「貴方のことが好きです!」「あの、これ間違い電話です」
『──直接会って話を出来なくてごめんなさい。でもどうしてもこの思いを伝えたくて、貴方に電話をかけました。
この学校に入学した時……周りに中学からの友人もいなくて不安だった私に優しく声をかけてくれたあの時から、ずっと貴方のことが気になっていました。ドジっ娘で時折へっぽこなミスをしてしまう私を茶化してくれるおかげで気が楽になったり、イタズラっ子な貴方に何度もイタズラされたり、毎日面白い話を聞かせてくれるおかげで、私は飽きのない楽しい学校生活を送ることが出来ています。
私は、とても感謝しているんです。もっと貴方と一緒にいたい、一緒の時間を過ごしたい、私も、貴方のことを幸せにしたいんです』
嘘偽りのない、少女の正直な気持ちが電話口から聞こえてくる。そして少女が深呼吸したのが聞こえると、胸に秘めた思いを伝える決心がついたのか、再び電話口から彼女の声が聞こえてきた。
『──私は、鈴木君のことが好きです。私と、付き合ってくれませんか?』
電話口のはずなのに、俺の目の間に、顔を真っ赤にして目を瞑り、俺の返答を待っている彼女の姿が思い浮かぶ。
そして、俺が出した答えは──。
「あの、佐藤です」
『へ?』
「俺、佐藤なんだけど」
『……へ?』
俺の名は佐藤元輝。しがない男子高校生だ。そして彼女、クラス委員長を務める瀬名琴音が電話をかけたと思い込んでいた相手、鈴木という男子は俺と同じクラスの友人で、サッカー部のエースの奴のことだろう。
きっと委員長は勇気を出して意中の人に告白をしていたつもりなのだろうが、全く違う相手に間違えて告白してしまっていたという現実を、すぐには受け入れられなかったようだ。一時の沈黙の後、ようやく委員長は声を出してくれた。
『ごめんなさい、佐藤君! い、今のは聞かなかったことにして!』
何か電話の向こうからドタバタと激しい物音が聞こえるが、もしかしたら委員長は自分が間違い電話をかけて、それに気づかずに違う相手に告白してしまっていたことが恥ずかしくて悶絶しているのかもしれない。
「安心しろ、委員長。委員長が鈴木のこと好きなの、皆知ってるから」
『ウソー!?』
「知らないのは当人達だけなんだがな。じゃあな委員長、本番は頑張れよ」
『う、うん、頑張る!』
俺は委員長に励ましのメッセージを残して電話を切り、自分の部屋の椅子に座ったまま天井を仰いで溜息をついた。委員長と鈴木が見事結ばれることを俺は祈るとするか。
……なんだろう、この微妙なガッカリ感は。俺は学年でもトップクラスの美少女である委員長から告白されているのかと最初は驚いていたのだが、入学してすぐに隣の席になったという話を聞いた時点で別人じゃないかと疑い始め、そして委員長が間違い電話をかけてしまったことに気付かされた。
はぁ……確かに委員長が俺のことを好きなわけがないんだ。もしかしてと思ったけど、ヌカ喜びだったようだ。頑張れよ委員長、俺応援してる。
気を取り直してソシャゲのログボでも受け取ろうかとしていた時、再び俺のスマホの着信音が部屋に鳴り響いた。
また珍しい奴からだなと思いながら、俺は若干の不安を感じつつ電話に出た。
「もしもし、佐藤です」
『……今、ちょっと良い?』
「はい、良いですけど」
俺に電話をかけてきたのは女子大生の三好真紀。俺の二個上の先輩で、俺が一年の時にちょっとだけお世話になったことがあるし、何度かウチに遊びに来たこともある。
日頃からちょっとテンションが高めな先輩で、酒が入るともう手が付けられないぐらい笑い上戸になってしまうが、気さくで面倒見の良い先輩だ。だがいつもの先輩とは打って変わって、しおらしい声色で言う。
『その……この間、一緒に行った遊園地、とっても楽しかった。本当はあの時、お前に言いたかったことがあったんだけど、勇気が出なくてさ……』
「あの」
『いや、言わせてくれ。どうしてもお前に伝えたいことがあるんだ』
「いや、違くて」
『私、龍輝のことが好きなんだ! だ、だから、正式に付き合ってほしい!』
本日二度目の告白。恥ずかしい気持ちをこらえ、勇気を出して告白した先輩に対し、俺は──。
