11.異能持ち保護会
どれくらい歩いただろうか。
アルティーノはギーアロスに付いて、見慣れない町の裏路地を右に左に歩いて行った。
(暗い……)
裏路地は暗いし汚い。
今居る場所は比較的綺麗だが、場所によっては誰かの嘔吐物があったり、排泄物があったりした。
また、生きている虫や虫の死骸もかなりあった。
ギーアロスは汚くとも無視してズンズン進んでいくので、アルティーノも仕方無しに進んで行く。
村でも別に風呂に入ったりする事は無かったが、アルティーノは今だけは切実に風呂に入りたかった。
数分程して。
ようやく、ギーアロスが歩みを止めた。
「ここだ」
そう言うと、ギーアロスは懐から鍵を取り出し、目立たない扉に鍵を差し込んだ。
アルティーノはそれまで扉の存在に気付かなかったので、大いに驚いた。
「さっさと入れ」
「あ、はい……すみません」
呆気に取られているとギーアロスに怒られてしまった。
アルティーノが中に入ると、ギーアロスは素早く扉を閉めて鍵を掛けた。
「さて。今日は誰か居るかな……っと」
ギーアロスはそんな事を呟きながら、手前から三番目の扉に手を掛け、中に入って行った。
アルティーノも後から続く。
部屋の中には、蝋燭の置かれた机に肘をついて本を読む桃髪の女性が居た。こんな裏路地に居るとは思えない、かなり綺麗な女性だ。
「メローナ、新しいお仲間だぜ」
「ん……ああ来てたのね。……そっちの子供が?」
「ああ。残念ながら男だ」
「子供なら嫌いじゃないわ」
「そうなのか?」
そんな会話をしながら、メローナと呼ばれた女性は読んでいた本を机に置き、アルティーノに向けて手招きした。
「こっちにいらっしゃい。私はメローナよ。貴方は?」
「アルティーノです。よろしくお願いします」
第一印象は大事。
アルティーノは自己紹介を返すと、丁寧に頭を下げて握手を求めた。
メローナはその手を握り、「よろしくね」と言うと手を離した。
「……お前から男と触れ合うなんて、どういう風の吹き回しだ?」
「だから言ってるでしょう?子供は別に嫌いじゃないのよ」
「そうか……まあいい。取り敢えず、このアルティーノに保護会について教えてやってくれ」
「はぁ?あんた、もしかして何も説明せずに連れて来た訳?こんないたいけな子供を?」
「ああ」
「はぁ……」
ギーアロスの回答に、メローナは心底呆れた様子だ。
何の悪気も無さそうなギーアロスの態度を見て、メローナの矛先はアルティーノに変わった。
「貴方も貴方よ。ちゃんと話を聞かずにホイホイ付いて行くと、悪い大人に捕まるわよ」
なんだか妙に説得力のある声だった。彼女にそういう経験があるのだろうか?
