11.孤立する二人(オデット)
頬の腫れがひいて、ようやく学園に通えるようになった。
カミーユの婚約者になったのだから、
私も王家の馬車が送り迎えしてくれると思っていたが、
カミーユは王位継承権をはく奪された上、侯爵家に婿入りするということで、
私は王族の婚約者としては扱われなかった。
侍女がいなくなったことで、うまく髪を結えなかったし、
手入れができなくなったため肌がかさついている。
食事の量も減らされ、お茶の時間はなくなった。
お父様は顔を見せてくれないし、使用人も話し相手になってくれない。
どうしてこんなつらい目にあわなくてはいけないの。
ニネットがうちに来なかったら、ずっと幸せでいられたはずなのに。
学園の馬車着き場で待ち合わせているカミーユの顔を見て、
思わず愚痴をこぼしてしまう。
「……どうしてニネットはあんなにも大事にされてたのに。
私には何もしてくれないの?」
「ごめんな……何もするなと言われているんだ。
俺がもう少し穏便に婚約を解消していればよかったんだ。
父上と義母上に相談して侯爵に許可を得てからにすれば、
こんなことにはならなかったんだ」
側近のエネスは辞めさせられ、侍従もつけられない。
護衛だけと学園に登校してきたカミーユはうなだれている。
ニネットとの婚約解消以来、王宮でも肩身が狭いらしい。
いつものように教室に入ると、一斉に目をそらされた。
いつもならカミーユに挨拶する令息たちも、気まずそうに教室から出ていく。
残っている令嬢たちは私たちを見ないように会話を続けた。
「……なに?」
「俺たちに関わりたくないんだ。
オデットが休んでいる間もずっとこうだった」
「ずっと!?カミーユがこんな目にあっていたの?」
「王子でなくなった俺には用はないってさ」
あきらめたようなカミーユに同情したのはこの時だけだった。
私も令嬢たちに無視され、誰も一緒に行動してくれない。
仕方なくカミーユと行動すると学園の誰もが避けていく。
その状態が二週間も続くと、さすがに腹が立って、
一番大人しそうな令嬢を捕まえて、空き教室に連れて行く。
「ねぇ、どうして皆は私を避けるの?」
「……え、あの……」
「怒らないから、理由を言ってちょうだい」
「……オデット様がニネット様に虐げられていたのは嘘だと、
嘘をついてまでニネット様からカミーユ様を奪ったと噂になってます」
「はぁ?」
「……それで、お怒りになった陛下と王妃様が、
カミーユ様を勘当して侯爵家に婿入りにさせることにしたが、
侯爵もオデット様を見捨てているから、いずれ没落するだろうって……」
「なんですって!!」
「わ、私が言ったんじゃないです。
他の令嬢たちが話していたのを聞いたので」
「誰なのよ……」
名前を聞き出したが、同じ教室の令嬢だけでなく、
他の学年の令嬢たちまでカフェテリアで話していたという。
同じ侯爵家の者もいて、とても止められそうにない。
「すまない。俺にもどうにもできない」
カミーユに頭を下げられたけれど、そんなことされても何の意味もない。
「ねぇ、カミーユ。
私、やっぱりニネットとの婚約を戻すべきだと思うの」
「何を言っているんだ?」
「カミーユを王子に戻してあげたいの。
私があんな嘘を言ったから、カミーユがこんな目にあっているのだもの。
ニネットにちゃんと謝って戻ってきてもらうわ」
「そんなことをしたら、オデットはどうなるんだ」
「わからないけど、まずはニネットに許してもらって、
全部を元に戻して、それから考えようと思うの」
「そうか……まぁ、ニネットに謝るのは正しいか」
カミーユも今の状況よりは、地味で役に立たないなニネットが婚約者でも、
王子の立場に戻りたいのだろう。私の言葉を否定せずにうなずいた。
屋敷に帰ってすぐ、お父様の執務室に向かう。
もう何度も断られているけれど、今日は話を聞いてくれる自信があった。
「オデット様、旦那様は」
「ニネットのことで話したいの」
「ニネット様の?」
「ええ。ニネットにこの家に戻ってきてもらうために、
行動しようと思って。それをお父様に言いたかったの」
「……少々お待ちください」
ニネットのことだと言ったからか、秘書がお父様に確認に行く。
「中にお入りください」
やっぱり。ニネットのことならお父様は私に会ってくれる。
もうお父様への愛情なんて消えてしまった。
だからこそ、にらみつけてくるお父様へ微笑んだ。
「ニネットの話とはどういうことだ」
「私、反省したの。悪かったって。
ニネットに謝って、この家に戻ってきてもらおうと思って。
カミーユ様との婚約もニネットに返すわ。
そうしたら元通り、ニネットはこの家で暮らしてくれるでしょう?」
「ニネットを取り戻せるというのか?」
「何度でも謝って許してもらうわ。
お父様だって、ニネットに戻ってきてもらいたいのでしょう?
公爵家に謝りに行ってこようと思うの」
「……わかった。許可しよう」
「ありがとう。絶対にニネットに戻ってきてもらうから」
ニネットがいるジラール公爵家に訪問するには、お父様の許可が必要だった。
私が御者に命じても、お父様の許可なく他家には向かってくれない。
ニネットがいなくなってから一か月。
私はニネットに会うためにジラール公爵家に向かった。