第二章‐6:構図の一致
翌日、私は午前中の業務報告を形式的に済ませると、端末を閉じ、手帳を開いた。
昨日の記録に視線を落とす。
《祈りの姿勢》《祠の台座中央》《光の角度 西方から斜めに差す》《顔の向き 伏せ、左肩寄り》
何気なく書き留めたつもりだった。
だが、ふと、第一の死の記録が脳裏をよぎる。
私はページを繰り、最初の非公式記録を読み返す。
《第七信仰区/南壁付近》《身体は北を向く》《両腕を腹部に》《足元に影、光は左斜め後方から》
似ている。
似ているのだ、あまりにも。
顔の向き、光の差し方、身体の配置、静けさ──
どちらの死も、まるで“誰かの手によって配置された”ようだった。
私は次に、第二の死の記録を開いた。
《第二礼拝区、旧祈祷堂内》《人物は台座脇、左手前の柱の影に伏せる》《両手を胸元で祈る姿勢》《顔は見えず、肩から髪が垂れるような描写》
それらを並べ、私は一瞬、息を止めた。
すべての死が、“同じ視点から描かれている”。
ある一定の位置から見下ろすように構成され、
人物の顔の向き、手の重ね方、体の曲線、光の流れまでが、
まるで“統一された画面”の一部であるかのようだった。
いや、もしかすると――
「これらは、もともとひとつの絵として、描かれているのかもしれない……」
私は呟いた。
その瞬間、背筋に冷たいものが走る。
非公式記録を横に並べ、私は一つひとつの死の構図を、紙面上で“重ねる”作業を始めた。
それはあくまで手作業だ。
比率も角度も不正確。
だが、それでも――わかる。
光の起点が一致している。
人物の配置が、見事な三角形を構成している。
そして、どの死も、“余白”を残して描かれていた。
余白――未完成の余白。
私は、そっと手を止めた。
この死たちは、ひとつの絵の“構成要素”だ。
一枚の巨大な、まだ完成していない“死の作品”。
そしてその絵を描いている者は、確かに、ここにいる。
昼過ぎ、カリムが私の席にやってきた。
「……お前、ずいぶん熱心に“私文書”を書いてるな」
彼は穏やかな声で言ったが、その目は、わずかに険しかった。
私は正直に答えた。
「記録に残らない死が、三つあります。
そのすべてに、共通する構図がある。
まるで、絵のように──配置されているんです」
カリムは短く息を吐いた。
「気づいたか。……いや、どうせ気づくだろうと思っていた」
「知っていたんですか?」
「断片的にな。前にこの都市で“同じような死”がいくつか起きていた。
公式には、何も記録されていない。
だが、先代の記録官が、私と同じように“非公式”にいくつか残していた」
彼は懐から、小さなメモリーユニットを取り出した。
「これが、その記録だ。……お前の見ているものと、きっと重なる」
私は受け取った。
震える手で、端末に接続する。
そこには、私が昨日見た絵に“酷似した構図”の、未認証画像ファイルがいくつか入っていた。
そのすべてが──“記録に残らない死”を描いていた。
ファイル名を確認すると、それぞれこう記されていた。
《untitled_00》《untitled_01》《untitled_02》
……そして、私の元に届いたのは《untitled_03》。
私が見てきた死が、すべてここにある。
並べてみると、それは確かに“ひとつの意図”のもとに描かれたとしか思えなかった。
私は口の中が乾くのを感じながら、最後のファイルを開く。
そこには、まだ空白の構図が、最後の余白として残っていた。
まるで、次の死のための“キャンバス”が、すでに準備されているように。
そして私は、この瞬間はっきりと理解した。
これは連続殺人だ。
しかも、“絵画として構成された”――美学的な連続殺人。
そして、記録されない死を媒介にして構築される、恐るべき“作品”。
私の手は、わずかに震えていた。
私はもう、この都市にいる誰よりも、その“絵の完成”に近づいている。
だがそれは、同時に――
私自身が、次の構図に“組み込まれる”危険を意味していた。