ほしつかさ
ヤードルードは<星使い>のなかでも、ひときわ優秀な子どもでした。
おなじ年に生まれた子どもたちの誰よりも速く空を駆けることができましたし、おとなたちにまじって星を運ぶことはおろか、星を置く仕事だって頼まれました。星使いの仕事のうち、もっとも誇らしい、一等星の『星磨き』だって、誰よりも早く任されることになったものです。
子どもたちはこぞってヤードルードをうらやましがりました。
おとなのなかには、まだ子どものヤードルードの仕事ぶりに嫉妬して、夜空から蹴り落そうとする者すらいたものです。
けれど、流れ星を追いかける『星駆け』の名手でもあるヤードルードにしてみれば、そんなものは目をつぶっていたって、かわすことができました。
いつしかヤードルードは、その名を知らぬものがいないほど、有名な<星使い>となっていたのです。
「あなたがヤードルードね」
「きみはだれ?」
目の前に立つ、闇に満ちた夜空色の髪と瞳をした女の子が、ツンと顎を反らせて言いました。
「わたしはエストレージャ。夜の女神の眷属にして、空に星を宿す者よ」
「星を宿す。それじゃあ、きみは星座をつくっているのか」
ヤードルードは驚きの声をあげました。
<星使い>は、すでに空に配置されている星を維持するのが仕事です。
星とは常にそこにあるもの。
地上のひとびとが空を見上げ、季節を知り、方角を知るためには、決して違えることなく、おなじ場所に星が在りつづける必要があるのです。
決められた位置に星を置き、くすんだ星を磨き、輝きを失った星を入れ替えて。
星空を一定に保つのが<星使い>の仕事。
けれど彼女はちがいます。
新しく星の配置をつくり、名を与え、意味のある存在とし、ひとびとに新たな道しるべを与えるのが、星を宿す者なのです。
「……いいなあ」
ヤードルードはつぶやきました。
なぜってそれは、ヤードルードはずっと星図に興味があったからです。
輝きをなくした星を取り換えたところで、けっきょくはおなじところへ星を置くだけのこと。
どれだけ正確に星を置き、星を繋ぐことができるのかが、星使いにとっての優秀さ。
ヤードルードはそれがひどくつまらないことのようにかんじていました。
もっとこうすればよいのでは?
こちらに置いたほうがきれいに見えるのでは?
どうしてこの星は、ここへ置くことになったのだろう。
空を駆けながら、ヤードルードはいつだってそんなことばかり考えていました。
おとなたちにたずねても顔をしかめて「くだらない」と言うばかり。
夜の女神さまがお決めになったことに逆らうなんて、もってのほかだというのです。
「ねえ、星の図はどうやってつくっているの? そこに決まりはあるのかい?」
「ちょ、ちょっとなんなのよあなた。星使いは、女神の眷属をいつもばかにしているくせに」
「そんなやつもいるかもしれない。でもぼくはそうじゃない。ぼくはあこがれているんだ。星座をつくる仕事に」
暗い夜のあいだにだけ仕事をして、昼のあいだは休んでいるなまけもの。
夜の女神の傍にいる者たちを、そんなふうに言うひとはたしかにいます。
太陽がいるあいだはなかなか目には映らない星ですが、落ちてなくなったりはしません。
星はいつだってそこにあって、夜のために静かにちからをたくわえているのですから、星使いたちの腕の見せどころというやつです。
「あこがれているなんて、うそばっかり」
「うそなものか」
「星使いのほうが、ずっとずっとステキじゃないの」
「そうかなあ、星を決まった場所に置いたところで、そんなものはあたりまえ。地上のひとにとって、めずらしくもなんともないじゃないか。それにくらべてきみの仕事は、夜空にあたらしい景色をつくりだすこと。すばらしいに決まっている」
「……そんなにいいものでもないのよ。わたしのかんがえる星図なんて、ちーっとも採用されないもの。おねえさまたちの仕事が優先されて、わたしなんて見向きもされない。あなたはいいわよね」
