62.帰宅
エルナトと別れた僕は、異空間収納から魔力結晶を取り出した。
魔力結晶――魔術を使う時に、ここから魔力を取り出して使う事が出来る、という物だ。
僕は勝手に魔力を回復させる物だと思っていたのだが、そういう訳では無かった。まあ、同じ用途の品として魔力回復ポーションがあるので、当然と言えば当然だろう。
さて。
この魔力結晶があれば、僕の魔力量でも、ここから帝都まで転移で帰れる、という訳だ。
冒険者生活で魔力量は結構増えたが、それでも感覚的に、帝都までの転移には足りない。なので、魔力結晶を使うのだ。
「……転移」
手の中で、パリン、と魔力結晶が粉々に砕け散ったのを感じた。
そして、一瞬の浮遊感。
反射的に目を閉じ、浮遊感が消えるまで待ってから目を開ける。
そこはもうトマス邸の僕の部屋だった。
「よし、成功」
初の試みだったので若干不安だったが、無事成功した事を喜ぶ。
持ち物は全て異空間収納に仕舞った後なので、何かを置く必要も無い。服だけ着替えるか。
貴族と思われない様に着ていた地味で安っぽい服をクローゼットに仕舞い込み、手持ちの服から無難そうな物を選んで着替える。
うん、良い感じ。リアはまだ帰ってこない筈だから、そこまで気を遣う必要も無い。
「師匠はまだ仕事かなぁ。……そうだ、勉強しよう」
まだ時刻は昼過ぎ、師匠はまだ宮廷魔術師団の指揮に当たっている頃だろう。
僕は窓を一瞥した後、机から勉強道具を取り出した。
冒険者生活で、勉強した内容を忘れていないか不安である。真面目に取り組もう。
リアはまだ帰って来るまで数日あると思っていたのだが、驚いた事に、僕が帰ってから二時間程してから帰って来た。
僕の部屋に入って来た使用人が僕に驚くという事態もありつつ、僕は帰って来たリアを迎えに行ったのだが――。
「えーと……そちらの方々は?」
リアの背後には、三人の男女が居る。
男性二人の方は、どちらも腰に剣を差していて、片方は盾も持っている。
女性の方は……どうやら帝国では珍しい、巫女の様な格好をしている。
地球では神官と巫女にはしっかりとした違いがあった筈だが、この大陸においては、神官と巫女は性別で呼び方が違うだけで、役割は同じである。
彼らは、神聖魔術――パライス神国では、神聖術と呼ぶらしい――を扱い、教会で怪我人の治療などを行っている。
中には冒険者として活動する者も少なからず居て――その一人が、彼女だろう。
彼らは僕の姿を見て、「オフィーリアの弟か?」「それにしては似てない様な……」という風な会話をしている。
「この三人は、私のパーティーの仲間なの。帝都に来る用事があったから、ついでに泊まってもらおうと思って。ほら、前ルイさんも、友達を泊めたかったら自由にしていいって言っていたじゃない?」
「ああ、なるほどね……」
男性二人は二十歳前後ぐらいの若者、女性の方は成人したばかりと言った感じだ。
まだまだ若いが、ランクはどれくらいなのだろうか。
取り敢えず、自己紹介をしよう。
「初めまして、Cランク冒険者パー――じゃなくて、Cランク冒険者で、トマス家長男のアルティーノ・トマスです」
相手は冒険者だが、一応貴族の礼で挨拶をしておく。
練習する機会はあまり多くないので、こういう失敗してもいい場面は意外とありがたいのだ。
というか、『空狼』は解散したのに、間違えて所属と言いそうになった……危ない危ない。
僕がそんな事を心配している間に、リアの後ろの三人は、慌てて返礼をしながら自己紹介をしてくれた。
「Dランク冒険者パーティー『烈火』のリーダーをしている、剣士のリィだ」
「同じく『烈火』の、剣士レーンだ」
「『烈火』の巫女、リシアンと申します」
片手剣だけの装備の茶髪の人がリーダーのリィさん、盾持ちの剣士の同じく茶髪の人がレーンさん、礼儀正しい金髪の巫女の人がリシアンさん。
よし、覚えた。
「皆さんはDランクの方々なんですね。サヘラの迷宮はどんな感じなんですか?」
「俺達は低階層に居たからな……あんまり説明は出来ないが、アンデッドがそれなりに居た様に感じるな。だから、リシアンには結構助けられてるんだ」
「そ、そんな……えへへ。私は、オフィーリアさんが一番凄いと思いますけど……この歳で、並の祝福者――じゃなくて、ええと、魔術師の方よりも凄い奇跡――魔術を使うんですから」
「え、えへへ……」
リシアンさんからの褒め言葉を受け取ったオフィーリアは顔を真っ赤にして照れてしまったので、屋敷の中への案内は僕がするとしよう。
「立ち話もなんですし、こちらへどうぞ」
僕はそう言って、門から歩き出して、屋敷に向かう。
リィさん達の方を見ると、少し緊張している様だ。
無理も無い。僕も最初にここに来た時は、庭の広さとか屋敷の大きさに圧倒されたものだ。
なんだか懐かしい気持ちになりながら、僕は案内をするついでに、リシアンさんに話し掛ける。
「リシアンさん、さっきの祝福者とか奇跡とかって、なんですか?」
さっきの褒め言葉に知らない単語が含まれていたので、確認しておきたいのだ。
リシアンさんは僕の問いに、可愛らしくうーん、と言ってから答えた。
「神国で使われている……というか、パライス教で使われている言い回しですね。祝福者は魔術師の事で、魔術の才能を祝福と捉えている事からそう呼ばれます。奇跡は魔術の事です。優れた祝福者の方はそれはもう神の如き力も扱えますから、そういうところから奇跡と呼ばれる様になったそうです」
「へぇ、なるほど……覚えておきます」
「そうして下さい。……あ、それと。私は割と緩い感じなので大丈夫ですけど、大半の聖職者の方々の前で魔術とか魔術師とか言うと、異端審問に掛けられてしまうかもしれないので、注意して下さい。特に神国に向かう用事がある場合は、聖職者の方以外との会話でも注意が必要ですよ」
「そ、そうなんですか……ちなみに、異端審問ってどんな事をされるんですか……?」
僕が恐る恐るした問いに、リシアンさんは精一杯の怖い顔を作って答えた。
「異端者だと審判されたら、四肢を斬り落とされたり、顔を焼かれたり、闇の奇跡で記憶を消されたりするんですよ~」
「へ、へぇ……気を付けます……」
リシアンさんの怖い顔は全然怖くなくてむしろ可愛いが、言っている内容は恐ろしく怖い。
パライス神国、怖い。
僕は頭にそう刻み込んだ。
「そうして下さい」
リシアンさんは怖い顔を崩して、笑顔でそう言った。
この人は素晴らしい聖職者っぽいのに、異端審問でそういう事をする宗教の人なのか……。
なるべく、パライス教には近寄らない様にしよう。
僕はそう決めた。
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