最大規模の夜会
美しい光景に見惚れていると、徐々に馬車の速度は落ちていき。
ガラス細工の模様により、複雑な明暗を生み出している光によって照らされる階段が、目の前に真っ直ぐ佇んでいた。
カタン、と最後に軽い音を立て、馬車が完全に動きを止めた。
「つ、着きましたね」
「ああ」
改めて会場を見ると、圧倒される美しさである。そして、階段を上っている数組の貴族たちの服装も、華やかな会場に劣らぬ美しさだ。
「ユイ、手を」
「……ありがとうございます」
国王陛下の招待客は、一人で参加することもあるらしいが、私なら絶対無理である。オリバー様が差し出してくれた手を有難く取り、ゆっくりと階段を上り始める。
「基本的に、私から離れないでくれ」
「はい」
しっかりと頷く。私こそ、一人にされると不安なので、是非離れずにいさせてほしい。
「挨拶が終わったら、すぐに帰ろう」
その言葉に、はい、と頷きそうになって、慌てて首を横に振る。
「ダンスを一曲は踊らないと良くないのでは?」
夜会の進行は、国王陛下の挨拶、国王夫妻のダンス、王子や王女とその婚約者によるダンスを行った後、公爵家が国王陛下へ挨拶をして、その次に招待客である私の挨拶だ。
そのため、挨拶が終わったら帰ること自体は可能だが、夜会に参加しておきながら、一度も踊らないというのは問題だと教わった。
じ、とオリバー様を見ると、バツが悪そうに肯定された。
「……そうだな」
「オリバー様はご挨拶が必要な相手も多いでしょうし、その間に何度か踊ることになるかもしれませんね」
そう、ダンスをするのも社交の一環なのだ。面倒だからと避けられるものではない、のだと教わった。
今迄、一人で参加したり、そもそも警備側で参加していたローレル卿は踊らないというかもしれませんが、彼の為にもきちんと踊るべきです。というのがマナー教師の言葉である。
「ユイ以外と踊る必要はない。ユイも、他の相手の誘いは受けなくていい」
「私が誘われることは無いと思いますが……」
知り合いであるアッシュ様もイーサン様も、今日は警備側としての参加である。他に面識があるのはアーロン子爵位だが、子爵は抱き枕の宣伝をすると大層張り切っていたので、私に構う暇は無いだろう。
「オリバー様と踊った時点で、疲れて動けなくならないように頑張ります」
「ユイが疲れたら、それを理由に帰ればいい」
その方が都合がいいし、激しく踊ってみるか。珍しく冗談を言うオリバー様に、緊張がほぐれたところで階段の上に到着した。
会場の入り口、扉の横に控えていた文官が、オリバー様の顔をちらりと見てから、手元の書類に目を落とす。
出席者名簿との照合が終わると、文官が扉に手を掛け、こちらを見た。
「ローレル卿、アダチ嬢。どうぞ中へ」
「…………行こう」
会場の扉が開かれる。同時に、重い扉に遮られていた音楽が耳に届いて、次いで強い光に目が一瞬くらんでしまう。
「…………すごいですね」
「騎士爵以上、つまり貴族位を持っている者は警備を含め全員参加しているからな」
別の国との行事が無い限り、国内最大規模の夜会である。
私たちの入場が早かったこともあり、まだ会場には人が少ない。オリバー様は会場をぐるりと見渡すと、騎士と魔導士くらいしかいない、と教えてくれた。
「少しずつ人が来るなら、アーロン子爵に挨拶に行きますか?」
爵位の順に入場するなら、次は男爵、その次が子爵だったはずだ。来てすぐならば、アーロン子爵に挨拶しても迷惑にならないだろうと、そう思ったのだが。
「いや、下手に動かない方が良いだろう」
オリバー様は首を横に振った。
「どういうことですか?」
「男爵と子爵が来るまで大して時間は無い」
騎士や魔導士は、そもそも参加する人数が少ないから良いらしい。しかし、人数が多い男爵家や子爵家が参加する時間帯になると。
「――男爵、男爵夫人。どうぞ中へ」
「子爵と婚約者様の――」
次々と人が入ってきはじめた。参加者の大半を占める男爵と子爵の入場は、このようにごった返すらしい。この人並みを縫って挨拶に行くのは大変だし、下手をすると人に流されてはぐれてしまう。
「だから、入場が落ち着くまでは会場の隅に避難しておいた方が良い」
「わかりました……」
ひたすら待つことしかできないとはいえ、まだ始まってもいないのに椅子に座っていることもできない。
ずっと立ちっぱなしで、少し歩くようなスペースもなく、そろそろ限界になりそうだった、その時。会場のざわめきが一際大きくなり、私たちが入って来た入り口とは逆の、壇上の扉に一斉に視線が向く。
そして、わぁっという歓声と共に、国王夫妻と、王族の方々が登場したのであった。
次回は来週末に更新予定です。




