魔界の救世主
私は、初日に挨拶してからというものの。ニュイ改め、ニュイ様の正式なお世話係に任命された。
この任命は正式なもので、給料も支給されている。雇用主は魔王様になるので、心の中の言葉遣いも修正した。
世界の危機を救うため、全力で使命に望む。言葉では、そう表現するのが正しいのだが。実際に私がしているのは、ただの子供の見守りである。
なのに、他の魔族からは、魔界の救世主とか、聖女とか言われてるので少々気恥ずかしい。
「ニュイ様、はい、おててたーっち」
起きていて、機嫌がいい時間は運動も兼ねて簡単な触れ合いをする。
ニュイ様はまだ喃語しか話さないが、こちらの言っている事はしっかりと理解しているので呼びかけたら振り向くし、今のように言いながら手を差し出せば。
「うっ!!」
ぺち、と私の手のひらに、小さな手が押しつけられる。そのまま何度か、ぺちぺちと繰り返し押しつけられるので、そっと握り返す。
私に触れると、相手にも『安眠の加護』が発動するからか、ニュイ様は私に触るのが好きだ。
「お上手です」
言いながら、両手を包んで軽い力で握り込めば。
「あー!!」
上機嫌に足をばたつかせ、繰り返し繰り返し、手を押し付つける動作をする。
当然、機嫌が悪いタイミングもある。泣き出すと同時にゴロゴロと雷の音が聞こえ始めるので、席を外していて、大声で探された時もあった。
「うぁぁぁぁあああん!!」
「ニュイ様、どうしました?」
どれだけ機嫌が悪い時でも、ニュイ様は本能的に『安眠の加護』を必要としているらしい。私に攻撃が飛んでくる事は無かった。
「うぇぇええん!!」
「おなかすきました? ねむいですか?」
「ふっ……、うぇ……」
眠いだけの時は、私が抱き上げた時点で解決する。だが、そうでない時は何がしたいのか、候補を挙げるほうが大変だ。
「魔王様のところに行きますか?」
「うぅ……」
正解だったようだ。血縁とは魔力が近いため、一緒にいると落ち着くらしい。だから魔王様は一人でもギリギリ世話ができていたのだろう。
魔力制御のためにも、魔王様も極力、ニュイ様との時間を作っているのだが。
悪天候で壊れた城の修繕指示や、各地の被害情報確認など仕事は多く、中々時間が取れないのが現状だ。
「子守唄も歌いましょうね」
「ん……」
だが、もう少しの辛抱である。眠ってしまったニュイ様を、魔王様に預けながら微笑んだ。
「……ユイ殿の力は凄まじいな」
「戦闘能力は全くないですけどね」
「ですが、お陰で予定も前倒しできそうです」
「魔界の天候も安定している分、後続部隊の到着も早かったからな」
ここ数日間、ニュイ様の健康状態・睡眠状態が改善したため、魔界の天候は日に何度か雷が落ちるだけで、常に大荒れから脱却した。
睡眠時間予測で安全な時間を割り出し、オリバー様の封蝋風シールで迅速な伝達を行ったため、残りの宮廷魔術師の到着も早かった。
「魔王様も、ぐっすり眠れるようになったみたいで良かったです」
「ああ、最初の頃は、ニュイの泣き声が耳から離れなかったがな……」
魔王様も心身共に復活し、毎日、有力魔族と魔術師達と一緒に魔力封印の儀式の準備をしている。
既に、封印の魔術自体は完成しており、後は封印を解く方法や安全性の確認をするだけだという。
「封印の儀式の際には、ユイ殿にも協力してもらうことになるが、良いだろうか」
「勿論です」
今は問題なく寝ているとはいえ、ニュイ様の魔力が乱れると危険だ。しっかり眠れるように、万全の状態でサポートすべきだろう。
「では、後程、仕立て屋を呼んでおこう」
魔王様の言葉に、私は首を捻った。ニュイ様を眠らせるだけなら、今借りているような服で十分なのでは。
「後は、殿下たちのご到着を待つだけですね」
「そうだな。ウィスタリア姫なら、ユイのドレスも準備していそうだが」
「待ってください。何故私がドレスを着ることに?」
ニュイ様の世話をするなら、侍女服というか、乳母のような格好をするほうが正しいのではないか。
指摘した私に、オリバー様は聞いていなかったのか、と驚いたような声を出した。
「ユイは、今回の功績を讃えて『安眠の聖女』として王国と魔族、双方から認定される予定だ」
「えっ?」
主役が地味では周りも困るだろう、と言われても、何も聞いていないし状況が理解できない。
「聖女認定式ですからね。出席時は勿論、ドレスでの参加になります。既製品ではなく、オーダーメイドのもので。此方は魔王陛下が用意されるとのことですよね?」
「うむ。後は、杖も此方で用意する」
「国王陛下からは、聖女の証であるローブとベールが贈られる予定だ」
そこまで、話を聞いて。全く馴染みのない単語の羅列に、私の脳は、とうとう理解することをやめたのだった。
次回は来週末に更新予定です。




