4.魔物の襲来
目が覚めて、寝間着から着替えて、誰も居ない部屋で両親が用意してくれた少量の食事を食べ、家を飛び出して村の外れに向かう。
それが、アルティーノのここ最近の日常だった。
「あれ……?」
しかし、村の外れに向かっても、いつも居る筈のオフィーリアは居なかった。
(リア、寝坊かな……?珍しいな、いつもは先に居るのに……)
不安に思いつつ座って待つが、いつまで経っても来る様子が無い。
二十分程待って痺れを切らしたアルティーノは、オフィーリアの両親に何か言われることを覚悟して、オフィーリアの家に向かう事にした。
村の外れから離れて、オフィーリアの家に向かうが、村の様子が若干おかしい。
「――わっ」
アルティーノが歩いていると、走ってきた男性にぶつかる。
「チッ、悪魔憑きのガキか……今は構ってる暇ねえんだ、帰んな!」
走ってきた男性はアルティーノに悪態を吐くと、他の村民に向けて叫ぶ。
「クルレディアんとこの畑で魔物が出たぞー!逃げろー!!」
「え……」
その発言で村民達は悲鳴を上げるが、アルティーノは茫然としていた。
クルレディアは、オフィーリアの父親の名前だったからだ。
(まさか……リアが来なかったのって……!)
恐ろしい事を想像してしまい、アルティーノの足が竦んだ。
魔物は凶悪な生き物だ。通常の生物よりも身体能力が高く、種類によっては超常現象――魔術を操ったりもする。熟練の狩人や騎士でも、時には負ける生き物。
しかし、アルティーノには無事を祈る事しかできな――いや、異能がある。
(狩人の人達は、今日は朝早く出るって話してるのを聞いた……てことは、誰も魔物の相手をできないんじゃ?)
狩人が村に居る時ならば、任せる事ができた。
しかし。
今は、狩人は村の外で狩りに出てしまっている。
今頃村の大人の男性を集めているところだろうが、そんな悠長な事をしていたら、オフィーリアは助からないかもしれない。
アルティーノならば、異能で戦えるかもしれない。
そう思った瞬間、アルティーノは駆け出していた。
前に両親の手伝いで畑には行った事がある。オフィーリアの家の畑の場所も把握している。
自分の異能がどれくらい魔物に効くか分からない。分からないがしかし、アルティーノは無我夢中で駆け出した。
アルティーノが畑に着くと、猪の様な魔物が暴れているところだった。
その付近には、血塗れで倒れている茶髪の女性と、それを支える銀髪の男性。オフィーリアの両親だ。
父親――クルレディアは母親であるロアーナを助けようとしているが、魔物の恐怖に力が入らないのか、一向に救助作業は進んでいない。
そんな二人に対し、魔物はすぐにでも飛びかかろうとしていた。
「こっちだ、猪野郎!」
気付けば、アルティーノは魔物に向けて声を張り上げていた。
魔物は顔の向きをアルティーノの方に向け、新たな獲物の出現に歓喜し、雄叫びを上げる。
それは、魔物らしい凶暴な雄叫びだった。
「ブモオオオォォォォ!!」
「ッ……」
魔物の雄叫びに、恐怖からアルティーノの心臓がドクンと跳ねる。
だが、これで魔物の注意はクルレディア達から離れた。
アルティーノは自分の目論見が成功した事を喜びつつ、次の一手を考える。
(猪に効く物ってなんだ……!?分からない、罠か!?でも、罠の知識なんて無い……!どうすれば……!)
焦るアルティーノが思い浮かんだのは、細長い鉄の塊。
すなわち、銃だった。
(銃の種類なんて分からないけど……反動の弱い拳銃を召喚しよう!)
アルティーノが拳銃を強く欲すると、手の中にズシリとした重みが生まれた。
この頃は、もう自分の手の中に直接物を召喚する事ができるようになっていた。
アルティーノは拳銃を構え、威嚇しながら地面を蹴る魔物に標準を向ける。
「……ッ!」
一瞬の鋭い呼吸と共に、引き金を引く。
パァン!
鋭い発射音と共に、弾が発射されるが――魔物には当たらなかった。
(焦り過ぎて、狙いが定まってなかった……落ち着け、落ち着け……!)
魔物は銃声に一瞬怯んだものの、戦意を喪失する事は無い。
捕食者の目でアルティーノの方を見詰めている。
対するアルティーノは、反動で少々腕に痺れが生まれたものの、そこまで大きなものでは無かった。
反動の弱い銃、というアルティーノの願いは、無事叶ったようだ。
「ふーっ……」
落ち着いて、深呼吸。
例え魔物が目の前でこちらを食べようと威嚇していたとて、冷静になる事が最も大事。
(今度は、外さない……)
どこまでも落ち着く。
拳銃を構え、魔物に向ける。
視野が広がっていくような感覚。
どこまでも研ぎ澄まされる知覚。
「すーっ……」
息を吸う。
「はーっ……」
息を吐く。
「ッ!!」
引き金を引く。
パァン!
アルティーノの手元から放たれた銃弾は、運良く魔物の右目に命中した。
「ブモオオオォォォォォォ!!」
痛みに悶える魔物。
しかし、悲鳴を上げたのも少しの間だった。
血を流しながら半狂乱状態になった魔物は、アルティーノに向かって近付いてくる。
「く、来るなッ!」
さっきまでは落ち着いていたが、血塗れの魔物が迫ってくるという状況に、アルティーノは再び冷静さを欠いた。
狙いを定めるという事を忘れて、ひたすら銃の引き金を引く。
パンパン、パン!
何度銃声が響いただろう。
カチカチ、と乾いた音が弾切れを報せる。
ハッ、と青褪めるアルティーノだったが――直後、魔物が地面に倒れ伏す音が響く。
無我夢中で放たれた弾丸の一発が、魔物の心臓を射抜いていたのだ。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
焦りによって無意識に過呼吸になっていたようで、アルティーノの呼吸はとても浅かった。
深呼吸して落ち着きを取り戻し、自分の体の状況を確認する。
反動はそこまで重いものでは無かったようで、アルティーノは軽い痺れぐらいしか感じておらず、怪我はしていなかった。
魔物の返り血も浴びていない。服は汚れずに済んだようだ。
そこまで確認して――アルティーノはようやく、自分がここに来た目的を思い出した。
「――リアッ!!」
オフィーリアの笑顔が、アルティーノの脳裏に思い描かれる。
アルティーノが魔物と戦う前は、オフィーリアの両親しか居なかった。
ならば――娘であるオフィーリアは何処へ?
オフィーリアの姿を探そうと辺りを見回すアルティーノだったが、視界に入ったのは別の物だった。
「おーい、魔物が死んでるぞー!あっちだー!!」
「子供が居るぞ!!」
「いや、ちげぇ、あれは悪魔憑きのガキだぞ……?」
「って事は、あのガキが魔物を……?」
農具などの寄せ集めの武器を持った村の男達だ。
魔物の死体とアルティーノを見て、訝しげにしながらもこちらに向かってくる。
異能を使っている事がバレたら酷い目に遭う、そう思ったアルティーノは、手の中にある拳銃を隠すようにして、急いでその場を離れた。
幸い、村の男達がこちらを追ってくる事は無かった。




