確認
筆頭魔術師と、私の目があった瞬間。オリバー様は体を硬直させた。その態度と、真っ直ぐ私を射抜く姿勢が、この要求が断れないことを示していた。
本当に、安眠の加護で眠らせることができるのか。眠っていれば封印の魔術が成功するのか。そんなことは関係がない。
私が行けば、取り敢えず状況が好転しそうである、という認識が広がった、という事実だけが重要なのだ。
「そうか、『安眠』の加護ならば……」
「魔王の娘も、眠ることができる……?」
絶望的な状況から一変。話し合いの末に出てきた方針に、誰もが希望を見出すだろう。
「やはり、女神様は国の危機に加護持ちを遣わしてくださる……!!」
「早急に派遣すべきだ」
「そうだ。魔力濃度の上昇速度がわからない以上、すぐにでも……」
自分や家族も死ぬ恐れがある、魔力事故を防げるかもしれないと。
ならば、その手段を実行しない理由がないと、盛り上がり始めていて。いや、既に、彼らの中では、実行は決定事項となっているのだ。
「魔術師は誰を……」
「序列一桁が向かえばよかろう」
「足りなければ補充すれば良い」
ちらり、と隣に視線を向ければ。前髪を上げているお陰で、オリバー様が盛大に眉を顰めている様がよく見えた。
誰がどう見ても、物凄く不機嫌である。
「オリバー様……」
流石に、国王陛下の前でその顔は不味いのでは。そう聞こうと思った矢先、よく通る声で、他の声を遮ったのは意外な人物だった。
「まって」
ノクスの色、黒いドレスを身に纏った、ウィスタリア姫である。
「どうして、かってにきめるの?」
「姫様?」
「何を……」
姫様は、私の方を心配そうに見て。呆気に取られたような貴族たちに向かって、勘違いしてはいけない、と冷静に言った。
「ユイは、まじゅつしじゃないのよ?」
それが何か問題なのか、と目を丸くする貴族たちに、姫様は溜息を吐いた。
「オリバーがやとっているの。おうきゅうではないわ」
つまり、私が魔界に向かうかどうかは、オリバー様が決めるべきことであり、他の者が口出しするべきことではない。
とはいえ、最終的に王命を下せば、私を動かすことはできる。しかし、目の前で好き勝手言われると心象は悪くなる。
先に、私か、オリバー様に聞いてくれれば良いのに。そう思っていない訳ではないのだ。
「それに、いままでとちがって、たたかうためのかごではないわ」
魔力濃度の高い地域に行けば、魔力事故が起こる可能性もある。魔力濃度上昇の原因である魔王の娘の側には、魔族ですら近付けないのだ。
私の加護が役に立ちそうとはいえ、近付くことができるかどうかも不明なのだ。
今迄の女神の加護持ちは、戦いに関する力が多かった。つまり、初めから魔界に向かうことを前提とした加護だったのだ。
戦うための加護ではない私が、魔界の環境に耐えられる保証は全くない。そういった不安もあるのだ。
「ユイのきもちも、きくべきよ」
そう言った姫様は、背筋が真っ直ぐに伸びており。王族に相応しい威厳を持っていた。
私と目があった姫様は、ふふん、と少し誇らしげに微笑んだ。今の私、素敵でしょう、と聞こえた気がしたので力強く頷く。
「ですが、国の危機です。国のため尽くすのは当然でしょう」
「そうですよ、姫様」
「我々には、時間が残されていないのです」
「それに、功績を上げれば、爵位を得る機会にもなる」
「陛下直々の命を受けるは国民の喜び」
「平民には過ぎた栄誉になりましょう」
貴族たちは、私に対する姫様の気遣いを、状況を認識できていない子供の発言として取り合わない。
仕方がない。どちらにしても、魔界には行くつもりだったのだ。オリバー様も一緒なら問題は起こらないだろうし、大人しく従えばこの場も収まる。
私が発言するわけにはいかないので、オリバー様に言ってもらおう。そう思い、隣を見た、その時。
「……ウィスタリアの言う通りだ」
国王陛下が、口を開いた。
「アダチ嬢は、戦う力を持たぬ平民。加護を持つとはいえ、平民は本来、魔術師や騎士、貴族や王家に守られるべき立場である」
貴族は、特権を持つ代わりに、平民を庇護する役割を持つ。だから、危険な役割を私に押し付けるのは、本来間違っていることだと、陛下は改めて口に出した。
「アダチ嬢。その上で、この国の為に頼まれて欲しい。魔界へと赴き、加護の力を発揮してくれまいか」
陛下は、真っ直ぐに私を見て、言葉を続ける。
「安全を確保できるよう、魔術師達が護衛としての役割を果たそう。魔術卿も、それで良いか」
「勿論です。派遣される魔術師全員でアダチ嬢を守りましょう。ひとまず、専属の護衛として、序列二位の魔術師をつけます」
序列二位の魔術というと、それは、つまり、オリバー様では。そう思い、筆頭魔術師を見ると、にこりと微笑みだけ返された。
「引き受けてもらえるだろうか」
確認の言葉に、私は、遠目からでもはっきり見えるよう、大きく頷いた。
「…… 眠りに困る人を、助けることが女神より私に与えられた使命なのでしょう。魔術師様達が危険を退けてくださるのなら、断る理由はございません」
背を伸ばし、最大限、美しく見えるよう礼をする。
「謹んで、お受けいたします」
心配してくれた姫様や、今迄関わってきた人のためにも。私は、魔界へ行くことを決意したのだった。
次回は来週末に更新予定です。




