9.野営と遭遇
「……もう、見えなくなったなぁ」
ふと後ろを振り返ってみれば、慣れ親しんだ村の姿は無かった。
アルティーノはまた前を向き、歩く。
舗装された道ではあるが、どこまで続いているのか、何処に続いているのか、アルティーノは知らない。
ただ、とにかく歩けば、先に何かはあるだろう。
地図も何も無いので、道に従う他無い。
左右は森だが、動物や魔物が出てくる様子は無い。
まあ、そんな頻繁に魔物が出てくれば、今頃村は壊滅しているので、魔物の心配はそこまでしなくてもいいだろう。
(それに、いざとなれば……)
アルティーノは指でピストルの形を作り、森の方に向ける。
もし魔物がやって来ても、拳銃を召喚して戦えばいい。一度、いや二度できた事だ、三度目だってできる筈。
アルティーノは森から目を背け、ひたすら道順通りに歩いた。
しばらく歩くと、分かれ道に辿り着いた。
看板が書いてあるが、アルティーノには文字が読めない。
「う~ん……これ、なんて書いてあるんだろう?」
呟いてみるが、呟いたところで文字が読めるようになる訳では無い。
左右を見てみるが、どちらも道が続いているのみ。その先に何があるかは見えなかった。
「……ま、右に行ってみよ」
深く考えず、適当に右を選択して進む事に。
その看板には『←帝国国境 ロルドの町→』と書いてあるのだが、文字の読めないアルティーノは最後まで知る事は無かった。
まあ、知ったところでその先の行動は変わらなかったかもしれないが。
「……誰ともすれ違わないなあ」
どれくらい歩いただろうか。
もう既に日が暮れそうなところで、アルティーノは歩くのを止め、野営する事にした。
結局、これまでの道のりで人と会う事は無かった。
まあ、会うとしても、村に行く商人ぐらいしか居ないと思うので、会ったところでどうという事も無いのだが。
(え~と、まずテントを出して……)
アルティーノの野営はごく簡単である。
テントを召喚して、食べ物を召喚して、明かりに蝋燭やランタンを召喚して、それだけだ。
わざわざ動物を探して殺して解体する必要も、それを調理する必要も、テントを組み立てる必要も、火を起こす必要も無い。
異能は実に便利である。
アルティーノが地面に手を付くと、組み立てられた状態のテントが召喚される。
「うん、前に試した時と同じ」
一応中を覗いて、村の外れで実験した時と変わらない事を確認する。
どうやら、アルティーノの異能は同じ物を召喚しよう、と思えば前に送還した物をそのまま召喚できるらしかった。
もしかしたら、収納箱代わりに異能を使えるかもしれない。
さておき。
今度は、机と椅子、食器と食事を用意する。
特に食べたい物が思い浮かばなかったので、適当な肉のスープを召喚した。
毎日毎日材料を見ずに献立を考えるのは、アルティーノとしては少し面倒だった。
(まあ、楽できてるんだから文句言ってもしょうがないよね)
現状でも既にかなり楽なのだから、これ以上注文を付け加えるのは罰当たりというもの。
アルティーノは、それ以上文句は言わない事にした。
食事もテントもなんでも異能で片付けられるアルティーノだが、一つだけ不安な事がある。
それは魔物の襲撃だ。
自分が起きている間は物音で気付くと筈だが、寝ている間に襲われた場合、直前まで気付かない可能性が高い。
(う~ん、一人だとそれが問題だよね……)
考えたところで、どうすればいいかなど分からない。
報知器みたいな複雑な物は、アルティーノには扱い方が分からない。なので、却下だ。
(テントの周りに穴でも掘る?いやいや、そんなのしてる間に疲れて寝ちゃうなあ……)
熟考していたせいで、アルティーノはその存在に気付くのが遅れた。
ふと食器を置いて顔を上げてみると、机の反対側に、黒いローブの男が立っていた。
「ッ!?」
ガタ、と椅子を倒しながら立ち上がるアルティーノ。
即座に拳銃を召喚して、目の前の男に向けて構える。
「ほう、俺に気付かなかった割には、大した速度で臨戦態勢に入るじゃねえか」
「……誰ですか?」
「まあまあ、落ち着けや」
黒ローブの男は敵意は無いと示す為か、両手を上げている。
その後、手をゆっくりと動かしてフードを払う。
歳は三十代ぐらいだろうか?少し髭が生えていて、アッシュブラウンの髪も無造作な感じだ。整えればそれなりに女性に好かれそうな顔立ちをしている。
「ま、下手に説明するより、こうした方が分かりやすいだろう、うん」
男はそう言った後、自分のローブの腹の部分を捲った。
その胸には、目を思わせる黒い紋様――悪魔の印が刻まれていた。
「悪魔の、印……」
「おいおいおいおい、俺らがそう呼んでどうする?いいか、これは異能の証だ。どこの誰が何と言おうが、これらは俺らの才能の証だ。いいか?」
「は、はぁ……」
