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50.交渉

 わたくしはアルティーノを連れて、イェヘラ領主館の廊下を歩きます。

 昔諸事情で訪れた時と内観はそう変わっていませんので、迷う心配はありません。


 ほどなくして、ある一室に辿り着きました。

 その部屋の前には、『領主執務室』と書かれたプレートが提げられています。

 本来であれば爵位を持っていないとはいえ、貴族を歓待するならば執務室では無くきちんとした部屋に招くべきでしょうが、今回は緊急事態ですし、仕方が無いでしょう。


「何用でしょうか」


 執務室の前には、門衛よりも幾分か高級な装備を身に着けた守衛が立っていました。

 帝都の次に人口の多い都市ですので、それなりに人材は居るのでしょう。


「冒険者ギルドマスターの名代ですわ。領主様にお願い申し上げたい事があって参りました」


「承知しました。こちらで少々お待ち下さい」


 守衛はそう言うと、執務室に入って行きました。


 しばらくすると、中から怒鳴り声が聞こえてきました。


「まぁたギルドか!先程魔通で話したばかりだろう!奴らは貴族の高貴さが分からんのか!!」


 続けて、ドンドンと机を叩く音が響いてきます。


 ……いくらなんでも、冒険者の耳を舐め過ぎではないでしょうか?

 後ろに立つアルティーノも、響いて来る怒声に顔をしかめています。


 それからまた少しすると、ようやく守衛が出てきました。


「お、お待たせしました。どうぞお入り下さい」


 顔に少し汗を浮かべて、疲れた様子で彼はそう言いました。

 傲慢さばかりが取り柄の上司を持つと大変でしょう、同情します。


 何はともあれ、入ってよいと言われたので、わたくしはアルティーノを連れて、執務室の中に入ります。


「失礼致しますわ」


「失礼致します」


 執務室の机には、不機嫌そうな丸い顔の男が座っています。あの男が領主でしょう。


 汗の珠まみれの顔を見ていると少々不快になりますが、相手は領主ですので、礼を失する訳にはいきません。

 冒険者になってからはご無沙汰だった、数時間前にアルティーノにした貴族式の礼を取ります。


「ギルドマスターの名代で参りました。Cランク冒険者、シーカ伯爵家次女のアメリア・シーカと申しますわ。以後お見知りおき下さい」


 続けて、後ろのアルティーノが男性貴族の礼を取ります。


「その補佐で参りました。Dランク冒険者、トマス子爵家長男のアルティーノ・トマスと申します。以後お見知りおき下さい」


 斜め後ろに居る為に見えにくいですが、子供ながらに洗練された動作です。真面目に礼儀作法を学んできた事が見受けられます。


「イェヘラ領主、ファラハ・リエント子爵だ。よくぞ参った。座るがよい」


 リエント子爵は大仰な動作で座りながら礼をすると、机の正面にあるソファーを指した。

 「失礼しますわ」と言いながらわたくしが腰掛けると、アルティーノも続けて「失礼します」と言って座りました。


「……用件は、魔通で送られた内容と同様と判断してよいな?」


「ええ、その通りでございますわ」


 魔通とは、魔通装置という名前の錬金道具を使って、遠距離での通信を行う事です。

 数十年前に然る空間魔術師の方が発明され、それ以降、中央大陸の国々では広く利用されている品です。その魔術師の方が亡くなられて以降は、量産も難しくなってきているとの事なので、値段は高騰していますが。


 それはさておき、どうやらマスターが仰っていた通り、状況は芳しくない様です。

 リエント子爵の顔には、はっきりと「拒否する」の文字が見えます。

 しかし、ここで大人しく帰ってはマスターに顔向け出来ません。ここをどうにかするのが、わたくしの技量の見せ所でしょう。


「リエント子爵には、町民への避難勧告を行って欲しいのですわ」


「魔通でも返信をした事だが、断る。貴公らは、貴族としての学びが足りぬ様だ。私は、皇帝陛下に与えられたこの町を発展させねばならない。その為に、町民の避難などしている場合では無いのだ」


 陛下に授けられた町を発展させる義務がある。それは分かります。

 しかし、陛下に与えられたのは、町だけでは無い筈です。同時にその民も与えられているのですから、その安全を守る事もまた、領主の義務だと、わたくしは思います。


「陛下に任された民を守る事もまた、貴族の責務ではありませんか?」


「それはそうだ。しかし、迷宮は冒険者ギルドが管轄する事物だ。その失態の尻拭いを私がしてやる必要は無いと思うが、如何かな?」


「ッ…………」


 失態と言って言えない事はありません。

 しかし、アグマ・ネタルの出現、暴走など、天災以外の何物でもありません。ギルドの一存でどうこうできる問題では無いのです。

 その様な一大事に、ギルドの管轄がどうのこうの言って、一体何の生産性があるというのでしょうか……。


 ですが、リエント子爵には何を言ってものらりくらりと躱されてしまいそうです。

 一体どう言い含めればよいものでしょうか……。


 私が悩み始めた時、隣に座るアルティーノが初めて発言をしました。


「リエント子爵、失礼ですが、今は責任の所在を追及して糾弾を行っている場合では無いと思いますが?」


 まだ十にも満たぬ少年が口を挟んだ事に、リエント子爵は面白そうにしています。


「ほう?では何かね、貴公ら冒険者ギルドは、今回の件に関する責任は取らないと?失態に目を瞑り、協力を求めろと、そう言いたいのかね?」


「そうは言いません。しかし、避けられようの無い天災に対して、『誰が悪かった、これは誰々の責任だ』などと不平不満を言っても、何の発展性もありません。本件が上手く片付けば、冒険者ギルドイェヘラ支部は、今後領主様への協力は惜しまないとここに誓いましょう」