「い、いや……ギーアロスさんは、何か質問しても取り付く島も無かったので……。ここまで来たら誰かに教えてもらえ、と」
「ああ……全部あんたが悪い訳ね。で、説明が面倒だから私に押し付けたと……」
「そういうこった。俺はしばらく寝る」
ギーアロスはメローナの追求から逃げる様に部屋を出て行った。
「はぁ……。まあいいわ。それで、何から訊きたい?好きに質問していいわよ。後、椅子に座りたいならそっちにあるから」
「分かりました」
メローナが指差した方向にある椅子を持ってきて座ると、アルティーノは質問を始めた。
「では、まず保護会って何ですか?」
「まあ、最初はそれよね。保護会っていうのは、正式名称は異能持ち保護会。さっき出て行ったギーアロスが作った、異能持ちを保護する会。ここがその拠点ね。まあ、簡単に言えば互助会かしら?迫害される者同士助け合いましょう、って事ね」
「なるほど……なんか、ギーアロスさんがレジスタンスとか言っていたのは?」
「ああ、そうね、そうとも言えるわ。保護会の会員の大半は、レジスタンス活動も一緒に行ってるわ。簡単に言うと、私達を迫害してきた王国への復讐ね。帝国と協力して、王国を落とす為の活動をしているの」
「レジスタンス活動……それはメローナさんもですか?それと、帝国とか王国って言うのは?」
「全然知識が無いのね……まあいいわ。私は活動はしてないわよ。そもそも、私はこの拠点から出る事がほとんど無いから」
「え……?」
「ま、それはいいの。で、帝国と王国?王国は、今住んでるこの国よ。ルーベット王国、って名前ね。で、帝国っていうのは、王国と国境を接してる国。パラルベント帝国って名前で、この大陸の国家でほぼ唯一、異能持ちを受け入れている国」
「異能持ちを受け入れている……?」
「ええ。帝国は、王国――というか、他の国家に対抗する為の力を欲しているの。私達の異能は、総じて強い。魔術も強いけど、大抵の異能は魔術より強力だわ。まあ、中には戦闘向きじゃない異能もあるけれど……。それで、異能の強さに目を付けた帝国は、異能持ちって言うだけで好待遇を約束する制度を作った……ギーアロスもその制度を利用した一人ね」
「ああ、そういえば、帝国の軍人って言ってましたね」
「そう。戦闘向きの異能持ちは軍人に、それ以外は文官になれるの。それで、軍人になったギーアロスの仕事が、保護会の会長。戦力を増やす為に異能持ちを探して、引き込む。帝国に来なくても、異能持ちは大抵王国に恨みを持ってるから、もしもの時は協力するしね。私みたいに」
「なるほど……」
帝国に行けば、他の国では地位の低い異能持ちも、高い地位を得られる、そういう訳だ。
「それで?他に訊きたい事はある?」
「えーっと……ギーアロスさんが、最初から僕が異能持ちって知ってたのは、どうしてなんです?」
「ああ、それは私の異能よ」
メローナはそう言うと、アルティーノの頭の上に手を乗せた。
「こうやって相手に触れると、その人の未来を予測できるの。それが私の異能」
「未来が視れる……って事ですか?」
「うーん、未来視とは若干違うわね。あくまで予測だから、情報が少ないと精度は高くないし、大した予測も出来ないわ。この異能でギーアロスを予測したら貴方が見えたから、ギーアロスは知ってたのよ」
「なるほど……」
アルティーノの異能に負けず劣らずの便利さだ。
「……やっぱりね」
「はい?何か言いましたか?」
「ううん、何でも無いわ」
メローナは何やら呟いた後、アルティーノの頭から手を離した。
聞き返してもはぐらかされたので、アルティーノは気のせいだと思う事にした。
「それで、他に訊きたい事は?」
「えーと……」
そう言われ、アルティーノはギーアロスと出会ってからの事を振り返る。
「お金について教えて欲しいです」
「お金……分かったわ。この大陸で使われている通貨は、アロードって言う名前よ。銅貨が一枚当たり百アロード、大銅貨が五百アロード、銀貨が千アロード、金貨が一万アロード、大金貨が十万アロードよ。大体、平民の成人男性の月給が十万アロードぐらいね」
「なるほど……」
アルティーノの知識の成人男性の月給は、平均三十万円から四十万円程だ。
円とアロードは同価値では無いのかもしれない……いや、単純に賃金が低いだけで、物価は同じと言う可能性もある。
さておき。