取り敢えず、アルティーノは拳銃を送還する事にした。
同じ境遇の者であり、かつこちらが悪魔の印――異能の証を持っていると知っている様子だ。
「飯の途中だったみてえですまねえな。ま、取り敢えず先に食っちまえ。後、俺の分の椅子も用意してもらっていいか?」
「分かりました」
そう言われ、アルティーノは自分が倒した椅子を元に戻した後、対面に椅子を召喚する。
男はそれを見て「ほぉ……」と言った後、腕を組んだ。アルティーノが食事を終えるのを待つつもりだろう。
ずっと見られながら食事をするのもなんなので、アルティーノはさっさと食事を食べきった。
アルティーノが食器を送還したのを合図に、男はまず自己紹介をした。
「俺ぁ、ギーアロスってもんだ。まあさっき見ての通り、お前さんと同じ異能持ちだ。ギーでもアロスでもギーアロスでも好きに呼んでくれ」
「……何故、僕が異能持ちだと?」
「おいおいおいおい、おめぇあれで隠してるつもりだったのか?あんな目の前で異能を使いまくったらバレバレだろ……全く。まあ、俺が知ったのはそれが理由じゃねえがな」
なるほど、確かにあれだけ異能を見せびらかせば、馬鹿でも気付く。
しかし、この男はどうやら、アルティーノが異能持ちである事を事前に知ってやって来た様だ。ますます訳が分からない。
「村に居た人じゃないですよね?」
アルティーノは村の住民は一通り把握しているつもりだが、念の為訊いてみる。
村民だったらアルティーノが異能持ちである事を知っていても、不思議は無いからだ。
「村?ああ、お前さんの住んでたとこか。残念ながら違うな、俺は」
「じゃあ……どこの誰なんです?」
「俺は帝国の軍人兼異能持ち保護会の会長だ。まあ、保護会っつうよりレジスタンスっつった方が、活動的には合ってる気がしなくもねえがな」
「帝国……?レジスタンス……?」
レジスタンスは、まあ言葉としての意味は分かる。
しかし、帝国は知らない。そもそも、アルティーノはこの国が何という名前なのかも知らない。
もしかしたら、この国が帝国なのかもしれないし。
「おいおいおいおい、保護会を知らねえのはともかくとして、まさか帝国も知らんのか?」
「すみません、田舎村の出身なので……あまり学が無いんです」
「その割には、目上の相手に敬語を使うってのは分かってんだな。……まあいい。さて、俺が教えてやってもいいが、ガキのお勉強を手伝う様な暇はねえな……仕方ねえ、取り敢えず今日はここで野営して、明日俺と一緒にロルドまで来い」
「ロルドとは……?それに、何故僕が一緒に行く必要が?」
音を立てずに接近してきた事や、異能持ちである事からして、この男は別に一人でも旅ができる筈だ。
わざわざアルティーノを連れて行こうとする理由が分からない。
「チッ、面倒だな……ロルドっつうのは、最寄り町の事だ。あっちの方から来たんなら、看板に書いて――ああ、文字が分かんねえのか……。それで、一緒に行く必要っつったか?俺には必要はねえが、お前には必要ある。お前さん、金持ってんのか?」
「お金……少しだけなら持ってますけど」
アルティーノはそう言いながら、巾着から銀貨二枚を机の上に上げる。
「二千アロードか……異能持ちで村を飛び出した割には、持ってるんだな。まあ、二千ぽっちじゃ、身分証明の発行で持ってかれるぞ」
「え……」
「誰から貰ったのか知らんが、最低限ってこった。町に入って早々に一文無しになって、お前さんはやっていけるのか?素直に俺についてくるのが身の為だと、俺は思うぜ。少なくとも、俺がお前さんだったら、黙ってついていくな」
「…………」
アルティーノは金の価値に疎い。
この男――ギーアロスの言っている事が本当であれば、アルティーノは町に入ったら路頭に迷うだろう。なんせ、まだ働くには早い年齢なのだから。
アルティーノはしばし黙考したのち、答えを出した。
「……分かりました。あなたに付いて行きます」
「そうそう、最初っからそれでいいんだよ。説明は後でメローナかフルス辺りにさせればいいか……まあいいか。俺ぁ見張り番で起きといてやる。お前さんは寝とけ」
「え……いいんですか?」
「ああ。一晩寝ないぐらいなら朝飯前だな」
「では、ありがたく」
「おうよ」
異能持ちという同類であるから信用しようと思ったが、そこまでしてくれるとは思っていなかった。
まあ、期せずして懸念が解決したという事で、良しとしよう。
アルティーノはギーアロスに頭を下げた後、テントの中に入った。
(まさか、こんなに早く僕と同じ人に出会うなんて……)
しばらく考えていたいところだったが、睡眠は大切だ。
アルティーノは思考を止めて、眠りに就く事にした。
少しでも面白いな、と思って頂けたら、感想・評価・ブックマーク等して下さると非常に嬉しいです!今後の活動のモチベーションになります!