「ぼくのなにがいいっていうのさ」
「だってあなたはヤードルードでしょう? 星使いのなかでもとびっきりキラキラかがやいている、だれもが知っている星の使い手よ」
エストレージャが言うには、夜の女神のまわりでも、ヤードルードは知られた存在だというのです。
自分のつくった星座の、そのなかでも一番大きく輝く星を飾り、正確な場所に置いて星々を繋ぎ、それを磨きあげる<星使い>は、夜の女神の眷属たちにとっても眩しい存在。
なかでも、まだ子どものヤードルードは、「いつか彼にわたしの星座を繋いで、飾ってほしい」と言わしめる、期待の<星使い>なのだというのです。
「ふーん」
「まあ、あなたってばイヤミなひとね」
「たしかに磨きあげた星はきれいだと思うけど、光のおおきさはそれぞれちがう。そのちがった光をいかにうつくしく配置するのかは、きみたちの仕事。ぼくはそれがうらやましいよ」
「ふーん」
「なんだい、気のないへんじ。きみだってイヤミなひとじゃないか」
そうしてふたりは顔を見合わせて、どちらからともなく笑いはじめました。
くすくす、げらげら。
ヤードルードは、こんなに楽しく笑ったのは、おぼえているかぎりはじめてのことで、なんだか胸のまんなかあたりがワクワクしました。
「また会えるかな」
「どうかしら。ほんとうはね、こうして<星使い>の近くにいくことは禁じられているの」
「たしかにぼくらのほうも、夜の女神の眷属に近づいてはいけないといわれている」
だからヤードルードは、夜の女神に属するものが、こんなにも夜空を全身にまとっているとは思ってもみませんでした。
つやつやの長い髪も、星のきらめきをとじこめたような瞳も。
とてもとてもきれいなものでした。
「どうして近づいてはダメなのかな。ぼくはきみと仲よくできると思うけど」
「そうね。わたしもあなたと仲よくできると思うわ」
ふたりはうなずき、やくそくをしました。
こうして会うのはないしょにしておこう。
きっと反対されてしまうから。
ひみつの場所を決めました。
雲の上の世界のはしっこにある、星の砂があつまる海岸です。
いびつに欠けてしまった星、輝きを失い落ちてしまった星、運んでいる途中でこぼれ落ちた星。
夜空にかかっていない星たちが行きつくそこには、めったなことで誰も訪れませんから、ないしょ話をするにはもってこいでした。
ヤードルードとエストレージャは、ふたりで会って、星の話をたくさんしました。
とくに星図の話は楽しいもので、果ての海岸から夜空を眺めて、どんなふうに空を飾りたいのかを語り合ったものです。
エストレージャは言いました。
「わたしのかんがえは、ひどく突飛で、おかしいってわらわれるの」
「どんなふうにおかしいんだい?」
「わたしはね、おおきな星座よりも、もっとちいさくて、意味のないような星座がたくさんあってもいいと思っていて」
「意味のない星座?」
「そうよ。たとえば、ちいさな星をたくさん並べてみるの。きっと遠くはなれた場所から見れば、光の川みたいに見えると思わない?」
「空に、川?」
ヤードルードは雲の下をのぞきました。
太陽の光が届かない夜では、どこになにがあるのかわかりづらいけれど、地上には山があり、川があり、海があります。木々は季節によって色を変え、雪が降れば一面が真白に包まれる。
そこには変化に富んだ、美しい景色があります。
いつも同じ場所で光る夜空とはおおちがいなのです。
「それはとてもすてきなことだね。空に川が流れるなんて」
「でもね、それは星座ではないから、みとめられないのよ。だってどんなふうに星を置けばいいのか、説明できないもの」
まして、ひとところにたくさんの星を置いてしまえば、それはきっと目のくらむようなまぶしさで、他の星座がかすんでしまうことでしょう。夜空の均衡がくずれてしまいかねません。
