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眠れぬ屋敷

 オリバー様が出て行った瞬間、一斉に私にしがみついてきた子供達だったが、新しい生活が落ち着き、仕事上の問題がなければ昼間は教会で過ごすことを伝えると意外とあっさり納得してくれた。


「ちょっと早い気がするけど、オレたちもいつかは働きに出ないといけないし……」


「契約書を作ってくれるところは信用できるって、神父様も言ってたわ」


「良い人」


 孤児院で暮らす子供たちは、私が思っている以上に現実主義だったのである。話が突然すぎたこと、すぐに離れなくてはいけないと勘違いしていたことから焦ったが、雇用条件を聞いているうちに落ち着いたらしい。


「まぁ、給料もいいんなら、良いんじゃないか?」


 最年長のジャックくんは、頷きながら背中を押してくれた。孤児院の子供は、やはり、一般家庭の子供より冷遇されることが多い。給料の差がないだけで大当たり、私が今回提示された条件は、かなり良いものらしい。


「応援してる」


「がんばれ」


「ありがとう、落ち着いたら、昼間は教会で過ごせると思うから」


 そう言った私にクロエちゃんは、それよりもユイが活躍して私たちも雇ってもらえるようにしてね、と笑ったのだった。



「ユイ、迎えに来た」


 次の日、昼の鐘が鳴り終わってすぐ。馬の嘶きが聞こえ、聖堂から外へと出ると、複雑な紋章が描かれた馬車から降りてくるオリバー様と目が合った。


「あ、ありがとうございます、オリバー様」


 歪みのない立派な車体に、重厚な幌に描かれた黄金色の紋章。どうみても、一般人が利用できるような馬車ではない。馬車の存在感に気圧されながらも、近付いてくるオリバー様に微笑みかけた。


「荷物はそれだけか?」


「はい」


 自然な流れで私の手から鞄を取ったオリバー様は、行き場をなくした私の手を、荷物を持っていない手で取った。そして、迷いない動きで馬車の方へと誘導される。

 馬車に乗った経験などないので、オリバー様の手を借りて中の座席に座る。想像以上にふわふわで座り心地が良い。感動している間にオリバー様も馬車に乗り込み、扉が閉まる。


「ユイ、何かあったらいつでも相談してください」


 見送りに来てくれた神父様が、扉の窓越しにそう言ってくれた。いつでも帰ってきていいと、優しい言葉に、私は眉をㇵの時に下げた。


「ありがとうございます。お世話になりました」


 頭を下げ、そう述べると、ゆっくりと馬車が進み始める。ガラガラと木製の車輪が石畳を進み、窓の景色が横へと移動していく。私は、窓からその姿が見えなくなるまで、神父様と、教会をじっと見つめていた。



「此処が屋敷だ」


 馬車で走ること暫く。体感時間としては、10分ほどだろうか。私は新たな職場である、オリバー様の屋敷に到着していた。


「教会よりも、王城に近いのですね」


「そうだな。丁度、教会から城に向かう道沿いにある」


 この屋敷から、まっすぐ大通りを歩いて行けば教会に辿り着けるらしい。貴族たちの住む地域に比べると城から離れているらしいが、平民の中ではかなり裕福な者達が住む地域だという。

 そんな中でも、一際目を引く大きな屋敷に、私は思わず息をのんだ。


「早速だが、中を案内していいか?」


「勿論です。が……、他の使用人の方は……?」


 普通、新人への案内や教育と言うのは、屋敷の主自らではなく、纏め役の使用人が行うものではないだろうか。そう思い、オリバー様に尋ねてみるが、彼はああ、と小さく頷いてから、驚きの一言を放った。


