先発隊
夜会会場で、魔界行きを宣言した直後。私たちは、どこからか現れた騎士に連れられ、会場外に用意された馬車に乗っていた。
「と、言うことで」
馬車の戸を開けると、何故か既にアッシュ様が座っており。オリバー様がアッシュ様の隣に。私が空いている側の座席に座ると、馬車はすぐさま動き始めた。
どういうことですか、と尋ねるより早く。アッシュ様がにこりと微笑み、答えてくれた。
「僕たちは先発隊として、一足先に出発することになりました」
「わぁ……」
「先発隊、か。ものはいいようだな」
迅速すぎる行動である。このまま、屋敷に戻って必要な荷物だけを取って、すぐに国境に向かうそうだ。
ちなみに、序列上位の宮廷魔術師に与えられている屋敷は、基本的には順位と同じ並びになっている。そのため、アッシュ様の屋敷はオリバー様の邸の隣らしい。
距離的にも近いので、纏めて準備をして行かせるにはちょうど良いのだろうが。いかんせん、早すぎるのではなかろうか。
「それに、三人だけって……」
人数が少ない方が行動しやすいが、少なすぎるのでは。
話を聞く限り、魔界の状況というか、天候はかなり酷いはずだ。もう少し対策を取ったりしなくて良いのだろうか。
「一応、序列二位と三位が護衛についているから心配はない、という判断みたいだね」
序列一位、魔術宮の長である魔術卿は軽々しく動けない。そう考えると、派遣される魔術師の中では強い二人だ。
戦力として申し分なく、非戦闘員である私一人が追加されても守り切れるとの判断なのだろう。
だが、オリバー様は眉間に皺を寄せ、アッシュ様を問いただす。
「四から十位も、非常事態には動けるようにしているはずだろう」
有事の際に国中に派遣されること、緊急時は魔術師として国の為に働くこと。これらは、宮廷魔術師になる際の条件らしい。
日本の公務員で言うところの、災害時の参集義務に近いものだろう。そう考えると、国から屋敷を与えるのは、所在地を把握し、緊急時に連絡を取りやすくするためかもしれない。
「急いで準備はしてくれているよ。動ける者から次々出立予定とは聞いたけど……」
アッシュ様とオリバー様以外は、すぐには出立できないようだ。既婚者もいると聞いているし、王宮との連絡役も必要になる。
私と面識があり、護衛をするに十分な実力もある上位二人とは違い、誰が何をするのか、まだ決まっていないのかもしれない。
と、思ったのだが。オリバー様が不機嫌そうなのは、別の原因があったらしい。
「どうせ、魔王の息子が滞在している間は、王宮の守りとして残すべきだとか言った馬鹿がいるんだろう」
なるほど。会場に残っていた貴族というか、非常事態だからこそ、自分たちの安全だけは確保したいような相手に苛立っていたようだ。
幾ら、魔王の息子が友好的で、話していた内容が事実だとしても。魔王と争った記憶が身近なものほど、疑う気持ちは消えないだろう。
「オリバー、言い過ぎです」
「事実だろう。自分の安全のために、戦闘力のないユイを魔界に派遣せよと軽々しく言う奴らだ」
先程の財務卿。それから、騎士団の一部の奴らだったか。と、名前を羅列していくオリバー様。あの状況で、発言者の顔と名前をきっちり覚えていたらしい。
呪いの言葉のように、名前を列挙していくオリバー様を止めたのはアッシュ様だ。
「だからこそ、護衛は僕たち二人の方が都合が良いんですよ、オリバー」
私や、魔術宮に好意的でない、反対勢力がいるからこそ。その息が掛かったものが同行するより、三人の方が動きやすい、と。
もし、私が魔力濃度に耐えられなかった時に、迅速に引き返す判断ができる。アッシュ様はそう言って笑った。
「……そうだな」
そう言ったところで、ちょうど馬車が止まり。私たちは足早に、荷物を取りに屋敷までの階段を駆け上がった。
魔術である程度服や水や食料問題は解決できるということで。私たちは必要最小限の荷物を手早くまとめ、二十分足らずで馬車に戻った。
「此処からは、暫く止まりませんので。中で眠っていただいて構いません」
御者にそう伝えられると、三人が三人、夜会で疲れていたこともあり。馬車の適度な揺れで、あっという間に眠りに落ちてしまったのだった。
ちなみに、地方との伝達は、以前オリバー様が作っていた封蝋風シールを使っていたらしい。
所々で街により、御者と馬車を交代し、魔術師による強化や移動短縮に使える魔術も重ね掛けして。
私たちが目を覚ます頃には、既に人の避難が終わった、国境付近の村に到着していたようだ。ゴロゴロと、外から雷の音が聞こえる。
「は、早い……」
「最速の手段を使ったからな」
「早過ぎて、ユイさんの体調が悪くならないか心配でしたけど……」
大丈夫そうですね、とアッシュ様に確認されたので、小さく頷く。
「……意外と、大丈夫ですね」
「本当に体調不良はないか?」
改めて、体調を確認するが、特に痛いところも、息苦しさもない。
これだけ天気が悪ければ、健康な人でも気が塞いで体調を崩しそうだが。しっかり眠れたからか、驚くほど元気だった。
「はい。大丈夫です」
「では、このまま魔界に入っていきましょうか」
次回は来週末に更新予定です。




