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魔術師の誘い

 数時間後。私は、目が覚めた男性に両手を握られ、大変困惑していた。


「……私の屋敷に来てくれないか?」


 目が覚めるなり、勢いよく手を掴まれたくらいなので、体調は大丈夫そうだ。顔色も随分と良くなっている。

 謝罪するつもりだったのだが、それどころではない。どうして急に屋敷に招かれているのか。この世界の常識がわからないので、一先ず神父様を呼ぼうと手をやんわりと引き剥がす。


「えっと、神父様を呼んできますね」


 男性がベッドから降りる前に急いでドアノブに手をかける。すると、私が開くより先に、扉がひとりでに開いていく。


「…………おや、丁度良かった。目が覚めたのですね」


「神父様」


 丁度良く神父様が様子を見に来てくれたようである。ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。男性は、現れた神父様に向かって、とんでもない提案をした。


「神父殿、彼女は現在、この教会で暮らしているのだろうか」


「はい」


「では、私の屋敷に引き取らせてもらえないだろうか」


「えっ」


 来て欲しい、というのは招待ではなく暮らすという意味だったのか。突然すぎる話である。

 正直、初対面の男性が私を引き取ろうとする理由なんて、一つしか思いつかない。


「彼女は加護持ちだろう。しかも、睡眠関係だ。でなければ、先程のように眠ることなどあり得ない」


 やっぱり。女神の加護を持つ人間は周囲に幸運をもたらす。それが目的なのだろうか。

 少し不安になりながら神父様を見つめると、安心してください、と優しく微笑まれた。


「本人の同意なしに教会が加護やスキルについてお話しすることはありませんよ。ご存知でしょう」


 女神の加護の有無を確認できるのは教会だけ。その教会は、本人の意思を蔑ろにして他者に情報を公開することはない。

 疲れが溜まっていたのかもしれませんよ、と微笑む神父様の背中は、とても頼もしく映った。

 それでも男性は引き下がらない。神父様に対して、孤児院の規則を持ち出した。


「だが、孤児の引き取りに関しては教会の責任者が認めた場合、成立するだろう。そして、孤児の引き取りを考えている相手に対し、責任者は情報開示をする義務がある」


 どうして私ではなく神父様に言うのか疑問に思っていたが、そう言う理由だったらしい。


「それは、孤児が成人していない場合ですよ」


「は?」


 神父様が笑顔で告げると、男性は間の抜けた声をあげて私の方を見た。信じられない、と癖のある前髪越しに見つめられているのを感じる。


「ユイは成人しています。そうですよね?」


「はい。……神父様、気付いていたのですか?」


 神父様や子供達の反応から、実年齢よりかなり幼く見えていることは自覚していた。むしろ、神父様がいつ成人だと気付いたのかが不思議だった。


「見た目はジャックと同年代に見えますが、話し方や考え方がしっかりしていますからね」


 見つけた瞬間は子供だと思っていたが、話をして、教会で暮らすことが決まる頃には年齢には気付いていたらしい。

 最初は修道女と同じ1人部屋になる予定だったが、子供たちと一緒の方が馴染むのも早いと判断して孤児院の部屋にしたのだと言う。


「それと、ユイは孤児ではなく、親族なしの成人として登録してあるので引き取りは不可能ですよ」


 私が女神の加護持ちだと考えて、無理矢理引き取ろうとする人が現れる可能性を考慮して登録してくれていたらしい。

 成人でも、孤児院出身だと特例で養子にすることが可能だったりする。そのような事態を避けるべく、平民として登録したのだと言う。


 さすがは神父様、と感動していると、男性が深々とため息を吐いた。


「どう見ても15くらいだろう……」


「20代です……」


 信じられん、と濃い緑の髪を搔く男性。どう見ても18歳には見えないと言う。この世界の成人は18歳らしい。

 というか、引き取れないことではなく、年齢について驚いているということは、思っていたほど悪い人ではないのだろうか。


「まずは、ユイにきちんと話をするべきではないでしょうか」


 頭を抱えている男性に、神父様は笑顔を崩さないまま提案した。


「……そう、だな」


 その言葉に納得した男性は咳払いを一つして、私の方に向き直った。立ち上がると思ったより背が高い。かなりの猫背だったらしい。

 背筋を真っ直ぐ伸ばし、手を胸に当て、丁寧に頭を下げられた。


「女性に対し、失礼な真似をした」


「いえ。気にしていません。此方こそ、聖堂では失礼しました」


 突然眠らせてしまったことを詫びると、男性は寧ろ助かったから気にするな、と笑った。

 その表情は、先程までの態度からは考えられないほど柔らかかった。


「そう言えば名乗っていなかったな」


「そうですね」


「名乗りもせず屋敷の話を出して申し訳ない。久々に眠れたものだから、混乱していた」


 ずっと不眠に悩んでいた時に、眠れる手段ができたら縋りたくなる気持ちは理解できる。きちんと謝罪をしてくれたこの人は、悪い人ではないのだろう。


「オリバー・ローレル。宮廷魔術師、序列2位だ」


「ユイ・アダチです」


 序列2位、というのはよくわからないが、多分2番目に強いか地位が高いと言うことだろう。宮廷に勤めているようだし、かなり偉い人なのではないか。

 内心、背筋を伸ばしながら、お辞儀をすると、ローレル様は私を真っ直ぐ見たまま本題を切り出した。


「引き取りたい理由だが、最近、全くと言っていいほど眠れなくてだな」


「先程、私のスキルで眠れたのですね?」


「ああ。触れた途端、眠気に襲われた。あれはスキルの力だろう?」


 問いかけの形をしているが、殆ど確信している口調だ。そう言えば、スキルは魔術と違って魔力消費がない、と神父様が言っていたので、魔術師は加護やスキルにも詳しいのかもしれない。私は、小さく頷いた。