「あの、三好先輩」
『え?』
「俺、元輝です」
『……うえぇっ!?』
俺に電話をかけてきた先輩とは確かに親交はある。先輩は何度も俺の家に遊びに来たこともある。でも先輩が遊びに来る目的は、俺ではなく俺の兄貴である佐藤龍輝の方だ。俺の兄貴は大学の野球部でエースをやっていて、プロ球団からも注目されている有望株だ。
「先輩の思い、俺伝いで伝えておきましょうか?」
『待て待て待て待て! 違う! 聞かなかったことにしてくれ!』
「まぁ俺のことは練習台だと思って、本番は頑張ってくださいな。ではまた、次は良い報告をお待ちしております」
『君のお義姉さんになってあげるからー!』
ふぅ。一体何なんだ、二件連続で間違い電話だし違う男子と間違われて告白されるなんて。確かに兄貴の件で弟の俺が先輩に助言することもあったし、電話をかけようとした時に連絡先欄で隣り合っていたのかもしれないな。でも声で気づいてほしいものだ。
安心してくれ先輩。俺の兄貴はとびきりのプロポーズを貴方に準備してたから。
さて、気を取り直して俺はソシャゲのログボを受け取ろうとしていたのだが、再び俺のスマホの着信音が部屋に鳴り響いた。
……さて、どうしようか。もう出たくないんだけど。
俺に電話をかけてきた奴の名前がスマホの画面に表示されている。古宮優凪、今度は一個下の後輩だ。俺は彼女と同じ演劇部に所属していたから多少の関わりもあるしたまに連絡を取ることもあるが……いやこの流れ、絶対に良くない。
しかしもしかしたら、もしかしたら古宮に何か緊急事態が起きている可能性もなくはないため、俺はおそるおそる電話に出た。
「はい、佐藤です」
『あ、高橋先輩ですか?』
「いや違いますけど」
はい、予想通り。俺は電話番号の替え時なんだろうか。高橋というのは俺の同級生で演劇部の部長をしている男子だ。
『その、高橋先輩……』
「いや佐藤ですけど」
『この前、高橋先輩と一緒に夏祭りに行けて、私はとても楽しかったです』
「そうなんだ。俺は佐藤だから知らないんだけど」
古宮は俺を高橋だと思って話を続けてるけど、もしかして俺の声、届いてない? 俺の声だけノイズ判定されてたりする?
『私、高橋先輩がたくさんの人に告白されてるって聞いて、居ても立っても居られなくなっちゃって……』
「そうか。俺は佐藤だから告白されたことないけどね」
『私は、先輩のことが好きなんです! ずっと、ずっと前から、貴方のことが好きでした! 私と、付き合ってください!』
告白されたの、本日三度目。最近って電話で告白するの流行ってるの?
「あの、古宮」
『えっ?』
「俺、高橋じゃなくて佐藤なんだけど」
『……ええええええええええっ!?』
俺は何度も名乗ったはずだけどね、佐藤って。何なら一番最初にわざわざ名乗ったつもりなんだけど。
古宮の甲高い悲鳴が聞こえてきた後、慌てた様子で彼女は言う。
『じゃ、じゃあ早く言ってくださいよ!』
「俺は何度も佐藤ですって名乗ったぞ!?」
『ほ、本当ですか? も、もしかしたら緊張しすぎて聞こえてなかったのかも……』
「次は相手を間違えないようにな。じゃあな、お幸せに」
『余計なお世話ですー!』
緊張しすぎて俺の声が聞こえなかったとは、可愛い奴め。向こうは知らないだろうけど、一日に三回も連続で違う相手に送られていたはずの告白を聞かされた身にもなってほしい。
さて、俺は気を取り直してソシャゲのログボを……いや待て、嫌な予感がするぞ。このルーティーンが負の連鎖を起こしているような気がする。
俺はこの負の連鎖を断ち切るために、気を取り直して昨日見逃した推しVTuberの配信アーカイブを見ようとしたのだが、その時──再び、着信音が部屋に鳴り響いた。
思わずスマホを部屋の壁に投げつけてしまいそうになったが、俺は我に返ってスマホの画面を見る。
表示されていた相手の名は、碓氷真尋。俺と同じクラスの女子で、幼稚園の頃からの腐れ縁という幼馴染だ。
どうしよう、全然出たくない。だって絶対間違い電話だもん。俺は知っているんだぞ、真尋が三年の先輩のことが好きだっていう噂。絶対その先輩だと間違えて俺が告白される流れなんだってこれ!
