ぼやき事務員は、ざまぁを完遂する。
「地味な事務員のジーコだよ、みんな今日は頑張ってね! キャハッ♪」
私の声真似をするたまごのお姉さんにより、「暖炉でロダン勝負────チキチキ耐熱レース」 が開始された。
レースの内容は簡単だ。薪を焚べて燃え盛る暖炉の前で、ロダンの考える人のポーズを取るだけ。
もちろん台座や椅子などはない。いわゆる空気椅子のような、足の筋力を誇るだけの勝負。
勝てば賞金十万円がもらえるとあって、集まった人達から歓声が上がる。雪山のある地方都市。そんな田舎町のマイナー大会にしては高めの金額だ。
ただ参加者は全員公平を期すため、女性用の競泳水着を着用する。男も女も関係ない。社長も平社員も問題ない。どこかの大統領がぶち壊そうと頑張っている、面倒に凝り固まったLGBTにも配慮した、素晴らしい大会。平等って素晴らしいよね。
「⋯⋯んなわけねぇだろ」
アホみたいな大会に強制参加させられた私は思わずぼやく。ぼやき能力全開だよ。私は事務員のジーコ。本名は白幡由希子。なのに、社長がつけたアホな呼び方のせいでジーコと呼ばれている。
サッカーの神様の一人じゃないよ。サッカーの神様にあやかってマヤ社長が勝手に命名しただけ。酔っ払いのくせに、なんで事務子からなんだよと思った。名乗ってないままだから当たり前か。
痛い呼び名ならせめて名前から取って上書きして欲しかったよ。あと、あの調子に乗ったタマゴ野郎は後で割る。
たまごのくせに、カメレオンのように擬態が得意って気味悪いんだよ。それに、しょせんたまご。クオリティの割に半熟以下の半人前、半端なんだよ。あぁ⋯⋯グシャって、たまご割りてぇ。ぼやき能力が止まらない。
私は五年勤めた会社を、逆ハニトラ⋯⋯騙されて辞める事になった。アホだけど、恩あるマヤ社長と居酒屋で縁があって、前の会社の親会社に入れた。それも社長秘書として。
私が抜けた後、なんやかんやあって前の会社は倒産寸前の危機に陥った。私を陥れた連中に、ざまぁと奴らに言えてスッキリしたよ。
「これは事務子ちゃんの復讐チャンスなんだよ」
金眼がキラキラと眩しい。会社の経費で何を企んだのかと思えば、私のいた潰れる寸前の会社の救済だった。人材のサルベージとも言うね。
ビール会社を経営するマヤ社長は変わり者で、お人好し。そして意外と強か。奴らに生き残りをかけて勝負を持ちかけたのだ。それがこの、「暖炉でロダン勝負」だ。
────耐熱っていうか、この町は雪が積もるほど寒いから、暖炉の火はむしろあったけぇだけだよ。
それより水着のむさいおっさんとか見た目も笑いも寒いじゃないか。だからこれは根性試しじゃない。暖炉で暖まり合うだけの、使える筋肉のマッチョレース。マヤが金星人な証なのか、思考と嗜好がアホ過ぎる。
社長にアホとは言っているけれど、拾ってくれた恩人なので、バカにしているわけではないんだ。むしろ無防備で無邪気なため心配している。よく生きて来れたよ、この御時世に。
くだらない大会なのに、異様な盛り上がり。無駄に気合も入っていて、暖炉なしでも暑そうだ。水着で正解だった‥‥だと? もっともその熱意は、奴らに取って沈む泥船からの脱出がかかっているせい。
必死になるのはわかる。私と無関係な部署の人はとくに。たださぁ、罠に嵌めて私を辞めさせたくせに、部長や娘の女上司や同僚どもが私に裏切りものだの恥知らずだの叫ぶのはおかしいだろって言いたい。英男とか、よく顔を出せたな。たまごぶつけてやれば一石二鳥だ。
マヤと違って彼らは本当にアホなんだろうなぁと思う。勝負に勝った者の中から採用を決める権限を、面接官であり、社長秘書でもある私も持っているのに。
うっとおしくしがみついて懇願されるよりマシかな。地味な事務員のジーコな私は、あいつらを受け入れて立場逆転した状態でネチネチやるべきだろうか。散々やられた側なので誘惑に負けそうだよ。でも会社に来て彼らと顔を合わす度にうんざりしそうだ。
