13.メローナの過去
「それじゃ、私は家に帰るとするよ」
メローナが食事を食べ終わったところで、食器を仕舞ったフルスがそう言った。
「フルスさんって、毎晩行き来してるんですか?」
「そうだね。メローナに食事を持って来て、帰って寝るのを毎晩してるよ」
「申し訳無いとは思ってるわ……あ、でも、アル君が居る間はご飯貰えるから、大丈夫かも?」
「本当かい?じゃあアル君、数日は任せてもいいかな?」
「はい、大丈夫です」
「それじゃ、アル君がここを離れる事があったら、その前に私の家に来て教えてくれ。場所はギーに訊けば教えてくれる筈さ」
「分かりました。あ、僕、ここの鍵持ってないんですけど……」
「ああ、それもギーがくれる筈じゃないかな?」
「分かりました」
それだけ会話をすると、フルスは「じゃあね」と言って部屋を出て行った。
「あれ、ていうか今って夜なんですか?」
「そうみたいね。外が見えないから、フルスが来る時間で判断するしか無いのよね……」
ここには時計は無い様だ。
そもそも、この世界に時計と言う概念があるのか、アルティーノには分からないが……。
「あ、そうだ、アル君多分、他の部屋まだ見てないわよね?」
「ええ、見てないです」
「じゃあ案内してあげよっか。付いて来て」
メローナはそう言うと部屋を出た。
アルティーノもそれを追って部屋を出る。
「今入ってた部屋が、手前から三番目の部屋ね。まあ、リビングみたいな所かな?」
メローナはさっきまで自分達が入っていた扉を叩くと、今度は入り口に一番近い扉に移動した。
「ここと二番目の部屋が寝室よ。ここが男用、そっちが女用……と言っても、普段ここで寝泊まりするのは私とギーアロスぐらいだから、実質ギーアロス用と私用みたいな感じなんだけどね」
「なるほど。じゃあ、僕は今日はこっちで寝ればいいんですね」
「あら?別にこっちで寝てもいいわよ?」
「え、えと……遠慮しておきます」
「そう?」
笑いながらアルティーノを揶揄うメローナ。
アルティーノは少し顔を赤くしながら断っておいた。
メローナはそれを見ておかしそうに笑った後、奥の方に移動する。
「ここはお風呂場。と言っても水だけしか無いから、湯沸かしは私が魔術でやってるんだけどね」
「え、メローナさん魔術使えるんですか?」
「使えるわよ。雷のね」
「今度教えて下さい!」
「う~ん、魔術って人それぞれの適性があるからね……。アル君が雷だったら教えられるけど、そうじゃなかったら無理かも……」
「そ、そうですか……」
一先ず雷である事を祈っておこう、と思い、アルティーノは気持ちを切り替えた。
次にメローナは、一番奥の部屋、つまり五番目の部屋の前に移動した。
「ここは物置兼キッチンみたいな所。私がさっき読んでた本も、普段はここに仕舞ってるわ」
「本とかはメローナさんが買ってるんですか?」
「ううん、私は外出しないから……。全部ギーアロスとかフルスが買ってくれてるわ」
「なるほど……なんで外出しないんですか?」
「それは……」
アルティーノが無邪気に訊くと、メローナは言葉を詰まらせた。
もしや、訊いてはいけないものだったのか?と後悔するアルティーノ。
「あ、えっと、もしかして、訊いちゃいけなかったんですか……?」
「ううん、大丈夫よ。とはいえ、長くなるから……先にお風呂にしましょうか。どうする?一緒に入る?」
「だ、大丈夫ですから、メローナさんはお先にどうぞ!」
「ふふ、じゃあお先に頂くわ」
最後にアルティーノを揶揄って笑った後、メローナはお風呂場に消えて行った。
アルティーノはふぅ、と息を吐いた。
(それにしても、お風呂場まであるんだ……僕の家よりも豪華だなぁ……)
村ではたまに水浴びするだけだったアルティーノとしては、風呂とは高級な物でしかない。
この拠点は場所としては裏路地の中なのに、設備はかなり整っている様だ。
(ギーアロスさん会長って言ってたし、全部ギーアロスさんが用意してるのかな……?)
