表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/33

第四章‐2:色彩のない子供

彼が最初に“死”を美しいと感じたのは、八歳の冬だった。


雪は降らない地域だったが、その年は例外的に寒く、早朝の路地は霜で白く曇っていた。

学校へ向かう途中、レオは一羽の鳥を見つけた。

翼を半ば開いたまま、冷たい石畳に伏せていた。

小さな赤が、白い氷に滲んでいた。


レオはその場にしゃがみこみ、長く動かなかった。

目に映るその光景が、彼には“正しく整った構図”に思えたのだ。

誰にも踏み荒らされていない静けさ、光の角度、血の色。


「これは……完成している」


そう思った。言葉にこそしなかったが、胸の奥に奇妙な震えが走った。


その後も、彼は似たような感覚を何度も経験する。

転倒した老人の手からこぼれ落ちた果実の並び。

壊れたショーウィンドウ越しの顔のないマネキン。

通学途中に見かけた、うつ伏せに倒れた猫の姿。


他人にとっては“かわいそう”や“不吉”にしか見えないものが、

レオには“静かな真実”として輝いて見えた。


両親は気づかなかった。

彼の内面に沸き上がる“記録衝動”が、誰にも共有できないことに。

彼は、次第に言葉を減らしていった。

共感されない感性を隠し、代わりにノートへ描き写すようになった。


“構図を忘れないために”


それが彼の幼年期の唯一の祈りだった。


やがて、彼は書物の中に自分と似た思想を見つける。

宗教文書、異端書、芸術論。

その中でとりわけ彼の心を捉えたのは、ある教団の記録だった。


「死は現世からの解放ではない。

それは記憶に刻まれることで、神の永遠に接続される」


教団の名はExol-Karma。

表向きは終末思想の支部に過ぎなかったが、

その奥では“魂の形状を絵画化する試み”が行われていた。


レオは、十代のうちに教団の一部に接触する。

公には弟子ではなく、あくまで“傍観者”として扱われていたが、

彼の技術は群を抜いていた。

ある者は「彼の描く死は、本当にそこにいるようだ」と評した。


しかし、レオには不満があった。

教団は“記録”にとどまり、“創造”に至らなかったからだ。

記憶を神に繋げることに重きを置く彼らに対し、

レオは「神を描くことで、自ら神になれる」と信じていた。


その決定的な分岐が、最初の死につながる。


それは、偶然だった。

教団の一人が、儀式の途中に意識を失い、階段から転落した。

咄嗟に駆け寄った者たちは動揺していたが、レオだけは違った。


倒れたその姿、流れる血の線、開いた瞳――

レオは、その場でスケッチを始めていた。

誰も気づかぬうちに。


「今を描かねば、この死は消える」


彼にとって、それは記録ではなく“召喚”だった。

神の前に、死を捧げる儀式。

構図として、魂を留める最初の祈り。


後にその絵は“教団を超える者の証”とささやかれたが、

レオ自身は誰の評価も求めていなかった。

彼の関心はただひとつ――


“絵を完成させる”こと。


それが神に届く唯一の道だと信じていた。


そして、年月を経た今。

彼のアトリエには、数多の“断末魔”が絵として眠っている。

だが、最後の構図だけが、まだ欠けている。


レオは筆を見つめる。

神へ至る一筆を、いまだ描き出せぬまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