安眠の聖女
本日は2話同時投稿です。
王国からの参加者が到着した翌日。魔力封印の儀式が、正式に行われることとなった。
私は、魔王様に用意してもらった落ち着いたグレーのドレスで式典に参加することになっている。
聖女の象徴である白と、魔族の色である黒を混ぜた色で、ニュイ様を抱き上げやすいよう動きやすくデザインされたオーダーメイド品だ。
見た目は派手で無いので安心したが、袖に手を通した瞬間、肌触りがとても良くて怖くなった。
が、今日はこのドレスに恥じない自分でいなくてはいけない。深く息を吸い、背筋を伸ばす。
「ユイ殿、頼む」
魔王様の言葉に、小さく頷き、腕の中にいたニュイ様を預かった。ニュイ様は眠ったまま、起きる気配はない。
「こんなに人が多いと、ニュイ様も驚きそうですからね」
気持ちよく眠ったまま、起こさないように儀式を終わらせるのが一番だろう。
「『ねんねんころりよ、おころりよ』」
囁くように歌いながら、一段高い石床に描かれた模様の中心へ向かう。向けられる視線には、あえて気付かないふりをした。
「此方に」
儀式を執り仕切るのは、オリバー様だ。流石に、魔力を封印する瞬間は触れられないので、少しでも慣れている相手の方がいいだろうとの判断だ。
ニュイ様は私が離れたことで、少しだけ眉間に皺を寄せるも、起きることはない。
オリバー様が片手を挙げて、合図する。
「では、いきますね」
アッシュ様が床の模様に、魔王様が模様の端に置かれていた水晶に触れると、ニュイ様の体から模様を伝い、水晶へと黄緑色の光が流れ込んでいった。
「…………成功だ」
呆気ないが、これで魔力の封印は終わりらしい。魔王が黄緑に染まった水晶を回収すると、ノクスが指示を出し、レイヴにニュイ様を抱かせた。
「さて、無事に我が子の魔力封印も済み、世界の危機は去ったところで、和平条約の締結といこうではないか」
魔王様の言葉に、国王陛下が鷹揚に頷き、壇上に登ってくる。事前に書類は準備していたらしく、二人は皆の前で調印するだけだ。
明るい顔が並ぶ中、財務卿と護衛の騎士だけは微妙な顔をしているが、反対できる雰囲気ではない。
軍需産業は儲かるし、騎士は武勲を建てねば出世は難しい。平和に反対する人は、常に一定数いるものなのかもしれない。
だが、多くの人は平和を望んでいるのが事実だ。調印は無事に終わり、次いでウィスタリア姫とノクス王子の婚約も決定した。
そして。二人の王の視線が、私に向いた。
「ユイ・アダチ嬢。前へ」
目線で示された場所まで前に出て、頭を下げて膝をつく。そっと、頭に軽い布が触れる感触がして、顔を上げるよう告げられた。
「魔界の、そして王国の危機を救った其方を、『安眠の聖女』として認定する。戦いの力を持たないからこその、その活躍は両国の歴史に刻まれるだろう」
「安らかな眠りにより、平和をもたらした貴殿に、最大の感謝を」
国王陛下の口上ののち、魔王様は三日月の飾りのついた銀とも金ともいえる杖を、国王陛下は金銀の刺繍がされた紺色のローブを、私の前に差し出した。
「謹んで、お受けします」
ローブを羽織り、杖を真っ直ぐ持ち、背を伸ばす。二人の王に促され、参加者の方に向き直れば。わぁっと歓声が上がって、少々気恥ずかしい気持ちになった。
歓声に驚いたニュイ様が泣き出したが、天気が崩れることはない。儀式は、成功したのだ。
そのことに気付いた参加者から、一際大きな歓声が上がり。全ての予定が終了したのだった。
◇
「ユイ、良かったのか?」
予定していた儀式と任命も終わり、国王陛下と魔王様との簡単な話し合いも済み、魔王城の客室に戻ろうとした帰り。
並んで歩いていたオリバー様が、顔はこちらに向けないまま、上げていた前髪を手で崩しながら問いかけてきた。
その声は、普段と比べて低いが、私はあえて明るく返した。
「はい。いいんです」
オリバー様が気にしているのは、さっき、私が国王陛下と魔王様からの提案を断ったことだろう。
二人からの話というのは、聖女としての衣食住の保証と、元の世界へ帰る方法を調査・研究するという内容だったのだ。
私が異世界から来ていることは、神父様が最初に気付いていたし、オリバー様も薄々察していたので、情報を持っているであろう二人が知っていたことに驚きはなかった。
二人は、今迄の別世界出身と思われる加護持ちが姿を消した記録がないこと。だからこそ、聖女として認定された私への褒美として調査研究を国主体で行うことを提案したのだ。
だが、私は、その提案を断った。
「元の世界での私が、どうなっているかもわかりませんから」
「……そうか」
階段から落ちたのだ。元の世界の私は死んでしまっているかもしれないし、身体ごと此方に来たなら行方不明になっているかもしれない。
この世界で過ごした時間と同じだけ経っているかもしれないし、実は時が止まってるかもしれないし、もっと時間が経っているかもしれない。
家族は私を心配しているかもしれないし、既に私の不在を乗り越えたかもしれない。もしかすると、ここの私とは違う、別の私が、階段から落ちた後も普通に暮らしているかもしれない。
そう考えると、戻ったところで生活は難しいだろう。ならば、生活が保証されている此方に残るべき。頭の冷静な部分が、そう主張したのだ。
「オリバー様。一つだけ、聞きたいことがあります」
それに。私は少しだけ期待を込めて、オリバー様を見た。ぱちり。前髪の隙間から覗く、金の瞳とかちあった。
「……どうした?」
国王陛下と魔王様は、衣食住の保証を説明する際、望めば王宮内の部屋でも、王都の屋敷でも、地方の一軒家でも用意してくれるといった。
生活に必要なものだって、望むなら使用人も護衛も付けよう、と大盤振る舞いだ。だから、私は何処でも行けるし、一箇所で生活しなくてもいい。
でも。
「私を、まだ、屋敷においてくれますか?」
オリバー様が、頷いてくれるなら。今の生活を続けたいと、いや、オリバー様と暮らしたいと、思ったのだ。
正々堂々、ストレートな言葉とは言えないが。私なりの意思表明に、オリバー様は目を丸くして。
「…………ああ。勿論、好きなだけいるといい」
どう捉えていいか、微妙な答えを返したのだった。私の言い方も悪かったが、これは伝わっていないやつだろうか。
「えっと」
どうしよう。もっと、はっきり言うべきだろうか。下を向いて悩んでいると、オリバー様の話は終わっていなかったようで、続く言葉が耳に入ってきた。
「ユイが別の場所で暮らしたいなら、王宮を離れるのも悪くない」
それは、つまり。私が勢いよく顔を上げると、オリバー様は眉間に皺を寄せたまま、耳を赤くしていた。




