嫌な予感
事故について、話をしてから二ヶ月弱。オリバー様は心の整理がついたらしい。
特に食事やスキルによって時間を伸ばさなくても、自然と七時間程度の睡眠が取れるようになった。
しかし、寝る前にソファで寄り添い、話をする習慣はそのままだ。
オリバー様が希望したのではなく、私が、睡眠時間について、まだ伝えられていないから。
「オリバー様。おかえりなさいませ」
「ただいま」
帰宅したばかりの、オリバー様の睡眠予測を見る。七時間。前日と変化なく、問題のない睡眠時間。
昨日の睡眠グラフも、しっかり深い睡眠をとり、起床時間に向け徐々に浅くなっていく理想的な記録。
「今日もお疲れですね」
「……夜会の警備について、最終調整があったからな」
朝以上に乱れた髪に、少し掠れた低い声。動きも、言葉への反応もやや鈍い。のそり、とオリバー様がに腰掛ける。
疲労困憊の一歩手前といったところか。しかし、睡眠に影響はなく、ぐっすり眠って解消できる程度だ。むしろ、適度な疲れでよく眠れるかもしれない。
「オリバー様も警備に参加するんですか?」
不眠の症状は、完治したと言ってもいいだろう。なのに、中々言い出せないのは、こうやって話す時間がなくなるのは惜しいと思っているからか。
「今回はユイのエスコート役を務めるので招待客側だ。だが、有事の際は対応することになる」
「そうなんですね」
「魔術師も、騎士も、数は限られているからな。今回の夜会は大規模な分、警戒することも多い」
そのため、一部の騎士や魔術師は、ドレスアップしていても帯剣していたりと、武装を認められているらしい。
そうすることで、重要人物揃いの夜会で、なんとか警備を回しているらしい。考える人も、実際に働く人も大変である。
「それにしても、夜会まで三日しかないんですね……」
「ああ」
オリバー様に言われて、しみじみと実感する。夜会に向けて動いていたが、そんなに差し迫っているとは感じていなかったのだ。
「最近、大きな事件はなかったですけど、物凄く忙しかったので、時間感覚が……」
「ユイは抱き枕の関係で色々動いてもらったからな」
そう、オリバー様だけではなく、私も忙しかったのである。自分が考えた商品なので、普及に向けて動くのはもちろんなのだが。
礼儀作法の教師を紹介してもらう代わりに、と流通の確保をお願いしたアーロン子爵が、抱き枕事業に大変乗り気だったのである。
そのため、当初の予定より規模をかなり拡大。魔術宮からも専門チームを作り、試作開発に勤しんだのである。
お陰で良いものになったと思うが、本当に、繰り返し思うが、忙しかった。
「服の受け取りは、明日でしたよね」
「ああ。店まで行って最終調整だ」
「アクセサリーも準備していただきましたし、礼儀作法の授業も昨日で最後……」
アクセサリーは、今回に合わせてオリバー様が用意してくれた。申し訳ない気持ちもあるが、エスコート相手に準備できないと思われる方が恥ということで、ありがたく受け取っている。
マナーは問題ないとお墨付きを貰っている。ダンスも最低限は踊れるようになったし、体型維持も問題ない、はずだ。体重計がないので断言できないが、食事や運動には気を使った。
「大丈夫、のはずです」
「そうか」
それは良かった、とオリバー様は少しだけ揶揄うような口調で笑った。自信のない様が面白かったのだろう。
しばらく笑ってから、オリバー様は何かを思い出したようで。懐に手を入れ、改まった口調でユイ、と呼びかけてきた。
「ウィスタリア姫から手紙を預かっている」
「姫様から? 何か用事でしょうか?」
見た目から高級感の伝わる、真っ白な紙を使われた手紙を受け取る。封蝋は緻密な模様が浮き上がっており、ふんわりと良い香りがする。
ペーパーナイフなんて洒落たものは持っていないので、気をつけながら封を切る。
「私は内容を知らされていない。ただ、帰宅したらすぐに、ユイと一緒に確認しろと言われている」
オリバー様にも内容を伝えていない、ということは、婚約者との話だろうか。でも、惚気なら一緒に確認しろとは言わないだろうし。
何となく、嫌な予感がしてきた。季節の挨拶を読み飛ばし、本題へと目を向ける。
「…………これは」
悪い予感ほどよく当たるもので。手紙に書かれていたのは、私に、というより、オリバー様にとって大変都合の悪いことだった。
「夜会に、婚約者と一緒に参加する、か」
「つまり、魔王のご子息ですよね」
お父様たちにも伝える予定だけど、ユイにも知らせたくて。
歳の割に落ち着いている姫様も、恋する乙女らしいところがあるんだな、と思える言葉だ。
その文字に、オリバー様は頭を抱えた。多分、姫様は決定してから、すぐに手紙を書いたのだろう。
しかし、オリバー様が知らなかったことを思うと、最終調整時点では知らされていなかったのだろう。
「…………警備体制の見直しが必要になる」
「で、ですよね」
一応、国王陛下は友好を示すため、魔王には招待を送っていたらしい。とはいえ、不参加と返事があったため、特別対応をしていなかったようだが。
まさか、息子だけで参加するとは。国王陛下も、もしかすると魔王も予想していなかった展開である。
極力目立たないように、と言っても姫様の隣にいれば目立つし、魔王の息子と分かれば周囲がどんな反応をするかもわからない。
「緊急招集をしても、今日は人も集まらないだろう。ただ、明日は、帰れない可能性が高い」
「あ、あまり、無理をなさらず……」
「無理せずに済めばいいがな」
ひとまず、魔王の息子とはバレないようにすれば、姫様の周囲は警備が厚い。なんとか対応できそうな反面、嫌な予感は増しているような、そんな気がした。
次回は来週末に更新予定です。




