思惑
割って入ってきた男性に対して、国王陛下は咎める様子はない。服装も豪華だし、本来なら私たちより先に挨拶をするような高官なのだろう。
「財務卿か。何だ?」
発言の許可を与えた国王陛下に出して、財務卿は大袈裟にありがとうございます、と頭を下げた。
全員の意識を、しっかりと会話に向けるように、ごほん、と咳払いをする。
嫌な感じがするな、と思うが、国王陛下が許可を出したのだから、私たちは口を挟めない。
「このような遠回しなことをせず、はっきりと仰っていただきたい。魔王の脅威が、この国に迫ってきているのですか?」
折角、魔王の危険はないと大々的にアピールしたばかりなのに、周囲の不安を煽るような言葉である。
先程までの話を聞いていなかったわけではないので、周りが安心すると都合が悪いのだろう。
「そのようなことは言っておらぬ」
国王陛下が否定をするも、財務卿は納得する様子がない。この場の、不安を持つものの言葉を代弁し、安心していたものも不安に突き落とすように、よく通る声で言葉を重ねる。
「ですが、陛下。そちらのアダチ嬢以外にも、ここ近年、女神の加護持ちが増えております」
これは、魔王との戦いの前兆ではないでしょうか。声高に言えば、周囲からどよめきが上がる。
この王国内で確認されているの女神の加護持ちは、私を入れても9人のはず。私にはよくわからなかったが、人数が多い方だったのだろうか。
「ふむ。多忙な財務卿が、加護持ちの人数を把握しているとは。勤勉なことだ」
「加護持ちは経済へも影響を与えますからな」
それこそ、魔王との戦いが起これば、経済状況は大きく変わるだろう。
軍需産業は大量のお金が動く。そう考えると、財務卿が魔王の復活と関係ある加護持ちを気にかけるのは理解できる。
「もし、魔王との戦いが近いのであれば、武器の生産や兵糧の備蓄を始めねばなりません。騎士団の増員と訓練、魔術師たちの動員。他国との連携を深める必要もあります」
戦争にはお金が掛かる。武器の生産には、鍛冶だけでなく鉱石の採掘量を増やす必要がある。
兵糧も国中から集めないといけないだろうし、正規の騎士だけではなく臨時の兵を募集し、訓練をする必要がある。
臨時の兵を訓練をする間の住む場所や食糧事情、給金のことだった考えないといけないし、正規の騎士や魔術師も派遣先によっては、住む場所を与える必要がある。
そして、魔王との戦いが起こる場合、国中の戦力が其方に集中してしまう。その隙をついて他国に攻められると大惨事だ。
他国と協調し、攻められないよう、協力を得られるようにしなければいけないだろう。
ただ、他国も利益なしに、この国に協力はしない。不戦条約ならともかく、それ以上の協力を求めるには利益を提示するか、別の理由を作る必要があるだろう。
そういう時、どうするのか。地球に生きた私たちは、歴史の授業から知っている。この国の人、貴族にとっても、それは身近な方法だろう。
「それこそ、国防のため、姫様には隣国に嫁いでいただくことも考えて……」
婚姻による同盟。血を繋げるという、分かりやすい方法。王族である姫様は、当然、その覚悟をしているとは言っていた。
だが、それは、魔王の息子との婚約話が持ち上がる前の話だ。今の、婚約者と積極的に関わろうとしている姫様には、酷な話だ。
そして、何より不味いのは。この場には、先ほどから話題に出されている魔王の、息子がいることである。
そっと、姫様の様子を確認すると、姫様は真っ直ぐ、黒色の髪の少年を見つめていた。
もしかして、彼が。無言でオリバー様に視線を向ける。
「…………そうだ」
「どうするんですか。雰囲気としては最悪ですけど……」
多分、財務卿は戦争推進派なのだろう。だから大々的に危機感を煽り、戦争準備をしたい。恐らく、この場に魔王の息子が来ていることは知らないのだろう。
もしかして、五ヶ月前の親書についても知らないのかもしれない。側近や魔術師は忙しかったと聞いているが、なんとなく、財務卿は国王陛下から信頼されている様子はない。
「財務卿。魔王の脅威はない」
二度言わせるな、という圧に、財務卿が一瞬言葉を詰まらせる。しかし、諦める様子はない。
姫様が国内にいない方が都合がいいのだろうか。関係を強化したい隣国があるとか。そういう裏を考えたくなるしつこさだ。
「どちらにせよ、姫様の婚約は考えねばならない話。差し迫った危険はなくとも、他国との協調は……」
重要な事です。財務卿が、そう言い切るより早く、黒髪の少年が財務卿の隣に歩み出た。
「それは困ります」
姫様より、少し年上くらいの外見。変声期前特有の少し高い声。黒い髪。私から見ても丁寧な所作と、国王陛下の驚いた顔。
まさか。
「ウィスタリア姫は、僕の婚約者になる予定なのですから」
そうですよね、国王陛下。魔王の息子は、静かにそう問いかけた。
次回は来週末に更新予定です。