……しかし、着信音はずっと鳴り響いている。
もしも、もしものことがあるかもしれない。もしかしたら真尋の身に何か緊急事態が起きて俺に助けを求めている可能性もある。俺はそう割り切って、ようやく真尋からの電話に出た。
「はい、佐藤です」
いつも真尋からの電話には「俺だけど?」って出てたけど、念の為今日は自ら名乗ることにした。
『あ、元輝?』
「そうだよ、俺は元輝だけど」
いつもの真尋の声が電話口から聞こえてくる。どうしよう、元輝って名前を確認したんじゃなくて元気かって調子を確認されていただけだったら。
俺がそんな不安を感じて体を震わせる中、真尋は電話の向こうで小さく笑いながら言う。
『その、本当は面と向かって話をしたかったんだけど、やっぱり直接顔を合わせると話せる気がしなくて……』
ヤバい。すんごいデジャヴを感じる。
『今日ってさ、元輝の誕生日でしょ? だから何かプレゼントしたかったんだけど、良いものが思い浮かばなくって……』
確かに俺は今日誕生日だけど、本当に真尋が相手を俺だと思って話しているのか確信を持てない。最早本当に俺が今日誕生日を迎えているのかも不安だし、だとすれば最悪過ぎる誕生日だ。
『だから、私の……気持ちを、聞いてほしくて』
この流れは、マズい、マズいぞ。
聞きたくない、とさえ思ったが俺は真尋を止めることも出来ず、電話の向こうから、彼女の赤裸々な思いが伝わってこようとしていた。
『──ずっと、ずっと前から、私は元輝のことが好きだった。だから、これからはただの幼馴染じゃなくて……私を、彼女にしてほしいの』
スマホを握る俺の手がガタガタと震えている。
俺は、真尋の赤裸々な告白を聞いてしまった。こんなに、こんなに、いやこれ以上に心躍る出来事はないはずなのに、俺は歯を食いしばって、そして口を開く。
「……あの、俺、佐藤だけど」
『ん?』
「いや、俺は佐藤だけど」
『……んん?』
俺がそう名乗ると真尋は不思議そうな反応を声にして、一時してから言う。
『え? 元輝じゃないの……?』
「いや、元輝だけど元気ではない」
『何を言ってるの? 元輝でしょ?』
「今はI'm fineって言える程の元気はないんだよ、俺には……」
『ど、どうしちゃったの?』
真尋はかなり困惑した様子で、そして今度は俺の家のインターホンが鳴った。電話を持ったまま玄関まで向かって扉を開くと、向かいに住んでいる真尋がわざわざ俺の家まで訪ねてきたようで、部屋着姿でスマホを片手に軒先に立っていた。
「わ、私、ちゃんと元輝に電話してたよね?」
「あぁ。ちゃんと元気だったと思うぞ」
「いやそういう意味の元気じゃなくて、君のことを言ってるの!」
「え? 俺?」
どうやら俺と真尋の話に食い違いがあるようだ。一旦状況を整理しようと俺は深呼吸をする。
「真尋、俺に間違い電話をかけてきたんじゃないのか?」
「いや、私はちゃんと元輝に、君に電話をかけて、君が電話に出たでしょ?」
「あ、間違い電話じゃなかったの?」
「逆になんでそう思ったの!?」
何か連続で三件も間違い電話を引き続けていたから俺は混乱して頭がおかしくなっていたようだ。
じゃあ、真尋の電話が間違い電話じゃなくて、ちゃんと俺相手にあの話をしていたということは……。
「……え? じゃあ真尋、俺に告白してたってこと?」
念の為真尋にそう確認すると、彼女もようやく状況を理解したのか、みるみる内に顔が赤リンゴみたいに真っ赤になっていき──。
「き、気づくのが遅いわよバーカ!」
どうやら俺は、最高の誕生日プレゼントを贈られていたらしい。
なお同じ日、他にも俺の周囲でめでたく三組のカップルが成立していましたとさ。
完。