たくさんのひとが知る星座が見えなくなってしまっては困りますから、エストレージャの『空の川』が採用されないのも無理からぬことでした。
「そうだなあ。もっと弱くてちいさな星があれば、それをあつめて川にできないかなあ」
「夜の女神さまがお許しにならないわ。あの御方は、とびきりキラキラした星がお好きだもの」
「そうなんだ」
「ええ、だからいまはまだむり。つぎの女神さま次第ね」
「夜の女神さまって、代替わりをするの?」
おどろいたヤードルードが言うと、エストレージャは、まずいことを言ったぞ、というふうな顔をして、ぺろりと舌をだしました。
「ないしょよ。とびきりのひみつなんだから、だれにも言わないで」
「わかった。やくそくする。ぼくのいのちがあるかぎり、ほかのだれにも言いやしない」
星にも命があるように、夜の女神さまだって刻限があるのだそうです。
いつ、どこで、誰と代わるのか。
それはわかりません。
ですから夜の女神さまは、あとを継ぐかもしれないものに公平に仕事をあたえ、覚えさせるのだと言います。
ヤードルードが知るかぎり、<星使い>は<星使い>です。
月の女神さまの眷属です。
星置き、星繋ぎ、星磨き。
そういった仕事を分担しながらするだけで、新しいなにかをはじめることもなく、ただずっとつづいてく。
どこからか自然に生まれ、周囲のおとなたちに助けられながら空を駆けることを覚え、そして星とともに生きていく。
それがヤードルードが知る<星使い>の一生でした。
「あら、それってまだはじめる余地があるってことじゃない。ステキね」
「はじめる?」
「あなたがさっき言ったこと。弱い光の星を探して、こっそり置いてみるのも、あたらしい仕事じゃない? 『星探し』よ」
エストレージャは瞳を輝かせて、楽しそうに言いました。
「まえまえから思っていたの。ここは星が流れつく最果てだけれど、こぼれ落ちた星はまだ死んでしまったわけではないと思うの。探せばきっと、まだ光っているかもしれないじゃない」
考えてもみなかったことです。
けれど、果ての海岸にある屑星たちは、輝きを失った星だけではなく、運んでいる途中にうっかり落としてしまったものだってあるはずです。
ふたりは歩きまわって、どこかに光が見えないか、探してみることにしました。
しかし、そう簡単に見つかったりはしません。
「ふふふ。たのしいわね、宝探しみたいだわ。とびっきりの、キラキラした星を探すのよ」
「それは夜空にかかっている星だろう?」
「あら、こーんなたっくさんの星たちから、光る星を見つけられたら、それはとってもキラキラしていると思わない?」
見渡すかぎりまっくろで、夜空よりも闇深い最果ての地。
そこにぽつりと光があれば、たしかにとびきりのキラメキかもしれません。
「わたし、ずっと<星使い>になりたかったのよね。夜の女神の衣を彩る星座をかんがえるより、じっさいに星を繋ぐほうがずっとたのしいと思うの」
「いまからでもおそくないよ。星使いになればいい」
「それはむずかしいと思うわ。だってわたしの髪は夜の色だし。ヤードルードたちみたいな、金色ではないから」
星使いたちは、みんな金色に光る髪をしています。星といっしょに空を駆けますから、星とおなじ色をまとっているのです。
そう考えるとたしかにエストレージャは、夜の女神に属する者なのでしょう。
だけど。
「ぼくは、エストレージャの夜空の色、とってもすてきだと思うよ。夜空を駆けるなら、夜空色をしていたほうがずっとべんりだと思うしね」
「いつか、そんなふうになれたらすてきね」
ヤードルードの考えに、エストレージャは楽しそうに笑いました。
*
長いあいだ、積もりに積もった星を掻き分けながらの作業は困難で、そうやすやすとはいきませんでした。
