伝わる体温
オリバー様達のような、幼少期から育てられた王宮魔術師は、強い魔力と長い訓練により優秀な魔術師となる。
育ての親である、序列1位の魔術卿への忠誠心も高い。王宮からすれば、大変良い人材と言えるだろう。
そうして、魔術師が活躍していけば、王宮魔術師を目指す人が増える。目指す人が、きちんと学んだ人が増えれば、事故は減っていく。
正しい仕組みだ。事故を経て、王宮魔術師になった人は、二度と同じ事故が起こらぬように研究を行う。そうして、少しずつ、少しずつ成果を重ねて、最近なってようやく、原因がわかったのだという。
「……家にも帰らず、研究をする者が多いのは、そういう事情もあった」
「そう、なんですね」
文字通り、人生を掛けて取り組む問題なのだろう。原因が判明すれば、予防策も考えられる。幾つもの予防策を考え、次は、実現するための研究をする。
事故が起こっても、治療できるように。魔力を持つ人と過ごす場合、食材から手軽に魔力を取り込むことができるように。事故が起こる前に、周囲の魔力濃度を確認できるように。
体内の魔力を上手く扱えるよう、外へと流れ過ぎないよう、制御できるように。産まれた時に、どれだけの魔力を持っているのか、事故に気を付けべきか、わかるように。
たくさんの研究をする必要があったから、皆、寝食を惜しんで研究をしていたのだと。
「だが」
オリバー様が、きゅ、と私の手を握った。私の体温が移ったのか、少しだけ、その手にぬくもりが戻ってきていた。
「今は、睡眠をとった方が効率が良いと、皆、理解している」
「寝て起きたら、いい案を思いつくこともありますからね」
「ああ」
脳は眠ることで情報を整理する。寝不足では頭が回らなくなる一方だ。その上、体調だって悪くなるので、更に考え事はまとまらなくなる。
何をやってもダメな時は、しっかり眠った方が上手くいくことだって多い。そのことが理解できてから、仮眠も取りやすくなって、休暇を取れるくらい仕事が進んだ者もいるという。
「今は、研究が進まない悩みよりも、やりたいことが多すぎて研究予算が足りないという話ばかりだ」
じわじわと、繋いだ手が、温まっているのを感じる。言葉として、口に出すことで。心にあったわだかまりも溶けていくように。
オリバー様の口調も、柔らかく、穏やかなものに変わっている。私が促さなくても、少し楽し気に、他の魔術師について教えてくれる。
「休暇を取れるようになった結果、交友関係が広がった者も多い」
「そうなんですか?」
「仕事の、研究以外の時間が増えると、一人でいたくない者が増えた」
今迄は、研究で忙しいから人と関わるのが面倒だ、と言っていたものばかりだったのに。と、オリバー様は言うけれど。
そう言うオリバー様も、どうせ屋敷には戻らないし、人を雇うのも面倒だからと放置していた側だろうとは口に出さない。自分の変化よりも、人の変化の方が目に付くのだろう。
でも、それは良い変化だ。
「騎士や文官の同期だった者と頻繁に合うようになった者もいるし、魔術宮内の、関りの薄い別部門の魔術師と休日を過ごすようになった者もいる」
多分、睡眠をしっかりとったことで精神的な余裕が生まれ、他者と関わることができるようになったのだろう。常に同じコミュニティで過ごしていると弊害も起こる。
たまには、違う集団と関わることで精神的にもいい効果があるし、何かひらめきを得られることだってあるだろう。
魔術師同士の場合は、結局、お互いの分野を生かした研究を始めることが多いらしいが。本人たちがそれでいいならいいのだろう。
「他の者と関わる機会が増え、結婚を決めた者もいる」
「それは凄いですね……」
「まあ、結婚を決めた者は、元々交際相手がいたようだが……」
今度の夜会で、正式なパートナーとして一緒に参加するらしい。魔術師は一人で参加するものも多かったが、その人が皮切りとなって、パートナー探しをする人も増えたのだという。
「本当に、我々はユイには感謝しきれないな」
「いえ、そんな……」
私は、自分の仕事をしただけだ。オリバー様が眠れるように。女神によって与えられた、安眠の加護で人を助けられるように。
「……ユイが来てから、良い方向に変わったことは多い」
だから、夜会で何かあったとしても、魔術宮は必ず味方になるから安心してくれと、オリバー様はそう言った。
「…………やっぱり、何かあるんですか?」
「……気が付いていたのか?」
「騎士団に行った時から、オリバー様は私が外に出ないようしているな、とは……」
あの時は、私が他の人に勧誘されないようにとか、そう言った意味だと思っていたが。私を利用したい人だけではなく、私の存在が不都合な人もいるのだろう。
「……ホットアイマスクの一件から、魔術宮の予算が増えている」
「つまり、予算が減らされた部署から逆恨みされてるってことですね……」
納得である。女神の加護による幸運や、私の安眠スキルが欲しい相手なら兎も角、私を恨んでいる人は危害を与えてくる可能性が高い。
今迄の、オリバー様の過保護とも思える行動に納得がいって、私は大きく頷いた。
「…………それだけではないが」
「え」
「急いで話すことでもない」
今日はいつもより遅い時間だから、早く寝よう。そう促してくるオリバー様の睡眠予測は、七時間と表示されていた。




