第8話 愛芽、虎一郎を探す
―― 虎一郎の家 ――
「コイちゃーん、あたしー。いるー?」
愛芽は、虎一郎の家の扉の前で虎一郎を呼んだが返事は無かった。
「寝ちゃったのかな」
するとその時、愛芽の視界にボイスチャットの着信アイコンと「Yaguchi」の文字表示された。
「あ、矢口さんだ」
愛芽は着信ボタンを押してボイスチャットを開始した。
「矢口さん、何かありました?」
『あ、A4480がベヒーモスつれて歩いているってツイッタグラムに投稿されてるんだけど、バグじゃないよね?』
「えっ! コイちゃんが!?」
『このショートビデオなんだけど』
ポーン
愛芽は矢口からショートビデオを受信すると、急いで再生した。
5秒くらいのビデオには、ベヒーモスをつれて歩いている虎一郎と撮影した人たちの声が入っていた。
…ー あの人、牛みたいにベヒーモス引いてるんだけど! ー…
…ー ほんとだ! でもなんで引いてるんだろう。散歩? やば! ー…
ビデオを見終えた愛芽は矢口に言った。
「矢口さん、間違いないです。さっきクエストでベヒーモスと戦ったんです。コイちゃん勝ったんだ……」
『え、A4480ベヒーモスに勝ったの!? え、あ、そんなことより、このビデオの背景見て場所ってわかるかな』
「これ岩山ですよね……、なんとなく分かります……。たぶん」
『A4480には位置測位プログラムも組み込んでたんだけどエラーで測位できなくて……。今、手の空いてる社員に探してもらってるんだ』
「あ、そうなんですね。じゃあ、あたしも探しに行きますね」
『ごめんね、また私のミスなんだ……』
「いえいえ大丈夫ですよ。何かあったら連絡しますね」
『すまないね、よろしく頼むよ……』
愛芽はボイスチャットの終了ボタンを押すと、虎一郎にボイスチャットを繋いでみた。
「…………。やっぱ出ないか。ボイスチャット教えてないもんね……」
愛芽はボイスチャットと切断すると、転移魔法を使うために急いで山の下のパブリック・エリアへ走っていった。
―― 株式会社イグラア 秘書室 ――
コンコン
「はい」
「専務の鶴井田だ」
「はい、お入りください」
ガチャッ
鶴井田が秘書室に入ると、鶴井田の娘の麻衣歌と後輩の女子社員がスケジュール管理業務をしていた。
娘の麻衣歌はパソコンの手を止めると後輩の女子社員に優しく言った。
「ごめんなさい、専務と重要な話があるの。先にお昼に行ってもらっても良いかしら」
「はい、麻衣歌さん。もちろんです」
「ありがとう。あとでお礼するわね」
「いえいえ、そんな。ではお先にお昼に行ってきますね」
「うふふ。いってらっしゃい」
後輩の女子社員はノートパソコンを閉じると、席を立って秘書室から出ていった。
麻衣歌は後輩の女子社員が出ていくのを見届けると、父親に尋ねた。
「お父様。A4480様のお世話役の件、どうですの?」
「あ、ああ……、すまん。やはり庶務課の高橋くんに任せるそうなんだ」
「なんで? ぜんっぜん分からない! なんで私みたいな適任がいるのに庶務課にやらせるのかしら?」
「そ、そうだな。わたしもそう言ったんだが……」
「こんなチャンス、滅多にありませんのよ。本物の戦国武士と親密になれるチャンスなの!」
「ああ、わかっているよ麻衣歌……」
「もう! お父様、ぜんぜん頼りにならない!」
「ごめんよ麻衣歌。あ、ああ、そうだ! その代わり、いい情報があるんだ」
「情報?」
麻衣歌は驚いた顔で父親を見ると、父親からショート・ビデオが送られてきた。
「え、お父様、何?」
「ちょっと再生してみてくれ」
麻衣歌は送られたビデオを再生すると、一気に表情が明るくなった。
「あっ、A4480様! この佇まい、お顔立ち……。やっぱり素敵だわ……。早くお近づきになりたい……」
「あの……、麻衣歌。いまA4480が行方不明らしくて、手の空いている社員が探しに行っているみたいなんだ」
「行方不明ですって!?」
「麻衣歌、この動画の背景を見て、場所がどこか分かるかい?」
「どこって、ピンデチの岩山ですわ」
「もしかしたら、麻衣歌がA4480を見つけ出したら社長の評価も……」
ガタッ!
