58.王都へ戻る(アンドレ王太子)
「おい!待て!戻って来い!ニネット!!」
「アンドレ様、落ち着いてください!」
「うるさい!あいつを連れて帰れば!」
「無理です!もう、行ってしまいました……」
バシュロ侯爵がうなだれているのを見て、少し落ち着いた。
ニネットが乗った馬車はずっと前に見えなくなった。
それでもあきらめることができず、壁の前で叫んでいた。
「侯爵、平民たちを行かせることはできないのか?
平民たちにニネットを捕まえさせれば……」
「それも、すでに試してみました。
ニネットを連れ戻そうと命令を出した後は、
平民も壁を通り抜けることはできなくなっていました」
「っくそ!そんな強力な力を使えたのなら、
どうしてもっと早く捕まえておかなかったんだ」
「ニネットは一度も精霊術を使えませんでした。
いや、使わなかったのです。
私だって、使えると知っていれば……」
そうだった。侯爵と学園からの報告では、
ニネットは精霊術を使えないと言われていた。
精霊の愛し子なのに役立たずだと思っていたが、
最初から隠していたとは……。
「アンドレ様、ここは一度王都に戻りましょう」
「なぜだ」
「ここで待っていても、ニネットは戻ってこないでしょう。
それに、食料が残り少なくなっています。
ここで野営し続けることはできません」
食料はジラール公爵領で調達するつもりだった。
ブラウエル国に戻ってくるなら税として差し出させ、
反抗するならば捕まえた後で奪えばいいと。
それが手に入らなくなったのだから、食料はそれほど残っていない。
王都に戻るまでの三日間。
騎士たちに食べさせる分だけでもかなりの量になる。
帰るまでに通る領地で食料を確保するしかない。
「わかった。王都に戻って、もう一度考えよう。
帰りの準備をさせろ」
「かしこまりました」
数時間後、野営していた荷物を片づけ、帰路に就く。
行きとはかなり数が少なくなってしまった。
平民の兵が二割弱しか残らなかったために、
荷物の一部は騎士に運ばせることになった。
平民と同じ役割をさせたことで、騎士たちが不満そうな顔をしている。
途中で通った領地で食料を確保しようとしたら、
どこも食料不足に陥っていて、満足に確保できない。
平民の兵に食べさせる食料が足りなくなった時から、
脱走するものが出始める。
だが、それを止めるはずの騎士も動かない。
空腹と疲労で平民などどうでもよくなっているようだ。
俺もそれを咎めるのがめんどうになり、放置した。
王都に着くころには平民の兵はいなくなっていた。
ようやく帰った王都はなぜか人の気配がなかった。
王宮について聞いてみれば、数日前に暴動が起きたらしい。
食料がなくなるという噂が広がり、貴族が買いあさろうとした。
それを不満に思った平民たちが食料を隠し引きこもるようになった。
それだけでなく、王都を捨てて逃げる者が出始めたという。
店はどこも開いてなく、平民は外を歩いていない。
貴族は領地に逃げている者が多くなった。
ため息をつきながら、母上に戻った挨拶をしようとしたら、
ここにはいませんと答えられる。
は?いない?こんな時にどこに行ったんだと思えば、
生家の領地に行っているという。
「母上が生家に戻った?ランゲルを連れて?」
「ええ。これ以上王都にいると暴動に巻き込まれるかもしれないと。
陛下が王妃に帰るように勧めたそうです」
「ああ、父上がそう言ったのか」
王妃と第二王子を逃がすほど王都は危うい状況なのか。
父上にジラール公爵との話し合いの結果を報告して、
王都の状況を詳しく聞こうと思い父上の私室へと向かう。
父上はここしばらく謁見室や執務室には来ていない。
私室でぼんやりしていることが多い。
今もそうしているだろうと思い、部屋のドアをノックする。
「父上、戻りました」
何度声をかけても返事がない。
ドアを開けたら鍵はかかっていなかった。
中に入ると、そこには誰もいなかった。
「……どこに行ったんだ?」
まさかと思い、引き出しを開ける。
そこには何も入っていない。
その隣の引き出しも、何も入っていない。
父上の部屋にあるはずの物が綺麗に消えていた……まさか。
「おい!父上はどこに行った!」
「わ、わかりません。私は今朝からここに立っていますが、
陛下の姿は見ておりません」
「……いつからいないというのだ」
執務室に戻って、バシュロ侯爵に父上がいないと訴える。
「父上はどこに行ったんだ。まさか母上のところに?」
「……アンドレ様、もしかしたら陛下は逃げたのかもしれません」
「は?……逃げた?」
「はい……精霊がいなければ、この国は終わります。
最後の王になるのが嫌だったのかもしれません」
「なんだと!」
最後の王になるのが嫌だ?
……父上が消えたら、俺が王になる?
精霊の愛し子も連れ戻せなかったのに、この国の王に?
「俺が王になっても……何もできない」
「はい……」
「だが、ならなければいけないのだろう?」
「……はい」
まだ王宮には騎士たちが残っている。
女官に姿がないのは、母上が帰った時点で逃げたのかもしれない。
ため息をつきながら、侯爵が用意した書類に署名をする。
これで俺がブラウエル国の王に。
幼い頃はあこがれていたけれど、精霊の力が弱まっていることを知って、
父上が不安に思っていることも気づいた。
それでも精霊の愛し子だけに頼るのは嫌だって、
昔は思っていたはずだったのに。
いつの間にか、俺も精霊の力を求めて、
ニネットの意思なんてどうでもいいと思ってしまった。
今さら後悔しても遅い。
父上は消えたし、母上たちだって戻ってこない。
王宮に蓄えてある食料でどこまでもつのか。
それから一か月後、国境にある砦が他国から襲撃されたと報告が来た。
しかも、一か所ではなかった。
五か所ある砦のうち、三か所が攻められ落ちた。
「どういうことだ!どうして他国が攻めてくるんだ!」




