小さな魔王
より良い環境を求め、別の場所を目指す。それは多くの生き物に備わっている本能だ。
幾ら人間よりも肉体的に優れ、膨大な魔力を扱えるとしても。あまりに過酷な環境を前に、豊かで安全な場所を求めるのは当然の事だ。
だから魔族は、常に人間の土地を狙ってきたし、人間は土地を守る為に戦ってきた。単なる生存戦争だったのだ。
「では何故、今になって戦いを止めようというのだ!!」
今の魔王は、直接王城を攻撃するだけの力がある。だというのに、戦いを辞める理由は無いのではないか。
「ニュイ……、僕の妹が産まれてから、魔界の状況が一変したんです」
簡潔に言えば、生活改善のために人間を攻めるような余裕は全くなくなったんです。
他国に攻め込もうとしたら、国内に余裕がなければできない。食糧の補給問題もあるし、そもそも帰る場所が無くなっては意味がない。
「魔界の環境は、最も強い魔族に影響されることはご存知ですか?」
「どういうことだ?」
「魔界は、魔力によって自然現象が起こっています。雲も雷も、植物も。全て魔力によって生み出されていると言えます」
魔界で最も強い魔族は、魔王となる。魔王が魔族の長となるのは、勿論その強さもあるが、魔王自身が魔力循環装置としての役割を果たしているからなのだという。
大気中に溢れている色のない、指向性のない魔力は、魔王の体に一時的に取り込まれ、そして魔界の環境を整える魔力に変換される。
だから、勇者と魔王の戦いが行われている間は、人間には有毒な沼ができたり、その地域に住む魔族に適した気温になったりしていたのだという。
「つまり、魔王が望めば、ある程度の環境が整うと?」
「はい。それでも、魔力は不安定で攻撃性が高いため、人間の土地の方が魅力的に思えていたのです」
そもそも、魔王になる者は競争心が強く、魔界全体の環境改善よりも、自身の強さを追い求める者が多い。
そのため、中々戦いが終わらなかったのだが。前回の人間との戦いで、攻撃的な魔族は軒並み勇者に倒され、生き残った比較的温厚な魔族だったのが、今の魔王だという。
「少し前までは、魔界は魔族同士が協力すれば、なんとか生き残れる環境でした。人間とも、互いに不干渉であれば良いと判断していたのですが」
ノクスの妹が生まれた事で、状況が一変した。そろそろ話のオチが読めてきたのか、隣のオリバー様が小さく欠伸を噛み殺した。
「妹は、生まれながらに膨大な魔力を持っており、その魔力は父を超えてしまっていたのです」
ノクスの妹、ニュイは生まれながらに魔族で最も魔力が多い。つまり、実質的には、ニュイが新たな魔王となったのだ。
まだ赤子で、魔界の統治はおろか、自身の世話すらできないため、父親が魔王を名乗ってはいるものの。
魔界の環境は、既にニュイの影響下にあるのである。
「妹が泣けば暴風雨が起こり、癇癪を起こせば雷が落ちる。寝ている時は、なんとか生活できる気候になりますが……」
機嫌がいい時には、虹が掛かり一時的に木に果物が成るため、魔族が滅ぶまでは至っていないが。
赤ちゃんは、食事や排泄で数時間置きに泣くのが仕事のようなものだ。常に暴風雨に悩まされている事は、想像に難くない。
「正直、城も常に風雨にさらされ雷が落ち、修繕作業に追われています」
自分達の生活環境を守るので精一杯で、魔王は娘の育児で仕事をする暇もない。
魔力が強すぎて、近付けない者もいるために、最低限の仕事と二十四時間体制の育児で限界ギリギリなのだという。
「……それは魔界の話であって、人間には関係がないだろう。停戦を求める理由は理解できたが、我が国に利点はない」
魔族側が人間と戦いたくない理由は、よくわかった。しかし、魔族が弱っているのなら、逆に攻め込む機会なのでは。そう思った貴族もいるのだろう。
他に声を上げる者はおらずとも、財務卿に同意する者が多いことは、雰囲気から伝わってきた。
「人間にも関係があるので、同盟という形を提案しているのです」
魔族は、一般的に成長に伴い魔力が増えていき、死の直前まで成長を続ける者もいる。生まれた時は魔王の器でなくとも、成長したことで魔王となるパターンは多いのだ。
しかし、今の魔王は、どうだろうか。
「ニュイの魔力は、日に日に強くなっています。そして、増えていく魔力を全く制御できないため、その影響は魔界から外へと向かっています」
そもそも、魔界、と呼ばれてはいるものの、陸続きで空も繋がっているのだ。この世界が、球体なのかは知らないが。雲は風で流れ、一部の気温が変化すれば、周辺にも影響は及ぶ。
「まさか……」
「既に、魔界との境では異常気象が増えているのではないでしょうか?」
このままでは、魔界だけでなく、世界中に異常気象が巻き起こる。その対策をするための同盟提案なのだと、ノクスは言った。
次回は来週末に更新予定です。




