25.私のお父様(オデット)
憂鬱な気持ちでバシュロ侯爵家に帰る。
落ち込む理由はニネットと仲直りできなかっただけじゃない。
私がお父様の子じゃないと言われ、否定できなかった。
だって、お父様から愛された記憶がない。
ニネットだけ大事にされ、私は放っておかれていた。
どうしてと思っていたのが、やっとわかった。
私はお父様の子じゃなかったんだ。
ニネットは愛人の子だけど、お父様の血を引いている。
私はお母様がどこかで不貞してできた、いらない子。
どちらを愛するかなんて、誰に聞いたって同じことを言うだろう。
たとえ平民の血が混ざろうと、精霊術がつかえないだろうと、
自分の娘のニネットの方が可愛いと。
今までのことが急に馬鹿らしく思えた。
帰りたくないけれど、他に行くところもない。
仕方なく屋敷に戻ったら、すぐに呼び出される。
「旦那様がお呼びです」
「……行きたくないわ」
「お呼びです、行きましょう」
「……」
お父様の秘書に手をつかまれ、無理やり連れて行かれる。
執務室に入ると、お父様は私をソファに座らせることなく話す。
「ニネットとまた争ったそうだな。
お前にはもう二度と関わるなと言っただろう」
「……私は仲直りしたくて」
「一度は謝罪することを認めたが、陛下からも命じられたはずだ。
二度とニネットに近づくなと。
どうして私と陛下の命令が聞けないんだ」
「ごめんなさい……」
「まぁ、もういい。済んだことだ」
「え?」
あっさりと許されたことに驚いたが、そうではなかった。
お父様の目はいつも以上に冷たく、突き放されたように感じる。
「お前が私の子でないのは事実だ」
「……」
やっぱり本当だったんだ。
私はお母様の不貞の子だった。
「お前が私の子ではないというのは産まれる前からわかっていた」
「……どうしてですか?」
「お前が生まれた頃、この国は不作で苦労していた。
私は領地と行き来していて、アデールとはろくに会っていなかった。
それなのに子ができたことを不審に思い、調べさせた。
アデールには遊び仲間の男たちが何人もいた。
真面目でおもしろくもない私のことを笑いながら浮気していた」
お母様にお友達が多いのは知っていた。
そのほとんどは男性で、はしたないと言われているのも。
だけど、お父様が仕事で忙しいって言って、
夜会にも出席しないのが悪いと思っていた。
エスコートもなく夜会に出席するなんて恥ずかしい。
お母様がお友達と出席するのも仕方ないなって。
それが浮気だったんだ。
「一時は産ませないことも考えた。
お腹の子を殺して、なかったことにしようかと」
殺してって、それって私のことよね。
平気な顔でそんなことを言うなんて……
「俺のことが恐ろしいか?」
「そ、それは」
「まぁいい。
結婚して六年、俺とは子ができなかったから、今後もできる可能性が低い。
それに、グラッグ家と事業を提携していたことを理由に離縁しなかった。
オデットとバシュロ家の血をひく者を結婚させれば問題ないと思ったからだ。
もちろん、アデールに警告はした。
遊ぶのをやめ、オデットをまともな令嬢に育てろと」
お母様は……変わらなかったから離縁された?
ニネットが使うはずだったお金でドレスや装飾品を買って、
若い男性と出ていくのをよく見た。
「オデット、お前はバシュロ侯爵家から籍をぬいた」
「……え?」
「グラッグ侯爵家が引き取ると言っている。
荷物はあとで送る。さっさと出ていけ」
「え?……お父様?」
「私は父ではないと説明しただろう。
あぁ、カミーユ王子との婚約は継続だそうだ。
学園を卒業したら王宮から出されるそうだが、二人でなんとか考えるんだな」
「そんな!そんなことになったら、どうすれば」
「自分で考えろ。
ニネットを自分の使用人にしようとしていたそうだな。
お前も使用人となって働けばいいだろう」
「嫌よ!」
使用人として働くなんてありえない。
私は侯爵家に生まれたのに、そんな平民のような真似できるわけない!
「連れていけ」
「はい」
「お父様!ごめんなさい!謝るから、謝るから許して!ねぇ!」
呼びかけてもお父様はもう私を見てはくれなかった。
秘書に引きずられるようにして屋敷から出される。
御者に抱えられて馬車に乗せられ、そのままグラッグ家へと連れて行かれる。
グラッグ家について、案内された場所は小さな離れだった。
どこにも行くところがなく、仕方なくドアを開ける。
そこには使用人の服を着た中年の女がいた。
化粧はせず髪も手入れされていない、みすぼらしい女。
私を見て、キッとにらみつけてくる。
……その目は見覚えがある?
「……まさか、お母様?」
「オデット……あんたのせいよ!」
「え?」
パンと音がして、頬を打たれたことに気がついた。
お母様が顔をゆがめながら、何度も私の頬を叩く。
「あんたがニネットを虐げたから!婚約解消なんてさせるから!
全部、全部あんたのせいだわ!」
「やめて!お母様!」
ニネットを虐げたのは、お母様だってそうなのに。
しばらく私を叩いていたお母様は、力尽きるとその場に座り込んだ。
埃っぽい床なのに、気にしていない。
「……お母様?どうしてそんな姿に……」
「やめて……ここではただの使用人よ。
あんたは学園があるし、カミーユ王子の婚約者だから働かされないけど。
それも卒業までよ。卒業したら、ここから出ていかされるわ」
「そんな……」
こんな小さな離れでも住む場所がないのは困る。
カミーユに頼ろうにも、頼れるのかどうかわからない。
私がお父様の子じゃないってわかったら、
愛人の子を嫌うカミーユには愛されないもの。
どうしてこんなことに。
たとえ、私がお父様の子じゃないとしても、
お父様だって他で不貞して子を作ったのなら罪は同じじゃない。
なのにニネットは守られて、私は誰も守ってくれない。
どうして私だけ、こんな目に合わなきゃいけないの?