第四章‐2:色彩のない子供
彼が最初に“死”を美しいと感じたのは、八歳の冬だった。
雪は降らない地域だったが、その年は例外的に寒く、早朝の路地は霜で白く曇っていた。
学校へ向かう途中、レオは一羽の鳥を見つけた。
翼を半ば開いたまま、冷たい石畳に伏せていた。
小さな赤が、白い氷に滲んでいた。
レオはその場にしゃがみこみ、長く動かなかった。
目に映るその光景が、彼には“正しく整った構図”に思えたのだ。
誰にも踏み荒らされていない静けさ、光の角度、血の色。
「これは……完成している」
そう思った。言葉にこそしなかったが、胸の奥に奇妙な震えが走った。
その後も、彼は似たような感覚を何度も経験する。
転倒した老人の手からこぼれ落ちた果実の並び。
壊れたショーウィンドウ越しの顔のないマネキン。
通学途中に見かけた、うつ伏せに倒れた猫の姿。
他人にとっては“かわいそう”や“不吉”にしか見えないものが、
レオには“静かな真実”として輝いて見えた。
両親は気づかなかった。
彼の内面に沸き上がる“記録衝動”が、誰にも共有できないことに。
彼は、次第に言葉を減らしていった。
共感されない感性を隠し、代わりにノートへ描き写すようになった。
“構図を忘れないために”
それが彼の幼年期の唯一の祈りだった。
やがて、彼は書物の中に自分と似た思想を見つける。
宗教文書、異端書、芸術論。
その中でとりわけ彼の心を捉えたのは、ある教団の記録だった。
「死は現世からの解放ではない。
それは記憶に刻まれることで、神の永遠に接続される」
教団の名はExol-Karma。
表向きは終末思想の支部に過ぎなかったが、
その奥では“魂の形状を絵画化する試み”が行われていた。
レオは、十代のうちに教団の一部に接触する。
公には弟子ではなく、あくまで“傍観者”として扱われていたが、
彼の技術は群を抜いていた。
ある者は「彼の描く死は、本当にそこにいるようだ」と評した。
しかし、レオには不満があった。
教団は“記録”にとどまり、“創造”に至らなかったからだ。
記憶を神に繋げることに重きを置く彼らに対し、
レオは「神を描くことで、自ら神になれる」と信じていた。
その決定的な分岐が、最初の死につながる。
それは、偶然だった。
教団の一人が、儀式の途中に意識を失い、階段から転落した。
咄嗟に駆け寄った者たちは動揺していたが、レオだけは違った。
倒れたその姿、流れる血の線、開いた瞳――
レオは、その場でスケッチを始めていた。
誰も気づかぬうちに。
「今を描かねば、この死は消える」
彼にとって、それは記録ではなく“召喚”だった。
神の前に、死を捧げる儀式。
構図として、魂を留める最初の祈り。
後にその絵は“教団を超える者の証”とささやかれたが、
レオ自身は誰の評価も求めていなかった。
彼の関心はただひとつ――
“絵を完成させる”こと。
それが神に届く唯一の道だと信じていた。
そして、年月を経た今。
彼のアトリエには、数多の“断末魔”が絵として眠っている。
だが、最後の構図だけが、まだ欠けている。
レオは筆を見つめる。
神へ至る一筆を、いまだ描き出せぬまま。