あいつらが根性見せて勝ってもクビ。それが一番スッキリする。マヤ社長のおかげで私は救われた。彼らも職をまず失う所から始めさせる。でないと逆に訴えて来て、マヤに迷惑かける。それが一番嫌だった。
「ジーコちゃんもやるんだよ♡」
「はぁ?!」
たまごのお姉さんが勝手な事を言い出した。だいたい、たまごのお姉さんって誰だよ。私は痩せ型の地味でたまごのお姉さんのような双丘はないっての! なんか負けたよ。泣きたいよ。
勝負に負けても私のペナルティはなし。勝てば十万円貰えるのだから、ぼやきながらもやるけどね。
座り慣れた細身の私と、酒太りした部長や重役達には勝てそうだ。
だから敵は────営業だ。仮にも業績を伸ばした過去のある精鋭揃いの奴らのはず。足の鍛え方が違う。女上司と英男のバカップルにだけは意地でも負けたくないよね。結婚を機に不幸せになれて良かったねっと、心から拍手を送ろう。
こうして始まった謎の大会。会社をクビになっても大会上位に入れれば、親会社に転職出来るチャンスを貰えるとあって、彼らの目の色がマヤの瞳のキラキラよりギラギラしていた。
マヤのビール会社の特設会場で行われた大会には、社員の家族まで応援に来ていた。暖炉の熱気よりも熱い。
だいたい広場を借り切って、小さな暖炉前で三百名一斉に水着姿でロダンポーズを取るとか、誰が見るんだよ‥‥そう思った私が世間知らずだったのだろう。どうやら家族や身内は大会の趣旨は伝わっていない模様。
せっかく子供の奇病が治まったばかりの地域で、別な悪夢とドラマを生みそうだ。
それでも未来がかかっているとあって、前の会社の会社員達は必死だ。
「それでは、競技を開始しま〜す」
たまごのお姉さんが、ふざけたウインクで合図すると、歓声があがり競技がスタートする。
「ウォ〜〜〜」
「絶対勝つ!!」
気合入りまくりの会社員達。浅めに座るなど、ズルをした瞬間即失格になる。意外と厳しく、審判の金魚人達がチェックしていた。
開始十秒で社長やら専務やらが転がって脱落した。これを機に引退した所で生活に困らなそうな人達だ。
「一分経過〜〜〜」
たまごのお姉さんが気の抜けた声で経過時間を告げる。年配の足腰の衰えた層や、体力のない女子社員達が次々と脱落してゆく。
私を罠にかけた英男を始め、女上司や思ったより粘る太めの部長がプルプルし始めた。私を睨みながら。
やめろ、笑かすな。にらめっこ勝負が入ってるなんて聞いてない。
────私? 余裕だよ。五年座り続けていたからね。腰の落とし方はプロだ。あと薄い⋯⋯から。言わせるな、たまごめ。
脱落者は予想通り、体型と筋力のバランスの悪いものからだった。ガタイがよくても、身体の重さをロダンの姿勢で支え続けるのは難しい。
特等席でマヤ社長がケタケタ笑う。採用基準が安定した足腰になるのにいいのか。雪国ならわりと重要なのかもしれん。
────残り二十名になった所で競技は終了した。会社に入るかどうかは別として、賞金は貰える。私も残った。これで私は温泉に行ける。
二十名の内、採用されたのは半分の十名だった。採用条件は会社の主力商品の金魚ビールを美味しく飲めるかどうか。自社生産のおすすめ商品だから、条件として入って当たり前か。
最初からそれだけで良かったんじゃ────そう思った。まあ、たっぷり笑えたのでマヤ社長には感謝してるのだ。
⋯⋯部長は勿論論外。女上司と英男が倒れる瞬間まで罵り合っていたのを見れたから。勝敗は、彼らや同僚達の脱落時点までと決めていたようだ。ドヤ顔のたまごのお姉さんがムカつくので、泣かないよ。
────会社がなくなり結婚したばかりの二人は、暖炉でロダン勝負の後に離婚したそうだ。同情するならたまごを食え。それが私に出来る手向けの言葉だ。