「そんなものはいない」


「え?」


 誰も迎えに出てこないかと思ったら、そもそも使用人がいないとは。どう見ても、使用人なしで維持できるような大きさの屋敷ではないのに。


「今迄、碌に帰っていない屋敷だったからな。必要もないから雇っていない」


「生活は……?」


「最低限のことはできる、が」


 妙に歯切れが悪い。一応、私が未成年だったら通いの家政婦を雇うつもりだったんだ、と言い訳をしながら、玄関の扉を開ける。


「…………生活した形跡のない、お屋敷ですね」


「基本、宮廷の執務室に籠っていた。食事も仮眠もそこで済むからな。帰る時間が無駄だった」


 備え付けの家具しかなく、調度品の一つもない玄関ホール。灯りも碌に使われた形跡がない。綺麗に掃除はされているが、生活感は全くなかった。

 避暑のためだけの別荘でも、もう少し家具を置くだろう。一目見ただけで、オリバー様が屋敷を不要と思っていることがわかる。


「なら、どうして屋敷が……?」


「支給されたものだからな。必要ないと言ったんだが……」


 序列上位の魔術師が下級役人と同じ宿舎で暮らしていると、体裁が悪いらしい。それだけなら良かったものの、更にオリバー様にとって都合が悪いことが起こったのだという。


「何かあったのですか?」


「魔術宮に、人事宮から調査が入ってな。労働環境の改善を命じられた」


「そう、なのですね……」


 異世界にも労基があるのか。正式名称は違うだろうけど、公務員も大変である。


「一部の既婚者除く魔術師は宮廷に籠っていたが、その日を境に毎日日が暮れる時間には追い出され、翌朝も始業時間前まで施錠されていて入れない」


「強硬手段ですね」


「各々、宿舎や家に帰らざるをえなくなった」


 そうでもしないと、誰も帰らなかったのだろう。みんな仕事が好きなことは理解できたが、屋敷に戻れば寧ろ眠りやすくなると思うのだけど。

 仕事から離れたプライベートな空間を確保すれば、リラックスもできるはず。


「今の所、不眠の原因がわからないのですが……」


「取り敢えず、座ってくれ」


 最低限整えられた客間に通される。まずは聞き取り調査をして、不眠の原因を一つずつ潰していくしかないだろう。


「眠れなくなったのは、屋敷に帰るようになってすぐですか?」


「いや、暫く経ってからのはずだ」


 純粋に環境の変化で眠れなくなったわけではなさそうだ。魔術師は地方に派遣されることもあるので、枕が変わる程度で眠れなくなったことはないと言う。

 寧ろ、宮廷の仮眠よりも屋敷のベッドは心地良いと感動していたのだと言う。


「生活で変わったことはありますか?」


「まあ、忙しくはなったな……」


 今までは夜間に進めていた仕事を、日が出ている間に終わらせないといけなくなったのだ。実際に減った実働時間は2、3時間でも、夜の方が集中できるタイプも多く、効率は格段に下がっているという。


「特に、研究が進まなくてな。気が立っている者も多くて空気は最悪だ」


「研究ですか?」


 通常業務と研究は別なのだろうか。正直、魔法自体がなかったので、魔術師と言われても業務内容が全く想像できない。


「……魔術師は自己の扱う魔術を研究しているものが多い。そして、研究も序列を評価する際の項目であり、業務にも組み込まれている」


 とはいえ、基本的には災害時に派遣されたり、工事の手伝いをしたり、干上がった土地に水を撒いたりと魔法でしか解決できない困り事に対応しているらしい。

 当然、そういった案件は日中に持ち込まれる。それらを解決している間に業務時間が終わることも多いという。


「まさか」


 夜間に行っていた研究活動が、職場でできなくなったなら。魔術師たちはどうするか。


「仕事を持ち帰ったのですか?」


「いや、研究の素材を揃えただけで、資料とかは何も持ち出していない」


 何も持ち出していなくても、同じ環境で研究できるようにはしているらしい。


「思いついたらすぐ、実践をしたくなるからな。ある程度、屋敷に設備を整えたのだが」


 それから暫くして、徐々に眠れなくなったらしい。私は原因が思い当たり、ガタリと椅子から立ち上がる。

 そのまま、廊下の一番奥、この屋敷の主寝室と思われる扉に手を掛ければ、オリバー様は慌てた様子で声を上げる。


「待て、最低限の片付けはしたが……」


 がちゃり、と扉を開けば、部屋の中から不思議な香り。床には素材が散乱し、奥のベッドも本が載っている。ベッドサイドにはワインボトルとペンと紙。

 片付けたにしては、余りに酷い状態である。


「…………これは、何の部屋ですか?」


「……寝室だ」


「これでは、眠れないのも当然です」


 眠るための環境ではない。不眠症を解決するには、部屋の片付けが必要だ。


「夜までに片付けますからね」


「…………わかった」


 ひとまず、研究道具は全て移動だ。私は大きく深呼吸して、ベッドの本に手を伸ばした。


次回は来週末に更新予定です。

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