39.ボス討伐戦
扉を開いた先、部屋の奥で鎮座していたのは、巨大な緑色の怪物――ゴブリンだった。ただ、『巨大な』と表現した様に、普通のゴブリンとは全く違う。
人の数倍はあろうかという体躯、背中に差した長大なハルバード。通常のゴブリンが使う、木の棍棒や錆だらけの鉄剣とは訳が違う、業物の鋼。
「…………」
思わず、ゴクリと喉が鳴った。
「……エルナト、前もあれと戦ったの?」
「いや、前は違う奴だったわ。でも、そうね、強さって意味なら、あれ――ゴブリンキングと同じかもね」
「そっか……」
僕達の会話に気が付いたのか、ゴブリンキングは顔を上げると、ゆっくりと立ち上がった。
漏れ出てくる魔力はかなり増大だ。
エルナトは、後ろ手でゆっくりと扉を閉めた。
「……閉めるの?」
「ええ。閉めないと、もし私達が負けた時、アイツが外に出ちゃうからね。逃げる時は、扉を開ける時間も稼いでから逃げるわよ」
なるほど、それは開けておいたら大変だ。
「了解」「がうっ」
僕達の返事と同時に、扉が完全に閉まる音がした。
それを見計らうかの様に、ゴブリンキングはゆっくりとハルバードを抜く。
「ゴブリンキング、群れの場合はBランク、単体ではCランクパーティーが適正とされる魔物よ。油断したら死ぬわよ」
「……じゃあ、出し惜しみは要らないね」
「それって、どういう――」
エルナトが何かを言うのが聞こえたが、それよりも早く、僕は小型の短機関銃を取り出した。
屋敷で暮らしていた時、師匠相手に何度か練習した事のある武器だ。拳銃とはまた違う、フルオート射撃の時の反動には、もう既に慣れている。
「……詳しい事は後で訊くわ。それはどういう武器なの?」
「うーん、まあ簡単に言うと、弩みたいな物かな?」
「なるほどね。了解したわ」
そんな風な会話をしている間にも、ゴブリンキングは少しずつこちらに近付いて来ている。
それを見てルプスが威嚇の唸り声を上げているが、ゴブリンキングは気にしている風も無い。
「ルプスに前衛を頼む事になるわね……ルプス、お願いするわよ」
「ぐるるるる……」
いつもの吠える様な返事では無く、唸り声での返事。
それだけ目の前のゴブリンキングを脅威として見ている、という事だろうか。
ゴブリンキングと僕達の視線が、交差した。
その瞬間、ルプスが一直線に駆け出した。
「ギヒィィィァァァ!!」
ゴブリンキングはそれを見ると、甲高い雄叫びを上げて、ハルバードを大振りする。
体と武器が大きいだけにその動作も大きいものだったが、決して遅いという訳では無く、むしろ早い。
しかし、速度の面ではルプスの方が上だった様だ。ルプスは難なくその一撃を躱すと、ゴブリンキングのアキレス腱の辺りに爪での攻撃を入れる。
「ギヒィ……」
「ぐるるるる……」
ゴブリンキングにはその攻撃はあまり効いていないらしく、二体は再び向かい合う。
「火力不足みたいね……」
背後のエルナトの呟きを耳に入れながら、僕は少し前に出る。多少前に出過ぎても、ルプスがカバーしてくれる筈だ。
この部屋の広さは、そこまで広くない。近距離制圧が目的の短機関銃でも、充分有効射程の内だ。
初撃が大切だ。一度学習されると、安易に撃たせてくれなくなる可能性がある。
「ルプス!アルティーノが撃つタイミングを作って!」
「がうっ!」
その事をエルナトも理解しているのか、僕が何かを言うまでも無く、ルプスに指示を出してくれた。
後方で戦況を俯瞰して指示を出してくれるエルナトの存在は、結構ありがたい。
ルプスはエルナトの指示に大きな吠えで返事を返すと、再びゴブリンキングに突っ込んでいく。
ゴブリンキングはまたもやハルバードを振るい、ルプスに攻撃を仕掛ける。
ルプスはそれを俊敏な動作で回避すると、今度は突っ込むのではなく、ハルバードに飛び乗ってその上を上っていく。
「ギィィ!」
ゴブリンキングはハルバードの上に乗ったルプスを振り落とそうと、右腕を全力で振り回した。
しかし、ハルバードに乗ったルプスは、そう簡単には落ちてくれない。
ゴブリンキングは尚も諦めず、ハルバードを振り回す。
ガキン!
