注目
華やかな会場内でも、一際目立つ壇上の扉。そこから、国王夫妻と、兄である王子にエスコートされた姫様が現れた。
ゆるいウェーブの掛かった輝く金髪。大粒のサファイアを嵌めた瞳は、王族特有のものらしい。国王陛下も、兄王子たちも、姫様と同じ輝く色彩を持っていた。
絵になる家族、とはこのことを言うのだろう。ただ、一つ、気になることを言うならば。
「……姫様、今日は珍しい色のドレスですね」
姫様のドレスの色が、私の、いや、この会場にいる多くの人の予想に反するものだった。
思わず口に出すと、オリバー様は周りに聞こえないよう声を落として答えた。
「堂々と紹介ができない分、色を纏いたいと言っていた。歳の割にませている」
「それは、一般的には可愛らしいと言うのでは……」
一応、婚約者、という決定的な単語は出さずに会話を続ける。魔王から親書が届いたこと自体、知っているものは少ない。
その上、長男との婚約や、さらには向こうが婿入りしてくること、挙げ句の果てに夜会に本人が参加している話は機密も機密だ。
しかも相手は元々嫡男。後継変更とかはあちらの事情だが、問題は魔王を継げると判断されていたことだ。
ただでさえ、魔族に対して恐怖を抱くものが多い国だ。そんなことを知らせて仕舞えば会場は一瞬でパニックに陥るだろう。
「反対意見の方が多かった」
魔王の息子は参加はしても、堂々と姫様の近くにいることはできない。それでも、姫様は仲良くなりたい、と相手の色を纏いたいと主張したようだ。
「普段と違いすぎる服装をするのは、何かあると思わせる十分すぎる理由になる。現に、周りを見てみるといい」
壇上の王族から目線を外し、周囲を見渡す。すると、殆どの人が壇上に、姫様に注目しており、私たちの会話なんて聞こえないくらい、一挙一動を見ていることがわかった。
「…………姫様、物凄く注目されてますね」
普段はふんだんにフリルを使った、パステルカラーの可愛らしいドレスが多い姫様。自身の宮を染め尽くす趣味は、王宮関係者の間では有名だ。
そんな姫様が、上品なレースに黒をメインとした落ち着いたドレスを着れば、心境の変化を聞きたくなるだろう。
「新しい流行を作ろうとしている、と思われればいいが」
「女性だけでなく、男性も注目している時点で、別の意図があると思われていそうですね……」
レースは、パステルカラーのドレスにだって似合う。レースを使うにしても、今迄の姫様らしい色から離れすぎているので、やはり裏事情を考えたくなるのが貴族なのだろう。
「念の為、他の女性陣もレース中心の落ち着いたデザインだが。今迄の姫様であれば、確実に拒否するデザインになったな」
「大人っぽくて似合っていると思いますけど……」
どんな服でも似合いそうな、金髪碧眼の美形だからこそ、服装でイメージがとても変わる。天真爛漫な天使から、敬虔な修道女になったようか。真逆の印象だ。
婚約者ができて、背伸びしていると言えば納得されるだろうが、婚約相手の話はできないし。
難しい、と姫様を見ながら考えていると。物凄く遠い場所から、私たちを見つけたらしい。姫様が、にこりと微笑み、こちらに手を振った。
「あ、姫様が手を振ってくれました」
小声で言った、つもりだった。
しかし、次の瞬間。
姫様に向けられていた、大量の視線が。一斉に私と、オリバー様に向けられた。
「ひぇ……」
姫様の視線を追ってたのか。声が聞こえてなさそうな場所の人も、同時にこちらに向いたため、かなり怖い。
思わず、エスコートしてもらっていたオリバー様の腕を本気で掴んでしまった。軽く触れる程度にしておくのがこの国のマナーなのに。申し訳ない。
「余計なことを……」
「すみません……」
「ユイには言っていない」
姫様が、と言いたいらしいが、その発言の方が聞かれるとまずい。目立たないようにしようと思っていたのに、出だしから大失敗である。
ついでに、段々と別の種類の視線も混ざってきている。主に、髪を上げたオリバー様の顔を見た、女性陣からの熱い視線が。
逆に考えれば、姫様は自分が言った通り髪を上げ、華々しくなったオリバー様に満足して手を振った、とすれば丸く収まるだろうか。
色々と考えていると、オリバー様は面倒くさそうに溜息を吐いた。
「まあいい。元々、挨拶には行く予定だったからな。これで順番も早まるだろう」
「そういうものですか?」
話を聞きたいという人に囲まれて、挨拶の順番は遅れそうなものだが。オリバー様は首を横に振る。
「そういうものだ」
逆に、国王陛下との会話に聞き耳を立て、相手の情報を収集するものらしい。そう言われると、納得はしたが気が重くなったのだった。
次回は来週末に更新予定です。