あと一つアルティーノの疑問に残っているのは、ロルドの町に来るまでに体感した超スピードだ。
「あの、ギーアロスさんとここに来るまでに、なんか凄い早く走れたんですけど、あれは?」
「ああ、それはアイツの異能よ」
「どんな異能なんですか?」
「それは私からは教えられないわね。異能は私達の生命線よ。安易に教えるものじゃないし、教えられたら相当な事情が無い限りは他の人に教えないものよ。私のは保護会の皆は知ってるから教えたけど、同じ保護会員でも異能を誰にも教えてない人だって居るわ。だから、貴方も軽々しく教えない方が良いわよ」
「わ、分かりました」
安易に訊いてはいけない物だったらしい。
アルティーノはしっかりと返事した。
メローナはそんなアルティーノを見て、クスッと可愛らしく笑った後、机の上の本を手に取った。
「まあ、これからの事はギーアロスが起きてきたら話してくれると思うわ。私は質問に答えるだけなのが役目だから、ここまでね。他に訊きたい事も無いわよね?」
「ええ、取り敢えずは」
「はーい。じゃあ、私は本を読むから――」
メローナがそう言ったところで、お腹がぐ~っと鳴った。
音の発生源は、もちろんアルティーノではなくメローナだ。
メローナはバツが悪そうな顔をして、更に頬を赤くした。
「し、仕方無いでしょう?私、晩御飯しか食べないのよ、普段。いつもは読書で誤魔化してるけど、今はずっと話してたから、お腹が減ってきちゃって……」
「え、晩御飯しか食べてないんですか?」
「そうよ。私は基本的にここから出ないから、会員の一人が帰ってくるまではご飯を食べられないのよ」
「そうなんですか……ちょっと、机の上を片付けてもらえますか?」
「え?いいけど?」
メローナは不思議そうにしながらも、素直に机の上の物をどかしていった。
はい、とメローナが片付けを終えたところで、アルティーノは机に手を乗せた。
すると、机の上に和食が召喚されていく。
白米、焼き鮭、卵焼き、納豆、漬物、おひたし、味噌汁。定番の和の朝食メニューである。
ついでに、デザートにパフェも召喚しておいた。オフィーリアの大好物だったので、同じ女性であるメローナも気に入るだろう、とアルティーノが勝手に思ったのである。
「わ、わぁ!?こ、これ、食べていいの!?」
メローナは再びお腹を鳴らしながら叫んだ。
「ええ、どうぞ」
そう言うと、メローナは一瞬で椅子に座り、食器に手を付けた。が、そこで手が止まった。
食器がスプーンやフォークでなく、箸だったからだ。
「これ、何?どうやって使うの?」
「えーと、それは――」
(スプーンとフォークで良かったかな……まあいいや)
アルティーノは自分の分の箸を召喚して、持ち方を教えた。
アルティーノは自身の異能で知識を得たから簡単に扱えるが、慣れないメローナには難しい様だ。
ただ、数分教えただけでメローナはコツを掴んだ様で、持ち方が分かると食事に手を付け始めた。
「んー、これ美味しいわね!」
アルティーノもドン引きの勢いで、メローナは食事を食べた。
流石に納豆は受け付けなかったのか残していたが、それ以外は全て完食した。
特に卵焼きが気に入った様で、二回程おかわりを頼まれた。
「ふぅ、ご馳走様……貴方の異能、詳しくは知らないけど凄いわね……ずっと一緒に居て欲しいぐらいだわ」
「あはは……ありがとうございます」
微笑みながらアルティーノが食器を送還すると、疲労からか眠気がやってきた。
メローナにバレない様に欠伸を噛み殺したのだが、メローナは目敏く気付いた。
「あら、眠いの?……ここまで走って来て、その上私が異能を沢山使わせたから、疲れたのかしら……?」
「い、いえ、大丈夫で――ふわぁ」
「ふふ、いいのよ、我慢しなくて。ご飯のお礼に膝枕してあげるわ。こっちにいらっしゃい」
「え、その、あの?」
メローナは微笑を浮かべながら、椅子から降りて床に正座し、自身の太腿をポンポン叩いた。
アルティーノが躊躇しているのを見ると、メローナはアルティーノの手を取って引き寄せた。
「どう?気持ち良い?」
「え、えと、はい……」
最初はアルティーノも躊躇っていたが、次第に睡魔に負け、目が自然と閉じていった。
メローナはそんなアルティーノを聖母の様な表情で見詰めながら、ゆっくりと頭を撫でた。
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