5.オフィーリアの家
「ハァ、ハァ……」
畑から離れたアルティーノは、乱れた息を整える。
幸い男達は魔物の死体に釘付けで、悪魔憑きのガキを追い掛けてくる気にはならなかった様だ。
「……よし」
ある程度息を整えたところで、オフィーリアの家目指して歩き出そうとして――拳銃の扱いに悩む。
(持ったままだと何か言われるよね……でも、隠す場所も思い付かないし……)
しばしアルティーノが悩んで思い付いた案は、拳銃を元あった世界に送還する事だった。
召喚ができるのであれば、その逆である送還もできるのでは?という事だ。
結果として、その目論見は成功した。
拳銃は、アルティーノの手の中から完全に消えたのだ。
「うん、これでいい」
悩みも消えたので、再びオフィーリアの家目指して歩く。
少し歩いたところで、地面に血痕がある事に気付いた。
(ロアーナおばさんのかな……)
オフィーリアの両親の事が心配になりつつ、更に数分歩いけばオフィーリアの家に辿り着いた。
田舎村の家には呼び鈴なんて物は無いので、入り口の扉を少し強めにノックする。
「……誰だ?」
中から低い声。
クルレディアのものだろう。
「ア、アルティーノです」
名前を告げたら入れてくれないかもしれない、と思ったが、答えない訳にはいかない。
ドキドキしながらアルティーノが名前を告げると、幸い扉は開かれた。
「入ってくれ」
「し、失礼します」
家の中に入ってみれば、床にも血痕が付いていた。
血痕は、玄関からある一つの部屋に繋がっている。
目を真っ赤に腫らしたクルレディアはそちらの方は見ずに、アルティーノをリビングに案内した。
「……茶も出せなくて悪いな。それと、俺を助けてくれてありがとう」
(『俺』……という事は、おばさんは……)
消え入りそうな声で礼を言うクルレディア。
その理由を、アルティーノは察してしまった。
とはいえ、一応、自分が来た目的も果たさなければならない。
意気消沈と言った様子のクルレディアに少々遠慮しつつ、アルティーノにとっては一番大事な質問をする。
「……リアは、何処に?」
「リアなら大丈夫だ。少し風邪気味で朝から寝かせている」
「はあ……そうですか」
安堵の息を吐きつつ頷くアルティーノ。
取り敢えず、オフィーリアの安全の確保は果たされた。
「それで、おばさんは……?」
「…………」
控えめに訊くアルティーノ。
クルレディアは、無言で首を横に振るだけだった。
「そうですか……」
「俺が、ビビッて動けなかったばっかりに……死なせちまった……くそっ」
クルレディアはそう言って涙を流す。
アルティーノも、幼い頃から世話になっていた人物の死に、悲しみを感じていた。
しかし、涙を流す余裕は与えられなかった。
「ん……あれ?なんでアルと父さんが一緒に居るの?」
少し顔が赤いオフィーリアが、自室から出てきたからだ。
オフィーリアにはクルレディアの背中しか見えていない様で、幸いクルレディアの涙には気付いていない。血痕にも気付いていない様子だ。
「か、風邪気味なんだよね!寝てなよ!」
「いや、アルをいつまでも待たせてたら悪いかなと思って……ごほっ……でも、居るならいいや」
血痕に気付かせまいとアルティーノは体を張りながら、オフィーリアを彼女の部屋へと帰す。
オフィーリアは少々咳き込みつつ、素直に従ってくれた。
「……悪いな、もう少しだけ、リアには秘密にしててくれ」
「分かりました」
風邪気味の人に伝えて、体調を悪化させるのも良くない。
薬師も医者も魔術師も居ないこの村で変な病気になれば、ロアーナの後を追う可能性だってあるのだ。
そう考えて行動したアルティーノの判断は正解だったらしく、クルレディアは頭を下げた。
「それと……今まで、悪魔憑きだなんだとか言って避けて悪かった」
「い、いや、しょうがない事ですよ」
「それでもだ。リアはそんな中でも、君と仲良くしていたというのに、俺達大人は寄ってたかって君を酷く扱って……すまねぇ……」
「…………」
それからクルレディアは狂ったように謝罪を繰り返し始めた。
目の前で助けられなかったロアーナへ、そして今まで酷い扱いをしてきたアルティーノへ。
どうにかして慰めたかったが……まだ幼いアルティーノには、人の慰め方など分からなかった。
どうしようどうしよう、とあわあわするアルティーノ。
(えっと、リアに言って慰めてもらって――じゃない、そしたらリアにバレちゃう……えと、えと、どうすれば……)
パニックになるアルティーノだったが、しかし数分後、クルレディアは鼻水をズズッと啜ると、泣き止んだ。
「悪ぃ、ガキみてえに泣いちまった。これからはもう、リアと二人なんだから、しっかりしねえとな……」
「い、いや……好きなだけ泣いていいと思います」
それは、かつてオフィーリアがアルティーノに言った言葉だった。
「すまん……しばらく、一人にさせてくれ」
クルレディアはそう言うと、重々しく立ち上がって、血痕が続くロアーナの部屋に向かった。
アルティーノもいつまでもリビングに座っている訳にはいかないので、オフィーリアの看病をしようとオフィーリアの部屋の扉を叩く。
「どうぞ」
許可も貰えたので、扉を開いて中に入る。
「アル……父さんは?」
「ん、気にしなくて大丈夫だよ。それより、体調はどう?辛くない?」
オフィーリアは顔を赤くしながらベッドで横になっていた。
とても辛いという程では無さそうだが、時折咳き込んでいる事からも、風邪をひいているのは明らかだ。
「ごほっ……大丈夫よ……少し寝てたらよくなるから」
「そう?」
アルティーノはベッドに近付き、咳き込むオフィーリアの額に手を当てる。
そこまで熱くは無さそうだ。
「あ……」
アルティーノが安心して手を離すと、オフィーリアが残念そうな声を出す。
(ひんやりしてて、気持ち良かったのに……)
しかしアルティーノはそんなオフィーリアの内心には気付く事無く、異能で氷枕を出してオフィーリアの枕を交換する。
「あ……これ、気持ち良いね」
「そうでしょ?」
貧しい農村では、氷なんて物はあまり身近では無い。
オフィーリアは使い慣れない氷枕で気持ち良さそうにしていた。
「お腹は?減ってる?」
「ん……ちょっと」
オフィーリアの答えを聞いて、アルティーノはお粥を召喚する。
「わあ、ありがとう」
スプーンも一緒に生成して渡しておく。
やはり、異能は便利である。
何故そこまで忌避されるのか、アルティーノにもオフィーリアにもよく分からなかった。
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