41.アグマ・ネタル
Bランク冒険者パーティー『さざめきの並木』。
彼らは、イェヘラの迷宮の第十二階層にやって来ていた。これまで到達した者は居ないとされる、未到達階層。
「……みんな、準備はいいか?」
リーダーの剣士、ターディスが問う。
パーティーメンバーの四人――戦士のディータ、弓士のテール、魔術師のスェン、斥候のパーダは、神妙な面持ちで頷いた。
「たりめぇよ」
「行きましょう」
「勝ちましょう!」
「勿論だぜ」
それぞれのパーティーメンバーの返事を確認したターディスは、ボスの部屋の扉に向き直る。
一つ深呼吸をすると、ターディスは扉に手を掛けた。
ゆっくりと扉が開き、ターディスを先頭に中に入って行く。そして、最後尾のスェンが扉を閉める。
部屋は真っ暗だった。
「スェン、明かりを頼む!」
「はい!光球!」
ターディスの指示で、スェンが光魔術を使い、部屋中を照らす。
明かりに照らされた先に立っていたのは、三メートル級の、黒い肌を持った魔物。
「アグマ・ネタル……」
一体誰が呟いただろうか。
それが、彼の魔物の正体である。
アグマ・ネタル。
討伐適正はBランクパーティー。
とはいえ、そのポテンシャルは、AランクどころかSランクにも届く。
しかし、『さざめきの並木』の五人は、アグマ・ネタルの恐るべき力を知らなかった。
「――行くぞ!」
「「おう!!」」「「はい!!」」
ターディスを先頭に、ディータがその後ろ、パーダが遊撃、テールとスェンが後衛。
その配置で、戦闘が開始した。
「ていっ!」「光線!」
テールとスェンが息を合わせて、同時に攻撃を放つ。
鋼の矢と光の線は高速でアグマ・ネタルの額に飛んでいき、大きな傷を付けた。
「いいぞ、効いてる!」
ターディスは仲間に言い聞かせる様にそう叫ぶと、剣を構えて跳躍する。
「ハァッ!」
人外じみた速度で振るわれた剣は、アグマ・ネタルの腕に切り傷を付ける。
「ディータ!」
「おうよっ!」
反撃で振るわれたアグマ・ネタルの拳を、待機していたディータが盾で防ぐ。
防御したディータと入れ替わる様に、ターディスとパーダがアグマ・ネタルに攻撃を仕掛ける。
(いいぞ、この調子なら……)
ターディスは心の中で呟いた。
見た事の無い、名前しか知らない魔物だったが、思った程の脅威では無さそうだった。
その油断が、迷宮においては最も危険だった。
数十分後。
満身創痍といった様子のアグマ・ネタルと、まだ余力を残している『さざめきの並木』が向かい合っていた。
「あっちは致命傷だな……」
「ああ、だけど油断は出来ない」
「魔物は、死にかけでも要注意、ですよね……」
それぞれの得物を構えて、最後の攻撃を仕掛けようとした、その時だった。
「ごぉぉぉおおおおぉぉぉ!!!」
「「「「「――!?」」」」」
それまで呻き声すら上げる事の無かったアグマ・ネタルが、突然咆哮を上げた。
予想外の出来事に、五人の動きが一瞬固まる。
次の瞬間、アグマ・ネタルは拳を振り上げ、地面を思い切り叩く。
「――なっ!?」
拳と地面が接触した直後、五人の体を大きな衝撃が襲った。
アグマ・ネタルに体が引き寄せられていく。
「――みんな!武器を地面に刺すんだ!」
ターディスは叫びながら、地面に自身の剣を刺す。
ディータは護身用の小剣を引き抜き、急いで地面に刺す。
パーダも体勢を低くし、自身の二本の短剣を突き刺した。
しかし、刺す事の出来ない武器を持っている二人は、どうする事も出来なかった。
「テール!スェン!」
ターディスはどんどんと吸い寄せられていく仲間達の名前を叫ぶが、二人を助ける手段は無い。