「はい。安眠の加護というスキルです」


「成程。発動条件は触れることか?」


「ええ。私に触れている相手にも安眠を付与する、という効果です」


 僅か、とは記載されているが、子供たちがピッタリくっついてきて眠っていることを考えると、相当な効果があるのだろう。


「他にスキルは?」


「睡眠状態と時間を確認できるスキル、後は入眠を助けるスキルがあります」


「だからあんなにも眠れたのか……」


 納得しているが、子守唄は歌っていない。苦笑しつつも入眠補助は無かったことを伝えると、信じられない、と再び私を見たまま固まった。


「よく眠れましたか?」


 ローレル様は、ああ、と素直に頷いた。


「ここ数年で一番調子が良い」


「それは良かったです」


 即答だった。確かに、聖堂にいたときのような気怠げな雰囲気というか、人を寄せ付けない空気が薄くなっている。単純に、寝不足で体調と機嫌が優れなかったのだろう。


「今なら、溜まっていた仕事も1日で終わりそうな気がする」


 脳は眠っている間に情報を整理するというので、久々の睡眠で頭がスッキリしているのだろう。それなりの立場にいれば仕事も忙しいだろうから、効率は大切だ。


「改めて提案なんだが、私の屋敷で働く気はないか?」


 そのスキルが、私には必要なんだ。長い前髪越しに、金色の瞳が私を射抜く。真剣な声音に、静止されているわけでもないのに、全くと言っていいほど体が動かない。


「ええと」


 頭を、動かす。戸籍は、一応神父様に作ってもらったので問題はない。仕事をすること自体も、問題はない。いつまでも教会のお世話になるわけにはいかないので、働きに出ること自体は望むところである。

 だか、しかし。


「私、本当に、スキル意外に取り柄がありませんけれど……」


 一人暮らしの社会人だったので家事は最低限できるが、屋敷で働くなんてことはできるだろうか。


「頼むのは君にしかできない仕事だけだ。スキルの使用以外は求めない」


 スキルを使うだけで、使用人としての仕事はないのなら、業務内容は問題ない。給料にもよるが、あまり甘える訳にもいかないので少しずつ他の仕事も覚えていきたいと思う。

 後は、生活面の問題だが、最近はミアちゃんとノアくんも随分と落ち着いてきて、日中も夜も泣き出すことは殆どない。なので、私がいなくても平気だが、教会から遠いと通うのが大変になってしまう。


「あの、住むところは……」


 暫くは、ミアちゃんとノアくん、そしてクロエちゃんが心配なので、通いという形にしたい。お金が貯まって、子供達も大丈夫なら部屋を借りればいいかな、とこれからの予定を考える。


「住み込みで働けば良い。というか、その方が都合がいい」


「遠い場所ですか?」


「いや、だが、仕事を終えれば時間が遅くなるだろう」


 確かに、眠れるようにスキルを使うなら、仕事が終わるのは夜になる。そこから教会まで戻ってくるのは危険だろう。住み込みという提案は最もだった。


「それは……」


「心配ありませんよ、ユイ」


「神父様……」


 多少の危険を覚悟して通いで働くか、それとも断るか。迷っていると、今迄口を閉ざしていた神父様が、落ち着いた声で言った。


「ミアとノアも、クロエも最近は落ち着いています。貴女のことだけを考えて決めなさい」


 子供達の心配はせず、自身の将来のことだけを考えなさい。諭すような口調で言われ、ゆっくりと神父様の方を見る。


「屋敷は遠い場所ではない。日中は教会で過ごしていてもいい」


 突然提案した私が言うと信じられないかもしれないが、とローレル様が苦笑する。なんなら、返事は今日でなくとも良いとまで言ってくれた。


 一度、大きく深呼吸。冷静に考えて、ローレル様が提示した条件はそうそうないだろう。スキルが目的といえど、他に私が生きていく術がないことは理解している。そして、他の女神の加護による幸運を目当ての人が此処まで私を尊重してくれる保証はない。


「……わかりました。これから、よろしくお願いします、ローレル様」


 スカートの裾をつまみ、最大限丁寧なお辞儀をする。頭を下げたまま答えを待っていると、そこまで畏まらないでくれ、と頭を上げるように言われた。


「呼び方も、オリバーでいい」


「いえ、雇い主ですので。せめて、オリバー様と」


「わかった。よろしく頼む、ユイ」


「はい」


 オリバー様は、その場で正式な雇用契約書も作ってくれた。必要事項や書式は全て覚えているらしい。神父様にも内容を確認をしてもらい、お互いにサインをして正式に契約が結ばれた。


「いつから屋敷に来る?」


「荷物は殆どありませんので、引っ越し自体はすぐにでも可能ですが……」


 その瞬間、扉がゴン、と音を立てた。誰かが頭をぶつけたのだろう。痛かったのか、鼻をすする音が響き、神父様が仕方のない子たちですね、と苦笑した。


「子供達に説明が必要でしょう」


「そのようだな。明日の昼過ぎに迎えに来る」


「わかりました」


 オリバー様はそれだけ言って、すぐに帰って行った。オリバー様の姿が見えなくなるのと入れ違いに、子供たちが勢いよく部屋になだれ込んできた。


「ユイ……」


 今にも泣き出しそうな顔をした子供達を見て、慕われているようで嬉しい気持ちが半分、どうやって説明しようかと困惑半分で私は笑った。

次回は来週末に更新予定です。

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