 協力は惜しまない、そう言ったアルティーノに、リエント子爵はニヤリと笑いました。


「協力は惜しまないとは、例えば、迷宮から産出された魔石や魔力結晶を融通してくれるとか、そう言った事かね?」


「そこまでは不可能でしょう。ですが、優先的な購入権や、定期的な買い付け契約などは可能でしょう」


「ふむ……」


 すると、それまで一切悩む様子の無かったリエント子爵は、顎に手を当てて首を傾け始めました。

 わたくしでは到底出来なかった事でしょう。


 しかし果たして、これで納得してくれるでしょうか……とわたくしが思ったその時、机の上に何かが出現しました。

 銀皿の上に乗った、白い三角柱状の何か。頂点には赤い果実が乗せられており、遠目から見てもそのみずみずしさが伝えられてきます。

 これは一体……?


「失礼、話が長くなりそうなので、少し茶菓子を頂きます」


 アルティーノは真面目くさった顔でそう言った後、皿に付属して置かれていたフォークを手に取り、銀皿の上に乗った物を口に運び始めました。


 リエント子爵は訝し気な顔をしているだけで、特に咎めるつもりも無い様です。あるいは、考えるのに必死なだけでしょうか?


 まあ、問題無さそうですので、わたくしも頂きましょう。


「はむっ……んんぅ!?」


 口に入れて、その美味しさに驚嘆しました。

 これまでの人生で感じた事の無い甘みが、口中を支配しました。

 昔帝都を訪れた際に、父上の気まぐれで菓子店で菓子を食べた事がありますが、その時の菓子よりも数段上の味わいです。


 空間魔術で出したのでしょうが、アルティーノは普段からこの様な物を持ち運んでいるのでしょうか……?今度少し分けて頂かねばいけません。


「む?それはなんだね?」


 思考に夢中だったリエント子爵も、わたくしの驚嘆の声で、この食べ物に気が付いた様子です。


 アルティーノはフォークを置くと、リエント子爵に向き直り説明を始めます。


「これはショートケーキという甘味でして、生クリームという甘い食材をふんだんに使用した一品になります」


「ほう、甘味か……。それは、ギルドで生産している物なのかね?」


「いえ、ギルドの物ではありません。私の自作となります」


「ほ、ほう……そうか……」


 リエント子爵は、少しずつしょーとけーきなる物に興味を惹かれている様子です。


 その時、アルティーノが指をパチンと鳴らしました。


「よろしければ、子爵もご賞味下さい」


 指を鳴らす音が聞こえたと同時に、リエント子爵の机の上にしょーとけーきが乗った皿が現れます。


「う、うむ、頂こう」


 突然の事態に驚いた様子ですが、それよりもしょーとけーきが気になる様です。


 リエント子爵はしょーとけーきを口に運ぶと、目を見開かせました。


「な、なんだこの美味は!?是非とも我が妻にも食べさせたい……しかし、これは一つしか……ううむ……」


 今度はリエント子爵では無く、アルティーノがニヤリと笑う番でした。


「もし今回の件で避難勧告を出して下さるなどの協力を頂けるなら、ショートケーキを十個程包装した物をお渡ししましょう」


「そ、そうか……!よし、分かった、協力を約束しよう!」


 先の魔石や魔力結晶に関する話や、しょーとけーきの甘さに惹かれたのでしょう。

 その条件を突き出されたリエント子爵は、すぐさま頷きました。


 それを見たアルティーノは、トントンとわたくしの肩を突きました。


「ほら、サールデさんに貰ったあれですよ」


 小声でそう囁かれて、ハッと思い出しました。


 わたくしはマスターに渡された、今回の件に関する事項が記された契約用紙を取り出します。

 すると、アルティーノはわたくしの手から用紙を奪い取り、サラサラと何かを追記していきます。


 少しすると、しょーとけーきを楽しむリエント子爵に、それを手渡しました。


「こちらに、先程お話しした条件を記しました。ご確認の上、特に問題が無ければ、サインを頂けると」


「う、うむ、確認しよう」


 リエント子爵は、フォークを置くと素早く目を動かしていきます。


 内容を確認した後、リエント子爵はすぐにサインをしました。書き換え不可能なインクを出す、特別な錬金道具のペンを使っています。


 アルティーノはサインを確認した後、約束の品を机の上に置きました。


「では、こちらが例の物になります。それでは、我々は失礼させて頂きます」


「う、うむ。避難勧告については、取り急ぎ発令しておこう」


「助かります。それでは、失礼しました」


 アルティーノは礼では無く深く頭を下げながらそう言うと、わたくし達のしょーとけーきの方に手を伸ばしました。

 すると、しゅんとしょーとけーきが消えます。


「あぁ……」


「ほら、行きますよ。後でまた出してあげますから」


 わたくしが悲痛な声を出したせいか、アルティーノはそうやってわたくしを宥めました。


 後で食べられる、と聞いたわたくしは、素早く立ち上がって、リエント子爵に礼をします。


「失礼致しましたわ」


 そして、執務室の扉を開け再び礼をした後、廊下に出ました。


 背後では、アルティーノが礼をするのが見えます。


 ……少々手間取りましたが、マスターの指令は無事達成する事が出来ました。

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