自身の剣を手放せば、同じ目に遭う事は明らか。
「「きゃぁっ!」」
アグマ・ネタルの眼前まで引き寄せられた直後、二人はその腕に掴まれた。
それと同時に、引き寄せの力は消え失せる。
「テール!!スェン!!」
ターディスは地面に刺さった剣を引き抜き、急いで走る。
しかし、一歩遅かった。
アグマ・ネタルは二人を掴んだ手を口元まで運ぶと、その口を大きく開いた。
「や、やめろおおおおぉぉぉ!!!」
ターディスは叫んだ。
ディータとパーダも、下唇を噛みながら駆けていた。
しかし、間に合わない。
ぐしゃり。
大量の血飛沫と共に、テールとスェンは飲み込まれた。
「くそっ……!ディータ、パーダ、何が何でもアイツを――」
その続きは、驚きによって発する事も叶わなかった。
アグマ・ネタルの体が白い光に包まれ、直後、全ての傷が回復したからだ。
「嘘、だろ……」
「そりゃ、スェンのあれだろ……」
「どうして、アイツが……」
残された三人は、絶句した。
ここまでの戦いで付けた傷が、全て完治されたのだから。
アグマ・ネタルはニヤリと笑うと、再び口を大きく開いた。
その喉の奥に、一瞬、光が瞬いた。
「ディータ、防――!」
ターディスはアグマ・ネタルの狙いを察し、叫んで狙われたディータにその事を伝えようとした。
しかし次の瞬間、アグマ・ネタルの口から、特大の光線が放たれた。スェンが開幕に放った物以上の威力。
「がはっ……!!」
ディータは盾を構えようとしたが、間に合わなかった。心臓を貫かれ、胸を押さえて倒れ込む。
倒れ込んだディータに、アグマ・ネタルの長大な腕が伸びた。
「チッ……!!」
ターディスは舌打ちしながら、どうにかその腕を斬り裂こうと剣を振るう。
しかし、断ち切る事は叶わなかった。
その間に、アグマ・ネタルはディータを掴んでしまった。
「ディータァァァァァァァアアアアアアァァァァ!!!!」
呆気なく、戦士は食べられた。
「そん、な……パーダ、一緒にアイツを――!パー、ダ?」
振り返ってパーダに協力を求めたターディスが見たのは、短剣を仕舞って、死んだスェンとテールの装備を回収しているパーダだった。
ターディスは、その意図をすぐに察した。
彼は、持てるだけの物資を持って、逃亡を図ろうとしているのだ。仲間であるターディスを囮にして。
「ちく、しょう……!!!うああああああああああぁぁぁぁ!!」
ターディスは雄叫びを上げながら、跳躍してアグマ・ネタルの頭に上段斬りを放つ。
しかし、その一撃は、まるで鋼鉄でも叩いたかの様な衝撃を伴って弾かれた。
「んな……なんで……!?」
(さっきは、そんなに硬くなかった筈――)
ターディスの思考は、そこで途切れた。
高速で動いたアグマ・ネタルの右腕がターディスをつまみ、口に放り込んだからだ。
「チッ、時間稼ぎにもなりゃしねぇ……!」
最後に残されたパーダは、舌打ちをしながら遺品の回収を中断し、扉に向かって走る。
扉に手が触れ、開かれ、あと一歩というその時。
ヒュン。
無防備なパーダの背中に、鋼の矢が突き刺さった。
「んなっ……!?」
それは、狙い違わず心臓を貫いていた。
碌な知恵を持っていない魔物が、的確に弓で狙いを定めたのだ。
(テール程の技量が無きゃ、出来ねえ筈なのに……)
パーダはその呟きを最後に、意識を失った。
魔物の口内で倒れなかっただけ、まだ幸運だったのかもしれない――。
かくして、イェヘラの町最高ランクのパーティー『さざめきの並木』は、壊滅した。
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