第4話:怒りの親友への(ほぼ)全告白と、新たなる監視体制
「――で? 全部、正直に話しなさいよ、桜井結月」
体育館裏。人気のない壁際に私を追い詰めた親友・工藤彩乃は、腕を組み、氷点下の視線で私を射抜いていた。文学少女モード(強制)は解けたものの、そのオーラは普段の数倍増しで冷たく、そして怒りに満ちている。
「う、うん……」
「言い訳、嘘、誤魔化しは一切禁止。事の起こりから、洗いざらい、よ」
「は、はいぃ……」
私は観念して、ぽつり、ぽつりと語り始めた。数日前、図書室の古本の間に、あの怪しいノートが挟まっていたこと。最初はイタズラだと思ったけど、試しに書いてみたら本当に未来が変わった(ついでに副作用もついてきた)こと。
「それで、あんたは……その力を、橘のために使った、と?」
「う……うん。最初は、ほら、彼、たまにドジっていうか、うっかりが多いから、ちょっと助けてあげられたらなって……下心……が、なかったとは言わない、けど……」
しどろもどろになる私に、彩乃は深いため息をついた。
「それで、あの折り鶴シャワーと、私の強制文学少女モードね……。あんたねぇ……」
「ご、ごめん! 本当にごめん! 彩乃にあんな迷惑かけるなんて、思わなくて……!」
私が本気で謝ると、彩乃は少しだけ、ほんの少しだけ、険しい表情を和らげた。
「……まあ、元に戻ったから、今回は水に流してあげなくもないけど。……で、その『ノート』とやらは?」
「あ、これ……」
私はおそるおそる、鞄から例のノートを取り出した。彩乃はひったくるようにそれを受け取ると、眉間にしわを寄せながら、ペラペラとページをめくり始めた。表紙の怪しいタイトル、そして中には、私の稚拙な文字で書かれたいくつかの未来(と、その結果引き起こされたであろう珍事の元凶)。
「……見た目は、ただの安っぽいノートね。誰かの手の込んだ日記かと思ったけど」
「で、でも、本当に未来が……」
「分かってるわよ。身をもって体験したんだから」
彩乃はノートを閉じ、私に突き返した。
「それで? 分かってる『ルール』は?」
「えっと……書き換えられるのは、次の日からの未来で、だいたいノート1ページ分くらいの内容。書き込んだことは、ほぼ確実に起こる。ただし……」
「ただし?」
「高確率で、意味不明な副作用が起こる。あと、一度起きた副作用をノートで直接打ち消すことはできないっぽい……インクが消えちゃったから。それと、副作用の効果時間は、たぶん24時間……」
私の説明を聞きながら、彩乃は指で自分のこめかみをぐりぐりと押さえていた。
「……なるほどね。状況は理解したわ。……理解した上で言わせてもらうけど……」
彩乃は、すぅ、と息を吸い込み、
「あんた、バカじゃないの!?」
本日一番の、心のこもった(怒りのこもった)叫び声が、体育館裏に響き渡った。
「そ、そんな便利なんだか迷惑なんだか分からない代物手に入れて、やる事が好きな男子のうっかり防止って! しかも、副作用で周りを巻き込んで! もう少しこう、有効活用というか、せめて無害なことに使えないわけ!?」
「む、無害なことって……」
「例えば、『明日の天気は快晴』とか! 『今日の私の髪型、完璧』とか! そういうレベルから試すのが普通でしょ! なんでいきなり対人関係、しかも恋愛絡みで使うのよ!」
正論! 彩乃の言うことは、ぐうの音も出ないほど正論だ! なんで私は、もっと慎重になれなかったんだろう……。
「ご、ごめんなさい……」
「……はぁ。もういいわ。あんたに常識を求めた私が間違いだった」
彩乃は、がっくりと肩を落とした。そして、何かを決意したように顔を上げる。
「いい? 結月。そのノートは、今後、私の許可なく一切使用禁止!」
「えっ!?」
「『えっ!?』じゃない! これ以上、あんたの暴走で変な騒動に巻き込まれるのはごめんだわ。どうしても使いたいなら、まず私に相談すること。目的、書き込む内容、予想される副作用とその対策……全部プレゼンしてもらって、私が許可した場合のみ! いいわね!?」
「は、はい! 従います!」
まるで、生徒会長か風紀委員長のような(どっちもやってないけど)威圧感。私は、小刻みに頷くことしかできなかった。
「それと、例の斎藤先輩。あの人も気になるわね。あの意味深な発言……絶対何か知ってるでしょ」
「私もそう思う! なんか、ノートのこと知ってるみたいな口ぶりだったし……」
「そのノート、具体的にどこで見つけたの? 図書室の、どの辺?」
「えっと、たしか……郷土史のコーナーの、一番下の棚にあった、古い民話集みたいな本の間……」
私の言葉に、彩乃は「ふぅん」と何か考え込むような表情を見せた。
「まあ、いいわ。ノートの出所と斎藤先輩の件は、今後の調査課題ね。……とにかく、あんたはもう、一人で突っ走らないこと。分かった?」
「わ、分かった! 絶対!」
私たちは、なんとなく和解……というか、彩乃による一方的な支配体制が確立された形で、体育館裏を後にした。
帰り道。夕暮れの空の下、並んで歩く。さっきまでの険悪なムードは少し和らいだけど、なんだか気まずい。彩乃は時々、私がまた何かやらかさないか監視するように、ちらちらと私を見ている気がする。
ふと、前方に悠斗くんの姿が見えた。友達と笑いながら歩いている。その姿に、私の口元が、無意識に緩む。
「……はぁ、やっぱり……」
「……結月?」
隣から、地を這うような低い声。ビクッとして横を見ると、彩乃が般若のような顔で私を睨んでいた。
「まさかとは思うけど……今、あのノートを使って、橘とのロマンチックな偶然を演出しようとか、考えてないでしょうね?」
「か、考えてないよ! ぜ、絶対!」
「……怪しい。あんたのことだから、十分あり得るわ」
彩乃は、私の鞄(の中にノートが入っている)を、まるで時限爆弾でも見るかのような目で見ている。
(うぅ……。彩乃が味方……いや、監視役になってくれたのは心強い、かも? でも、これって、前より状況悪化してない……?)
私の未来ノートを巡る騒動は、親友という名の最強(最恐?)の監視官を得て、新たなステージに突入した……のかもしれない。前途多難、という言葉が、やけにリアルに胸に響く帰り道だった。
(つづく)