4.学園
次の日も王家の馬車が迎えに来ていた。
それを見て、オデットが楽しそうに御者に声をかける。
「ねぇ、ニネットとカミーユの婚約は解消になったのよ。
もう迎えに来なくていいの。帰ってちょうだい」
「婚約が解消されたことは知っています。
ですが、王家からは今まで通り、
ニネット様を送り迎えするようにと言われておりますので」
「はぁ?どうしてなのよ!」
やっぱりそうだよね。
カミーユ様との婚約が解消になったところで、
国王が私を手放すとは思えない。
ただ単に私をこの国に居させるために、
同じ年のカミーユ様と婚約させていただけ。
カミーユ様がダメになったら、他の誰かに変えるはず。
朝から無駄に騒いでいるオデットに、
説明するわけにもいかずため息をつきそうになる。
「オデット、学園に行くからそこをどいて」
「ニネット、どういうことなのよ!
どうして王家の馬車が送り迎えするの!
もう婚約者じゃないのでしょう!?」
「私に言われてもわからないわ。
カミーユ様に聞いてみたらいいんじゃないの?」
「ちょっと待ちなさいよ!」
馬車に乗り込んだ後も、オデットは何か叫んでいたようだけど、
私に文句を言われても困る。
文句を言いたいのなら、国王かカミーユ様、
もしくは父親のバシュロ侯爵にでも言って欲しい。
学園に着くといつもとは雰囲気が違った。
早くも私とカミーユ様の婚約解消の話が広まりつつあるのか、
私のほうを見て何か話している令嬢がいるのがわかる。
「ねぇ、本当なのかしら」
「きっとカミーユ様に捨てられたのでしょう?」
「カミーユ様はいつもオデット様と一緒にいるしね。
オデット様と婚約をするのではないかしら」
「いい気味だわ。
愛人の子のくせに王族の婚約者だなんておかしかったのよ」
こちらに聞こえるように言っているのは、
何かしら反応して欲しいからだろう。
だけど、それには気にせずに教室へと向かった。
学園に入って二年目がもうすぐ終わる。
卒業するまであと一年通わなくてはいけない。
同じ教室にカミーユ様とオデットがいるが、
婚約解消した後ではさすがにカミーユ様は関わってこないだろう。
授業が始まる間際になって、カミーユ様とオデットは教室に入ってきた。
機嫌が悪そうなオデットをカミーユ様がなだめている。
もしかして馬車の件でまだ機嫌が悪い?
それとも、めずらしく喧嘩でもしたのかな。
せっかく婚約解消したのだから、もっと喜べばいいのに。
昼休みになって、隣に座っている令嬢が小声で聞いてきた。
他の令嬢たちも興味津々で話を聞いているのがわかる。
「あの……カミーユ様との婚約が解消されたというのは嘘ですよね?」
「いえ、本当のことよ」
「え?ですが、今朝も王家の馬車で登校していましたよね?」
「ええ、そうね。でも婚約は解消されたの」
「はぁ……?」
納得できないという顔だったけれど、私には説明できない。
話しかけたそうにしている令嬢たちを無視して、中庭の奥の方へと向かう。
昼食はいつも食べない。というか、食べられない。
カフェテリアに払うお金を持っていないし、
侯爵家で昼食を用意してもらうこともできない。
夫人が私にお金を渡してくれないし、
料理人に昼食を作らせてくれないからだ。
朝夕の食事は普通に食べているので死ぬことはないけれど、
お腹がすいたまま午後の授業を受けるのは苦痛だ。
学園の中庭の奥へ行くと小さな森がある。
何もないので学生はあまり立ち寄らない。
周りに人がいないことを確認して精霊にお願いすると、
近くにあった木が成長し始めて赤い果実が実る。
それを摘んで食べると口の中に甘い汁が広がった。
「美味しい……みんなも食べる?」
その言葉を合図に、力を貸してくれた精霊たちが果実に群がる。
私が食べる分を残して、あとは精霊が食べ尽くして証拠を隠滅してくれる。
果実でお腹がいっぱいになった後は、
口元についた汁を拭ってまた校舎へと戻っていく。
機嫌よく教室に向かう途中で、
カミーユ様とオデットが向こうから歩いてくるのが見えた。
会いたくなかったなと思いつつカミーユ様に礼をすると、
オデットはカミーユ様の腕にしがみついたままにらんでくる。
カミーユ様は困ったような顔をして去っていった。
何か言われるかと思っていたのに、何も言われなかった。
婚約者じゃなくなったからカミーユ様も説教する気にはならないらしい。
本当に婚約解消できたんだと思うとすっきりして、
笑いがこみあげてくる。
自分で思っていたよりも学園で絡まれるのにうんざりしていたみたい。
だが、いい気分でいられたのは一週間だけだった。
国王に呼ばれて王宮へと向かう。
馬車にはバシュロ侯爵も同乗していた。
私が王宮に呼ばれたことを聞いたオデットは、
正式にカミーユ様との婚約解消を告げられるのだと思ったらしく、
ご機嫌で話しかけてきた。
「これで王族の婚約者として威張れるのも終りね!
そうしたらお父様だってニネットをどうでもよくなるんじゃないかしら。
侯爵家から追い出されるかもね!」
「そう」
「泣いて謝ってもいいのよ?
オデット様、許してくださいって。
それなら使用人として雇ってあげるわ!」
「……」
「ほら、早く行って来たら!
帰ってきたら使用人として働きなさいよ!」
愛人の子だと思っているから、こんなに嫌われるのだろうけど、
そろそろなんとかしてもらってもいい気がしてきた。