それでもすこしずつ整理をしていくうちに、ほんのわずかに光る屑星を見つけたのは、ヤードルードが背伸びをせずとも高い位置に星を掲げられる年かっこうになったころです。
そのころになるとエストレージャもまた、ずっと髪が長くなり、まとう衣の丈も長くなりました。
それは闇のベールのようでありながら、けれどおそろしいものではなく、どこか安らぎに満ちたあたたかな印象をあたえるもの。エストレージャのこころのようで、彼女の姿を見るたびに、ヤードルードの胸はあたたかくなるのです。
「やった。これは大きな一歩だね、エストレージャ」
「……そうね」
「どうしたんだい。君はもっと喜ぶとばかり思っていたのに」
「そんなことはないわ、嬉しい。とっても嬉しいことよ」
ここしばらくのエストレージャときたら、いつもこんな具合です。
はじけるような笑顔も、すこし偉そうな物言いも。すっかりなりをひそめてしまって、なんだかおとなの空気を放っています。
「もしかして、夜の女神さまになにかあった?」
「なにかって、なによ」
「長老たちが話していたんだ。夜の君がついにお隠れになるのではないかって」
世代のなかでうんと優秀はヤードルードは、おとなたちにまざって、星使いの集まりに顔を出すほどになっていました。
星使いを統べる長老衆は言いました。
空のずっとずっと高いところ、あるいはずっとずっと遠くにある空のどこか。
暗い空のどこかが荒れると、夜空の星が震え出す。
それすなわち、夜の君――夜の女神の能力が及ばなくなった証拠。
女神さまの代替わりが行われるだろう。
かつてエストレージャから聞いた、夜の女神の代替わり。
長老たちはそれを知っていたようです。
その秘密を彼らから明かされたヤードルードは、星使いたちの上に立つことを認められた、ということなのでしょう。
「女神の交替は君のほうがずっと詳しいことだと思うけど。星の光だって限りがある。だから星は流れるし、こうして落ちて、降り積もる。夜の女神さまも衣を畳んで休むときが来た。そういうことなんだろう?」
「あなたはそれをどう考える? 良いことだと思う?」
「僕が生まれてからずっといまの女神さまがいらっしゃった。代替わりをしてどうなるのか、とても興味あるね。聞いた話によれば、新しい星座だって生まれるというし、エストレージャの考える星図だって、今度の女神さまは使ってくださるかもしれないじゃないか」
「私の星図?」
「空に川をつくる。水辺の星座を配したり、水を求めて飛んでくる星座を配したりするのもきっと楽しい。ちいさな星を散りばめて、川の水が跳ねたように見せるのはどうだろう。ああ、わくわくするなあ」
立派な青年の星使いになっても、ヤードルードはヤードルードでした。
そんな彼をまぶしそうに見ながら、エストレージャはささやきます。
「ヤードルード、いつか新しい夜空に星の川をつくってね。ちいさな星をたくさん使った空の川。夜空の資源はきっと枯渇していく。女神はおろか、空のちからはきっと先細りになるのでしょう。だからこそ、星を探してね。どこかにある小さな光を見逃さないで」
「勿論、これからだってここで星を探すよ。約束したじゃないか」
「そうね。だけど夜の女神が変わるということは、私は――」
「そうか。女神の眷属であるエストレージャは、しばらくは自由に動くことも難しくなってしまうんだね」
星使いが引退したときだっておなじです。新しい役どころを決めて、それがあたりまえになるまでには、長い時間がかかるものですから、新たな女神さまを支えるためには同じように時間がかかるだろうと、想像がつきます。
「わかったよ。僕はここにいるから、君が落ち着いたらまた会おう」
「……時間がかかるかもしれないわ」
「僕はこう見えても頑丈だから、そうそう命を燃やしきってしまうことはないと思うよ。でも、そうだな。ここで僕が輝きを失った星になったら、君が僕を見つけてくれると嬉しい」
