人の子、魔王の子
レイヴは音の発生源、重たい黒色の扉をノックもせずに掴んだ。ぎぃ、と音を立て隙間ができると、泣き声が一際大きく聞こえる。
だが、慣れているのだろう。レイヴは気にせず、中に向かって声を張る。
「魔王さま、おきゃく、つれてきた」
「…………レイヴか? すまんが、今は」
「ノクスがいってた、おうこくのひとだ」
ぶわり、と扉の向こうから強い風が吹き、扉を完全に開いた。部屋の中、黄緑に光る窓辺に立っていた、黒い、長髪の人物がこちらを振り返る。
「何? もう派遣されたの……」
「うぁあああん!!」
「あぁ〜〜、急に大きい声出してごめんなぁ、ニュイ。お願いだから泣くな……」
黒く長い髪。真っ赤な瞳。尖った耳。長いマントも相まって、見るからに『魔王』らしい魔王なのだが。
困ったように眉を下げ、腕の中の赤子をあやしている、その姿は。人間と同じように見えた。
「……はいっていいって」
「言ったか?」
「まあ、状況的に入った方が話は進みそうだから……」
入室許可をはっきりと貰ったわけではないが、多分、断られないだろう。
部屋に入ると、窓際のベビーベッドを中心に、天井や壁、床や家具に傷があるのがわかった。振り返ると、扉にも傷が入っている。
中々大変そうだ。深呼吸を一つして、そっと魔王に話しかける。
「あの、大丈夫、じゃ、ないでしょうから……」
何か、お手伝いできることがあれば。そう声を掛けたつもりが、いまいち聞こえていなかったらしい。
「ああ……、お客人の前なのにすまない……。ニュイ、ちょっとベッドに」
「やぁああああ!!」
「そっか……。いやかぁ……」
魔王は私たちの相手をしようと、ニュイをベビーベッドに戻そうとしたが。嫌がったニュイは泣き叫び、一際大きな雷が落ちる。
「でも、部屋に魔術を撃たなかったのは偉いぞ……」
かなり機嫌が悪そうに思えたが、これはマシな方らしい。本気で機嫌が悪いと、少し動いただけで魔術というか、魔力の塊が飛んでくるのだという。
この部屋がボロボロなのは、そういう理由らしい。
「想像以上の暴れようだな」
「人間の子供より荒れてるね。魔族はそういう傾向があるのかな?」
この状況には、流石のオリバー様とアッシュ様も驚いたらしい。
ノクスや魔王があまりに人間らしいから同じと思ってしまいそうだが、魔族特有の傾向があるかもしれない。
そう思って確認をするが、魔王はノクスの時は問題なかった、と首を横に振る。
「恐らく、ニュイは自身の魔力コントロールすら不安定なのに、魔界全体と繋がっているから更に不安的になっているのだろう」
そもそも、ニュイが不安定だから魔界が不安定になっているのではなかったのか。よくわからず、オリバー様たちを見ると。
「あぁ」
「魔力が乱れると、気持ち悪いですからね……」
二人は今の説明で納得したようで、小さく頷いていた。魔力が乱れている、ということしかわからない。
「えっと?」
「ユイにもわかるように言えば、血液の流れが変になっている感覚だ。胃の不快感、頭痛、
耳鳴り、腹痛。魔術師でも辛い」
自律神経の乱れみたいな感じらしい。魔力の乱れによる体調不良は、魔力が多いほど酷くなる傾向があるという。
魔王の魔力量では考えたくないな、とオリバー様は眉を顰めた。
「僕たちは安定剤飲んで寝れば治りますけど、多分、ニュイちゃんは無理だから……」
オリバー様やアッシュ様は、魔力制御の訓練を受けている為、自然と体が魔力を整えることができる。
だが、ニュイには不可能だ。ただでさえ、魔力制御ができる歳ではないのに、魔力が多すぎる上、魔界全体と繋がっているので手が付けられないらしい。
「各地の異常気象を、別の魔術で無理やり治めれば多少マシになるだろう」
オリバー様の言葉に、魔王は深く頷いた。我が子の為に、魔界の為に、既に打てる手は全て打っているようだ。
「既に数名、派遣している。……そのせいで、子守りができる人材も減った訳だが」
仕方がない、と乾いた笑いをする魔王。完全に、育児疲れの状態になっている。
私たちと話をしながら、体を左右に揺らし続けているのは、その方がニュイの機嫌がいいからだろう。
赤子は何故か、親が立って抱っこしているのか、座って抱っこしているのか察知する能力がある。
だが、赤子は結構重いし、長時間経つと腕が辛くなる。恐らく、レイヴが迎えに来てくれた時間はマシな天気だったので、ずっとニュイを抱いていたのだろう。
「良ければ、抱っこするの変わりますよ」
「ありがたいが、ニュイは人によって反応が違って……」
そこで、魔王は、はたと動きを止め、私を見た。
「もしかすると、其方が『安眠の加護』の持ち主か?」
縋るような言葉に、私は小さく頷いた。
次回は来週末に更新予定です。
本作品は9月27日12時10分更新分にて完結予定です。
新連載を9月5日より開始していますので、よろしければそちらも読んでいただけると嬉しいです。
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