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1.オフィーリア

「あっ、居た!」


 どれくらい俯いていただろう。

 いつの間にか夕日が見える時間帯になり、アルティーノがそろそろ立ち上がろうとした時、慣れ親しんだ女の子の声がした。


 アルティーノは、また拒絶される事を恐れて身構える。

 しかし、オフィーリアの声音は普段と変わらないものだった。


「アル、大丈夫だよ」


「――あ……」


 優しい、赤子をあやす様な声音に、思わず涙が漏れる。

 さっきまでずっと泣いていて、涙なぞ出し尽くした筈なのに、次から次へと溢れてくる。


「大丈夫、好きなだけ泣いていいんだよ」


 その言葉を聞いて、アルティーノの中で何かが決壊した。

 目の前に立っていたオフィーリアの胸元に飛び込み、咽び泣く。

 オフィーリアはそれを拒絶する事無く、アルティーノを優しく抱き締めると、その頭をゆっくりと撫でた。







「……落ち着いた?」


 アルティーノが泣き止んでしばらくした後、オフィーリアはおずおずと訊いてきた。

 その声にアルティーノは我に返り、自分より少しばかり年上の女の子に抱き締められているという状況に、顔を赤くさせる。


「う、うん、落ち着いたよ……」


 アルティーノはそう言うが、オフィーリアを離す事は無い。


(……ああ、なるほど)


 アルティーノの赤くなっている耳を見て、オフィーリアは納得する。

 恥ずかしいのが落ち着くまでこうさせてやろう、そう思った。


 しばし沈黙が流れた後、オフィーリアは躊躇いがちにアルティーノに尋ねる。


「ねえ……悪魔の印が出たって、本当?」


 オフィーリアがそう言うと、腕の中のアルティーノがブルッと震えた。

 オフィーリアの胸の中で、アルティーノは村の他の子供に「悪魔野郎!」と罵られた事を思い出したのだ。


(ああ、訊かない方が良かったかも……)


 後悔したが、もう遅い。

 せめて、とアルティーノの背中をポンポンと優しく叩き、再び頭を撫でる。


 それらのオフィーリアの行動である程度落ち着いたのか、アルティーノは消え入りそうな声で頷いた。


「ぅん……」


「そう……」


 見てみたいという好奇心もあったが、オフィーリアはグッと我慢した。

 今のアルティーノにとっては、悪魔の印――異能の証は、デリケートな物だ。安易に覗き見ていい物ではない。


 しかし、これだけは必ず伝えねば、とオフィーリアは自分の本心を口にする。


「何があっても、私はアルの味方だよ」


「うん……うん……」


 泣きそうな声で何度も頷くアルティーノ。


(……色々聞きたいけど、今日は無理そうね)


 この後アルティーノが家でどの様な扱いを受けるのか、それはオフィーリアにも分からないが、流石に明日になっても生きられない程の扱いでは無い筈だ。

 明日になってアルティーノから直接話を聞いて、自分に出来る事を探せばいい。


 そう考えたオフィーリアは、しばらくアルティーノを抱き締めたままだった。







 翌日。

 目が覚めたアルティーノの枕元には、最低限の食事だけが置かれていた。


(そういえば……昨日、何にも食べてないや)


 今更の様に鳴るお腹。

 アルティーノは、両親が用意してくれた最低限の食事を頬張る。明らかにいつもより少ない量だった。


(足りない……けど……)


 短い食事を終えたアルティーノは、寝間着から着替えて自室の扉を開けるも、やはり両親の姿は無い。

 昨日の晩も、夜遅く帰って来てアルティーノと一切会話をすることは無かった。


(僕の味方はもう、リアだけなのか……)


 その事実に気付いたアルティーノは泣き崩れそうになったが、何とか耐える。

 昨日と同じ場所で、オフィーリアと落ち合う約束だったからだ。


 オフィーリアと話せば、きっと気分が良くなる。

 アルティーノは、そう信じてやまなかった。







 昨日一日のほとんどを過ごした場所に来てみれば、約束通りオフィーリアが座っていた。

 約束を守ってくれた、その事実だけでアルティーノは目頭が熱くなる。

 しかし、頭をブンブン振って何とか泣かないようにした。


(昨日は結局ほとんど話せてないし、今日は泣いちゃダメだ)


 オフィーリアと目が合うと、微笑んで隣をポンポンと叩いた。隣に座れ、という事だろう。

 アルティーノは指示通り、オフィーリアの隣の地面に座る。


「……みんな、おかしいよね。異能が使えるようになったからって、アルの事は最初から居なかったみたいに扱って……」


 アルティーノが隣に座りなり、オフィーリアは呟いた。

 昨日一日で感じた、村の大人達に対する不満だろう。非常に悲しそうな表情をしていたが、泣く事だけは耐えている様子だった。

 一番辛いのはアルティーノ、そう思っているから、自身は泣いてはいけないと思っているのだ。


 やがてオフィーリアは自身の感情を落ち着かせ、咳払いをしてからアルティーノに尋ねる。


「ん゛ん゛……。ねえ、昨日は大丈夫だった?ちゃんとご飯貰えた?」


「……昨日は貰えなかったけど、今日の朝はあったよ」


「そう……」


 アルティーノがそう言うと、可愛らしくお腹が鳴った。

 昨日一日ご飯を食べていない上に朝食の量が少なかったのだ。当然、まだまだ足りない筈だ。


「あ、その、これは……」


「いいのよ、大丈夫。ほら、これあげる」


 オフィーリアが懐から取り出したのは、朝食のパン。

 アルティーノが満足に食事を食べられないかもと思って、自身の分の食事からとっておいたのだ。


「いいの……?」


「もちろんよ」


 オフィーリアはパンを見つめて受け取ろうとしないアルティーノの手に、押し付けるようにしてパンを渡す。

 しばらくパンと見つめ合っていたアルティーノだったが、少しすると涙を浮かべながらパンに齧り付いた。


(……もう、大袈裟ね)


 心の中ではそう思いつつも、なんだかアルティーノに触れてあげなければならない気がして、オフィーリアは優しくその頭を撫でた。



 しばらくしてパンが無くなった頃には、アルティーノも泣き止んでいた。


「僕、この先どうすればいいんだろう……」


 これからずっとこの村でこんな生活をしていく事は耐えられない。

 そんな思いから、言葉が漏れ出た。


「そうね……二つ、あるわ」


「二つ……?」


「そう、二つ」


 自分に向けて尋ねた言葉では無いのだろう。

 オフィーリアはそれを分かってはいたが、答えずにはいられなかった。


「一つは、このまま大人になるまでこの村で過ごして、大人になったら出て行く。それまでの間は、その……私が支えてあげるし、その後も私が一緒に居てあげる」


 頬を赤くさせながら言うオフィーリア。

 つられて、アルティーノも顔を赤くする。


 気恥ずかしい空気をかき消す為、オフィーリアはすぐに二つ目の案を言う。


「もう一つは、異能の練習をして誰にも馬鹿にされないようになる事!」


「異能の……練習……」


 自分の力を強めて、文句を言う奴らを黙らせる。

 結局のところ、世の中とは弱肉強食。強い奴が正義で、弱い奴は強い奴に従うしかない。

 虐げられる側から抜け出そう、という事だ。


(リアの手はこれ以上借りたくない……だから、僕は――)


「やるよ。異能の、練習」


「……そう。手伝うわ」


 この先もずっとオフィーリアの胸の中で泣いている訳にはいかない。

 自分の力で一歩を踏み出し、強く生きていかねばならない。


 アルティーノは拳をグッと握りしめ、そう決意した。

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