9.嘘がバレた日(オデット)
もう日が暮れ始めているのに、まだ馬車は戻ってこない。
気になって何度も確認してしまう。
「遅いわねぇ……何をしているのかしら。
お父様とニネットはまだ戻ってこないの?」
「はい」
お父様とニネットが王宮に呼び出されたのは、
カミーユとの婚約解消のことに違いない。
今まで王族の婚約者だからと偉そうにしていたけれど、
これでもう何の役にも立たない愛人の子に戻る。
さすがにお父様だってニネットを見捨てるに違いない。
戻ってきたらしばらくは私の侍女としてこき使ってやって、
飽きたら下女にでもしてしまおう。
お母様だって今までずっと耐えていた。
愛人の子を育てるだなんて屈辱を味合わされてきた。
これでようやく穏やかに暮らせるはず。
ニネットが戻ってくるのを心待ちにしていると、
侍女がお父様の帰りを告げる。
やっと戻ってきた。
玄関まで出迎えに行くと、そこにはお父様と秘書だけ。
一緒に行ったはずのニネットがいない。
お父様の機嫌が悪そうなことに気がつかず、声をかけてしまった。
「おかえりなさい。お父様。
ニネットはどうしたの?」
「……ニネットか」
「カミーユとの婚約は解消されたのでしょう?
ニネットはどこにいるの?もしかして捨てて来てしまった?」
「……お前のせいだ!」
何が起きたのかわからなかった。
気がついたら、私は床に転がっていた。
「お前が馬鹿なことをしたせいだ!」
「旦那様、おやめください!」
「お前がいなければよかった!」
「暴力はいけません!どうか落ち着いてください!」
……私、お父様に殴られた?
左頬が熱くて痛くて、目が開けにくい。
どうして、殴られたの?
「……お父様?」
「……お前はカミーユ王子の婚約者になった」
「え!」
うれしい!やっとニネットから奪えたと喜んだのは一瞬だった。
「カミーユ王子は王位継承権をはく奪され、
この家に婿養子になることが決まった。
護衛も半分に減らされ、側近はいなくなった」
「……え?」
「お前たちが嘘をついてニネットを虐げていたせいだ。
お前たちが買ったものはすべて回収して売る。
足りない分はグラッグ家に請求する」
今までのことが知られてしまった……
お父様が見たことがないほど怒っているのがわかって、
ここから早く逃げなきゃと思うのに動けない。
お母様の生家にまで請求するなんて、本気で怒ってる。どうしよう。
「アデールは離縁して生家に戻す。
お前は王命でカミーユ王子との婚約を命じられてしまった以上、
ここに置いておくしかない。だが、俺はお前を許さない。
お前のせいでニネットを失ってしまった……」
「あの……ニネットは」
「ニネットは新しい婚約者のところに行った。
お前がいるせいでここには戻ってこない!」
それだけを言うと、お父様はどすどすと音を立てて、
お母様の私室へと向かう。
ニネットが戻ってこない?
新しい婚約者って何よ。私の侍女にする計画はどうなるの!
その後、お母様の私室から物が壊れる音や、
お母様の悲鳴が聞こえてきた。
「何をするの!やめてちょうだい!」
「うるさい!お前とは離縁する!
今すぐここを出ていけ!」
「急に何を言っているの!?
そんなことお父様が許さな」
「前侯爵には何も言わせない。現侯爵にもだ。
お前と離縁することは陛下から許可をもらった」
「陛下の許可?……どうして」
「お前がニネットを虐げていたのはわかっている。
よけいなことをしなければ家に置いておくくらいは許してやったというのに」
「嫌よ!出ていかないわ!
あなたがニネットなんか引き取るのが悪いんじゃない!」
また大きな音とすすり泣くような声が聞こえる。
さっきよりも大きな音。
「これ以上殴られたくなければ今すぐ出ていけ」
「……うぅ……うっ」
お父様は本当にお母様と離縁する気なんだ。
許してという声が何度も聞こえたけれど、
お父様の怒りがおさまることはなかった。
お母様とお母様付きの侍女はすぐに家から追い出された。
生家のグラッグ侯爵家に行ったらしい。
最後までお母様は嫌がっていたけれど、
お父様に腕をつかまれて馬車に押し込まれていた。
その後、私は物置に閉じ込められ、
私室に戻された時にはドレスや装飾品はすべてなくなっていた。
物置から私を出してくれたお父様の秘書に、
どういうことなのか問い詰める。
「どうして私の物が無くなっているの!?」
「昨日、旦那様に言われていたでしょう。
買ったものは回収して売ると。
それでも全然足りないですからね。
今頃はグラッグ家に請求が行っているでしょう」
「ドレスが一枚しかないなんて、これからどうしろというの!」
「旦那様が夜会に出るための一枚だけあればいいと」
「お茶会だってあるのよ!?」
「お茶会ですか……もう呼ばれないと思いますよ?」
「え?」
「それでは、私も忙しいので。仕事に戻ります」
私を相手する気がないのか、秘書は執務室へと戻っていく。
私付きの侍女もいなくなり、
がらんとした部屋で何もする気がなくなりソファへと座る。
どうして私がこんな目にあわなきゃならないの。
そもそもお父様が愛人の子なんて連れてこなかったら、
こんなことにはならないのに。
ニネットはもういないのに、お父様はニネットだけを愛している。
どうして私とお母様は見てもらえないの。
悲しんでも泣いても、誰も慰めてはくれなかった。
ようやくカミーユが会いに来てくれたのは、
五日もたった頃だった。