ギーアロス、凄い。
アルティーノはそう思っておく事にした。
メローナがお風呂から上がるまで暇になったアルティーノは、物置を覗いてみる事にした。
入ってみると、鍋やおたまと言った調理器具があったり、棚に本が入っていたりした。
(『雷魔術教本』……『異能と悪魔の関係性』……色々あるなぁ)
前者はメローナ用の物、後者はギーアロスが買い求めた物だろうか。
どちらも気になったが、アルティーノには文字が読めない。
『文字の読み方』みたいな本は無いので、その内メローナ辺りに教えてもらうしかない様だ。
アルティーノが諦めて物置から出ると、丁度お風呂から出たメローナと鉢合わせた。
「アル君、入っていいわよ。お湯は温めておいたから」
「分かりました」
タオルの類が無いのか、メローナの髪はびしょ濡れだった。
服も若干濡れていて直視できないので、アルティーノは早々にお風呂場に突撃した。
お風呂場は、木の桶にお湯が溜められているだけの簡素な物だった。
扉のすぐ傍には、衣服を入れる用の籠があった。
衣服を脱いで籠に仕舞うと、アルティーノはお湯に浸かった。
「あったかい……」
村で水浴びをする時は川の水を使っているので、こんな風に温まる事はできない。
冬にでも入ったら最高なんだろうな……と考えつつ、アルティーノはお風呂に浸かった。
あまりメローナを待たせる訳にもいかないな、と思ったアルティーノは、数分浸かるとさっき脱いだ衣服を着て、お風呂場から出た。
廊下にはメローナの姿が見えなかったので、リビングを覗いてみるが、そちらにも居ない。
(物置かな……?)
今度は物置を覗いてみるが、こちらにも居ない。
となると、後は寝室。
(もう寝ちゃったのかな……?さっきの話の続きを聞きたかったんだけど……)
一応まだ起きているかもしれないので、女性用の寝室をノックしてみる。
すると、中から「どうぞ~」と声が返ってきたので、遠慮しながら中に入る。
「座りながら話するのもアレだから、どうせなら布団の中で話そうかな~って思って」
「は、はぁ……。でも僕、隣の部屋で寝るので……」
「いいのよいいのよ。こっちで寝ていいわよ」
ポンポン、と自身の布団を叩くメローナ。
アルティーノは仕方無しにメローナの布団の中に入った。
「それで……私が外出しない理由、だったわよね?」
「はい」
「ちょっと昔話みたいになるんだけどね……」
メローナはそう言うと、ゆっくりと話し始めた。
「元々保護会に入れてもらう前の私は、普通の商店で働いてたんだけどね。ある日、私の水浴びを覗いてきた店主が私の悪魔の印に気付いて……」
トン、とメローナは自身の胸を突いた。
「それで私は店主に拘束されて、その場で襲われたわ。店主は既婚者だったけど、そんなのお構い無しだった。それで、何度も何度もされて、気絶して起きたら……店主の妻が私を使って商売を始めてたわ。私は顔見知りの従業員とか、常連の客とか、全く知らない男に何度も穢された……」
幼い故にそう言った事に詳しくないアルティーノですら、吐き気を催す内容だった。
語るメローナも辛そうだ。
アルティーノは何か言葉を掛けようとしたが、上手く言葉が見つからない。
「もう私は全てを諦めようとしてた……そんな時に助けてくれたのが、ギーアロスとフルスの二人。ギーアロスは店を破壊して、フルスは私に食事と衣服をくれて、ここまで逃がしてくれた。でも……その時のトラウマでしょうね。ギーアロスとフルス以外の男から見詰められるだけで、手足が震えて立てなくなったの。今は同じ異能持ちならかろうじて会話は出来るけど、前はそれも叶わなかったわ」
「え……じゃあ僕は?」
「流石に子供は大丈夫よ」
そう言いながら、優しくアルティーノの頭を撫でた。
「だから、私は外に出ずにここで一生を終えるしか無いのよ。トラウマを克服するまで太陽を見る事も出来ない。克服なんて、出来やしないだろうしね」
「そんな……僕、頑張ってメローナさんが外に出る方法を探しますよ!」
「ふふ、ありがとね」
メローナはそう言って微笑むと、そのまま寝てしまった。
(異能持ちだからってそんな酷い目に遭うなんて……僕はまだ、恵まれてる方だったんだ)
アルティーノは、何かメローナの為に出来る事をしてあげよう、と決意した。