「あなたはキラキラの星だもの。どこにいたって私は見つけられる。でも私は夜空と同じ色だから、きっとどこにいるかもわからなくなってしまうに違いないの」
エストレージャの夜空の瞳から、宝石のような涙がこぼれます。
月の光を受けて、それはそれは美しく輝きました。
キラキラの星は君のほうだよ、エストレージャ。
君こそが、夜空でもっとも輝く星に違いない。
ヤードルードの胸が熱くなりました。
柄にもないことを考えた自分が恥ずかしくなって、ヤードルードは顔を赤らめて笑うだけで、なにも言葉を返すことができませんでした。
そのことを、これからずっと長く、長く、長いあいだ、ヤードルードは悔やむことになるのです。
あくる夜、太陽が沈みきって訪れた、夜の闇が変わったと気づいたとき。
夜の君がお隠れになり、新たな夜の君が夜空に衣を広げたのだと気づいたとき。
その闇が、どこまでも優しく、誰かに寄り添い、こころを包み込むあたたかさに満ちていると気づいたとき。
ヤードルードはわかりました。
新たな夜の女神となったエストレージャは、すぐそこにいるのに、もう手が届かない存在になってしまったのだと、わかったのです。
*
ヤードルードはがむしゃらに励みました。
ありとあらゆる知識を求め、引退した星使いに話を求め、すっかり耄碌してしまった星使いにも教えを乞い、何度も門戸を叩いて夜の眷属たちのもとにも足を運び。
何年も何百年も何千年もかけて、月と星と夜空にかかわるすべてのことを学びました。
そうして知ったことですが、夜の女神の眷属たちは、エストレージャのように夜空の色をまとっているわけではありませんでした。
女神に近しい者――いつかその身を広い夜空に捧げる者だけが、女神と同じ色を宿しているのだと知りました。
エストレージャは、はじめから特別な女の子でした。
夜の女神の眷属たちにとって、決して手放してはならない大事なひとでした。
けれどヤードルードにとっても、エストレージャは特別で、大切な女の子です。
闇雲に知識を求めた結果、ヤードルードは<星使い>のなかでも特別な、なんでも知っている<星使い>となりました。
困ったことがあるならば、ヤードルードに訊けばよい。
求むるならばヤードルードへ乞え。
星を司る者。
『星司』の名を抱いた唯一の<星使い>、ヤードルード。
けれど、なんでも知っているというヤードルードが、もっとも知りたいこと。
夜の女神の代替わりがいつおこなわれるのか。
いつ、エストレージャは美しい衣を畳むことができるのか。
それを知るすべもなく、ヤードルードは雲の果てに赴いては、光る屑星を探し求め、夜空を見上げては、空に向かって語りかけるのです。
エストレージャ。
僕の星。
<星使い>のくせに、触れることが叶わない、尊い星。
*
長い長い年月を経て、ヤードルードの髪もすっかり白くなりました。
もうかつてのように流れ星を追いかけることも、誰よりも高く跳ぶこともできなくなったころ、ヤードルードは多くの<星使い>たちとおなじように引退をして、雲の上のはしっこ近くに居を構えました。
ここからならば、果ての海岸がよく見えますし、星の光も遠いものですから、美しい夜空の色だけを瞳に映すことができるのです。
エストレージャが広げる闇の衣を見ながら、余生を過ごします。
ときおり訪ねてくる弟子たちと話をするだけの生活を送っているうちに、ヤードルードは気づきました。
果ての海岸がときどき、弱々しく光っていることに、ようやく気づきました。
「なんということだ。輝く星ばかりを見上げていたから、まったく気づくことができなかった。屑星は、ずっと光っていたのだろうか。すまないエストレージャ。わしもまた、耄碌ジジイになっていたらしい」
ほんのり光を放つ星を眺めていると、ふと、誰かに笑われたような気がしました。
