフィーリアとの待ち合わせ場所にしていた村の外れに一度顔を出した後、村の出入り口にやってきた。
門衛役の村人が居たのだが、アルティーノが来るなり舌打ちをしてどこかに行ってしまったので、今ここにはアルティーノしか居ない。
数分すると、オフィーリアがやってきた。
「……アル。はい、これ」
オフィーリアは自分が手に持っていた木製のブレスレットを、アルティーノに手渡した。
「これは……?」
「父さんに作り方を教わって作ったの。父さんが母さんに結婚を申し込んだ時も、これと同じのを渡したんだって。……本当はね、プロポーズする時に渡そうと思ってたんだけど、あんな感じになると思ってなかったから……だから、受け取って!」
「う、うん……」
アルティーノは、しばらくブレスレットを見詰めた。
オフィーリアからの初めてのプレゼントだ。嬉しくてたまらなかった。
何分経っただろうか。
しばしブレスレットを見詰めた後、アルティーノはブレスレットをオフィーリアに差し出した。
「――え?」
プレゼントを返された、と思って、悲しげな表情になるオフィーリア。
もちろん、アルティーノにそんなつもりは無い。
「リアが着けて欲しいんだ」
「あ、ああ……分かったわ」
右腕を突き出し、オフィーリアにブレスレットを着けてもらう。
ゆっくりと着けてもらい、ブレスレットを嵌めた右腕を見る。
自然と笑みが漏れた。
(嬉しい……)
しかし、ずっとこうしても居られない。
首をブンブン横に振ると、アルティーノはオフィーリアから一歩離れた。
「それじゃ――」
「――アル!」
オフィーリアに別れを告げようとすると、オフィーリアの背後から走ってくる人影が見えた。
よく見てみると、それは他でもない、アルティーノの母親だった。
母親は走ってアルティーノに近付くと、革製の巾着を無言で渡して、背中を向けて去って行った。
(……?)
首を傾げて巾着を開けてみると、そこにはお金が少し入っていた。
お金。
アルティーノは、お金を見るのは初めてだった。
そもそも、村の中ではお金を使う事はほとんど無い。強いて言うなら、村の外からやってきた商人にしか使わない。村民同士では、物々交換が一般的だ。
銀貨が二枚。
それの価値がどれ程か分からなかったが、アルティーノは嬉しかった。
もう自分に関心を失ってしまったと思っていた母親が、アルティーノに贈り物をくれたのだから。
アルティーノは巾着を懐に仕舞うと、再びオフィーリアに顔を向ける。
「それじゃ、リア。……またね」
「……うん。またね」
「またね」だ。「さようなら」では無い。
アルティーノは大人になったら帰って来て、オフィーリアと結婚するのだから。
アルティーノは涙が溢れてくる前に、オフィーリアに背を向けた。
そして、歩き出す。
アルティーノも、オフィーリアも、頬には涙が伝わっていた。
この日、アルティーノは、生まれてから育ってきた村を後にしたのだった。
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