「それだわ、お父様! 天才!!」
麻衣歌は突然立ち上がると、父親の手を握った。
「お昼休みを取って、ちょっと行ってきますわ! お父様はお留守番を!」
「え、ええ!? 秘書課で私が!?」
「何かあったらボイスチャットお願いしますわね!」
「お、おい!」
バタン!
麻衣歌は秘書室を走り出ると急いで社内のゲーミングルームへ走っていった。
◆
その頃、虎一郎はピンデチに向かって荒野地帯を歩いていた。
「このあたりは暑いが、不快ではないな」
「モォオ」
「そうかそうか、お主もそう思うか、はっはっは。お主はかわいいのぉ」
虎一郎はベヒーモスの頭を撫でると、ベヒーモスは嬉しそうに頭を下げた。
「そうだ、お主に名を付けよう。お主はメスであったな……、では『お菊』はどうだ」
「モォオ」
「はっはっは、そうかそうか。ではお菊にしよう。これからは畑仕事を頼むぞ、お菊」
「モォォオオ」
お菊は嬉しそうに鳴くと、頭を虎一郎に擦り付けた。
「はっはっは、名前を気に入ったようだな」
虎一郎はお菊の頭を撫でると、再びピンデチに向かって歩きだした。
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
「それにしても、生き物が死なぬ時代が来るとは。しかも目の前に文字まで現れる」
ブン ブンブン
虎一郎はHPやMPのなどのインターフェイスを触ろうとしたが、やはり触ることが出来なかった。
「やはり触れぬか。しかし、これも将軍様の国の仕組みなのだろう。生かして頂いた以上、早く慣れて忠義を尽くさねばならぬな」
スゥゥッ……
ザザッ!
虎一郎は背後から刀を引き抜く音が聞こえると、瞬時に刀に手をかけて距離を取るように振り返った。
ブンッ
すると、黒装束の忍者が刀で虎一郎に襲いかかってきた。
「やー!」
「甘い!」
虎一郎は声をあげると、低い体勢から素早く居合斬りを放った。
「ぃやぁあ!!」
シュピン!
『クリティカル! +20%』
ズザァ
「く、くそっ!」
忍者は素早く立ち上がると、虎一郎に煙玉を投げつけた。
ボンッ!
「はっ! これで何も見えないだろう!」
「姑息な手段を。だが甘すぎる!」
ドガッ!
虎一郎は一歩踏み込むと、前蹴りで忍者を吹き飛ばした。
ズシャァ……
「な……、なぜ見えた……」
「煙に隠れても声を出しては場所が知れるであろう」
「あ、そっか……。はは」
シュゥゥゥウウウ
吹き飛ばされた忍者はHPが無くなって消滅すると、どこからともなく忍者が集まってきた。
シュタッ シュタタッ シュタッ シュタッ
そして、ひときわ筋肉質で大柄な忍者が前に出ると、虎一郎に言った。
「おれはコスギ。確かに君はストロングそうだが、ベヒーモスが待機状態だ。WHY? なぜだ」
「待機状態?」
「……ほう。もしかして仲間にしたモンスターの使い方を知らないのか……。これはチャンス……」
「何をブツブツ言っておる。お主の言っている事は良くわからぬが、敵だということは分かる。戦いたいのならば相手になるぞ」
コスギはそれを聞くとニヤリと笑った。