耳をかすめる風のせいかもしれません。
けれどヤードルードにはしっかりとその声が聞こえた気がしたのです。
「わかったよエストレージャ。約束だものな」
君の夜空に星を飾ろう。
ちいさな星をたくさん集めて、君が望んだ空の川を作ろう。
それこそが、『星司』である己が、生涯最後のすべてをかけて成す仕事だ。
*
ヤードルードは星を拾いはじめました。
そうして拾った星たちを、土に埋めて、育ててみることにしました。
水をやり、太陽の光を与える。
すると、わずかながらも星はふくらみ、かすかに光を強くしたのです。
「まったく、この年になってもわからんことが多いものだ。それとも、星の在り方が昔とは変わってきたのだろうか」
地上のひとびとは、あまり空を見なくなりました。
雲の下の世界にも光が満ちて、月の光も星の光も、あまり必要とされなくなってしまったのでしょう。
だとしたら。
ほんのすこしぐらい、星の位置が変わってしまっても気づかれないかもしれません。
新しい星座が生まれても、「こんなものだったかな」と見過ごしてくれるかもしれません。
ヤードルードは楽しくなってきました。
そうだ。
星を作ろう。
夜空に星の庭を作ろう。
エストレージャのまとう夜空の衣に、新しい模様を飾りつけよう。
あのころ、ふたりで考えた星図を今こそ夜空に描いてみよう。
きっと彼女は笑ってくれる。
得意げに笑って、くるりとまわって、キラキラ星で飾った衣をなびかせて、踊ってくれるに違いないのです。
ヤードルードは星を拾います。
仲間がひとり増え、もうひとり増え。
星の畑で光る、新しい星たちを<星使い>が取りに来ては、夜空に星をばらまきます。
やがてそれは川のような形となり、夜空に立派な川が流れました。
橋を掛け。
牛が草を食み。
鳥が羽を休め。
まるで地上の動物たちが空に上がったような景色が、夜空を彩ります。
ヤードルードはつぎつぎに星座を作りました。
偉大なるヤードルード師も、老いには勝てぬらしい。
そんな声もありましたが、ヤードルードは気にしません。
これはヤードルードとエストレージャの約束なのです。
夜空をとうとうと流れる空の川が、もうすっかり当たりまえの景色になったころ。
ひさしぶりに訪れた果ての海岸で夜空を見上げていたヤードルードは、なんだか空のようすが違っていることに気がつきました。
気が触れたと囁かれるヤードルードのもとには届けられていませんでしたが、ついに夜の女神さまが変わったようです。
「そうか、二度目の代替わりを見ることになるなんて、わしも年を取るはずだな」
しわがれた声で呟くと、あとを追うように声が聞こえました。
「あら、あなたはちっとも変っていないわ、ヤードルード。今も昔も、どこにいたってすぐにわかる、キラキラの星使いよ」
「君こそちっとも変わらない。ずっと見ていた夜空と同じ色だ」
「すっかりちからがなくなって、朝になれば消えてしまう、私はもう、すっかり夜のおばあさんだわ」
「そんなことはない。君はいつだって僕の輝くキラキラの星だよ、エストレージャ」
ふたつの影が近づいて、そっと寄り添います。
やがて朝が訪れました。
夜は溶け、朝の光のなかで古びた星がひとつ、そこにありました。
太陽の光を浴びて、星はきらりと輝きました。
晩年、ヤードルードが星を育てるくだりは、「星育て」という童話で書いています。
ご興味のある方は、そちらをお読みください。
「星育て」においてヤードルードは、おじいちゃんと呼ばれているのですが、血縁関係はありません。
<星使い>は気づけば生まれていて、近くにいる大人たちが保護して、集団生活を送る種族。
そのため、自身が属した集団が、人間でいうところの家族や親戚にあたります。
一族の長老みたいな存在となっていたヤードルードは、その一族みんなの「おじいちゃん」なのです。




