後記
……以上が、私がかつてヴェザリアで体験したすべての記録である。
正確には、“記録できなかった記憶”の断片だ。
通報も、死も、犯人の存在すら、いまや公式のデータベースには何ひとつ残っていない。
絵画の大半は保存不可能な変質を起こし、証拠能力を失った。
レオ・アルヴァという名前もまた、誰の口にも上らぬまま、静かに忘れ去られようとしている。
だが私は知っている。
あの画布に宿った死者の視線を。
私自身が“描かれかけた”あの瞬間の冷たさを。
そして、誰にも知られず消えていく魂の重みを。
私たち記録官は、事実に仕える者だ。
嘘や感傷に溺れてはならない。
けれど、どんな記録にも残せない真実が、たしかにこの世界には存在する。
だから私はこの一件を、正式な報告書ではなく、“語り”として残した。
誰かが読むことを想定していなかったわけではない。
むしろ、いつかこの記録を手に取る誰かがいるならば、知っておいてほしいと思っていた。
記録されなかった出来事にも、意味はあるのだと。
そして、忘れられた死者にも、語られるべき物語があったのだと。
今でも時折、あの街の霧の匂いを思い出すことがある。
あの祈りの旋律と、光の差し込む画室と、ひとつひとつの絵に宿った“死”たちを。
レオ・アルヴァが望んだのは、神か、永遠か、それともただ誰かに見ていてほしかっただけなのか。
答えはもう、誰にもわからない。
だが彼の絵は、今も本部の封鎖資料庫の奥で、誰にも開かれることなく眠っている。
……それでいいのかもしれない。
けれど、私は忘れない。
あの絵のなかに、今もなお、私を見ている視線があるような気がしてならないから。
この記録が、いつか君の手に届き、誰かの記録官としての“最初の灯”となることを願って。
記録者
GIA・書庫部門責任者
オスカー・ヘイズ