そう高くないボス部屋の天井に、ハルバードの先端が当たった。
――今だ。
ハルバードから火花が散ったのが見えた瞬間、僕は短機関銃の引き金を引いた。それも、長押しで。
火花と同時に連続で放たれた弾丸は、その八割程がゴブリンキングに命中した。
「ギヘェェェィッ!!」
ゴブリンキングは痛みに悲鳴を上げながら、ハルバードを構えてルプスを盾に弾丸を防ごうとする。
その動作を予期したルプスは、盾にされる前にハルバードから飛び降り、ゴブリンキングの頭の上に着地した。
そして、ゴブリンキングの頭の天辺に噛み付く。
「ギャアゥッ!」
ゴブリンキングが再びの悲鳴を上げると同時に、短機関銃の弾が切れた。
しかし、ここで慌ててリロードしてはいけない。まずは安全を確認してから。
その判断は正解だった。
ゴブリンキングは弾幕が途切れた事に気付くと、頭の上に乗ったルプスよりも先に、目の前の僕を狙ってハルバードを振るった。
リロード中で無ければ、その攻撃はどうとでもなる。
「結界!」
構えた左手から結界を展開し、ハルバードの一撃を防ぐ。
「ルプス!今よ!」
大きく弾かれたハルバードの柄を経由してジャンプしたルプスが、ゴブリンキングの目玉に引っ掻き攻撃を放つ。
「ギャウッ!」
視力を奪われたゴブリンキングは、慌てたのかハルバードを取り落とし、顔の前で拳を振り回した。
逃れようとしたルプスだったが、空中では思う様に動けないのか、拳に激突し吹き飛ばされてしまう。
「ルプスっ!」
目は見えなくとも手応えは感じたのか、ゴブリンキングはルプスに追撃を加えようと、拳を振りかぶる。
しかし、それは一歩遅かった。
ダダダダダ――。
「ギャアアアァァァ!!」
再装填を終えた僕の短機関銃から放たれた弾丸が、ゴブリンキングの胸を貫く。
出血はする。ダメージも入る。しかし、決定打には程遠い。
参った……手詰まりか?
短機関銃では致命傷には届かない。空間魔術の攻撃の術はまだ会得していない。剣などの近距離武器は持ち合わせていないし、使えもしない。ルプスは攻撃を受けて怪我をし、そう大きな攻撃は出来ない。
どうする……どうすれば?
ごく短時間の思考の間にも、弾倉に籠められた弾丸は減っていく。
五発、四発――。
不意に、背後から足音が聞こえた。
足音はすぐに僕を追い抜き、前傾姿勢でそのままゴブリンキングへと向かって行く。
翻る紫の色。
「ハァァッ!!」
髪の毛を翻らせて跳躍したエルナトは、銃弾によって空いたゴブリンキングの胸の穴に指を突き刺した。
「闇ッ!!!」
詠唱では無く、半ば気合の様な一声。
それを起点に、エルナトの指先から、闇色の光が放たれた。
魔力結晶を回収した時と同質のそれは、瞬く間にゴブリンキングの胸の穴を広げていく。
ぐしゃり。
ゴブリンキングの臓物――心臓が潰れた音が、確かに僕の耳に届いた。
広がった穴から血が噴き出て、エルナトにかかった。
次いで、ゴブリンキングの体が、ゆっくりと倒れていく。
数秒後、そこには、大きな血溜まりの中に倒れ伏す、ゴブリンキングの姿があった。
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