魔力について
「……理論の説明は必要ですか?」
「ねんのため、おねがいするわ」
貼れば使える、ということは理解できたが、原理を理解していないと思わぬ事故が起こるかも知れない。
姫様と、侍女長も同じ意見だったのだろう。オリバー様の提案に、こくりと頷いた。
「簡単に説明すると、赤の封蝋は相手、つまり魔王の息子の魔力を、青の封蝋は姫の魔力を目印に物体を転移させるものです」
テレポート系の魔法を応用したものらしい。シール面に反転して描かれた魔法陣があり、手紙に貼ることで正しい向きで転写され、効果を発揮するのだという。
魔法陣は完璧な形でないと効果を発揮しない、という性質を逆に利用した発明だと語るオリバー様は、いつもより少し早口だ。
「危険性は?」
ある程度まで理論説明を聞いたところで、侍女長がオリバー様の言葉を遮る。
流石に喋り過ぎたと思ったのだろう。オリバー様は咳払いを一つして、質問に答える。
「手紙以外が送られぬよう、生物や手紙以上の大きさ、重さを持つものは転移しないように制限を掛けてあります」
「つまり、姫様や使用人の体に貼り付いたりしても転移しないという事ですね」
「はい」
うっかり姫様や城の人間にシールが付き、転移してしまったら目も当てられない。必要な対策だろう。
また、刺客が送り込まれることは勿論、バイオテロの危険性も排除できる。
そもそも魔王は手紙以外も送ることが可能だろうから、警戒し過ぎても無駄である。
手紙の大きさ、重さとなると中々他のものは仕込めない。子供ゆえの不慮の事故を想定した対策なら、これで十分だろう。
「他の魔法も無効化するので、ある程度の危険は防げるかと」
「すごいわね」
魔族からすればささやかな、相手にとって利のあるような呪いであっても、人間にとって害となる可能性はある。
そういった事故を防止するために、他の魔法が掛かっていたら手紙の転移機能を消す効果をつけたらしい。
素晴らしい予防である。だが、後者の効果はやけに具体的だ。魔術宮で似たような失敗があったのだろうか。気になったが、オリバー様の表情は動かない。
「ただ、此方は、玉座の間に送られてきた手紙に残っていた、魔力の残滓を辿って作ったものです。日数が経てば効果が薄れます」
「どのくらいなら、へいきなの?」
「二週間保ったら良い方かと」
それまでに相手からの返事があれば、改良し次の封蝋シールを作ることができるという。
「…………わかったわ」
「返事の手紙は一度お預かりしますが、必要なのは残滓だけですので封筒で結構です」
突き放したような言い方ではあるが、手紙の内容を見ることはない、という配慮でもある。姫様は小さく頷いた。
「以上ですが、質問はございますか?」
「ひとつだけ、いいかしら?」
「はい」
「にしゅうかんしかないのに、こんなにつくったの?」
姫様は、渡された小箱いっぱいに詰め込まれた封蝋シールを指して、そう尋ねた。
「…………女性は文通が好きなのでは?」
1日に何度も手紙を出すと思っていたらしい。ちなみに、姫様に渡したシールは30枚ずつ。1日2回は互いに手紙を送れる計算である。
「だれにきいたのよ……」
この世界、結婚前の男女のやり取りの多くは手紙であり、美しい字や多彩な言葉選びは一種のステータスとなる文化だ。
勿論、招待状や情報共有も手紙で行われるため、社交を担う女性は手紙を書く機会が多い。
「足りないよりは良いかと思いまして」
大は小を兼ねる理論である。姫様は呆れつつも、オリバー様に向かって礼を述べた。
「ありがとう、オリバー」
「では、失礼いたします」
早速、手紙を書きたいのだろう。うずうずとしている姫様の邪魔をしないためにも、退室の言葉を述べる。
上機嫌な返事を聞いてから、私たちは姫様の宮を辞したのだった。
「あの、オリバー様」
そして、帰りの馬車の中。私は気になった事を、オリバー様に聞いてみることにした。
「どうした?」
「先程の、魔力についてですが……」
魔力の残滓を辿る方法も気になるが、聞きたいのは、魔力の差による効果の差についてだ。
スキルの効果も、相手の保有する魔力によって変わってくるのか。それとも女神の加護と魔法は別物なのか。そのことも、勿論気になる。
だけど、最も聞くべきことは。過去、オリバー様の周辺で、魔力差による事故が起こったのか。
「魔力差による、効果の差について。詳しく、教えていただくことは、可能ですか?」
女神の加護を持つものとして、知っておくべきだという、思いもあった。だけど、それ以上に。
もしも、過去に何かあって、それがオリバー様の心に残っているならば。睡眠不足の原因になっているかも知れないと、そう、思ったのだった。
次回は来週末に更新予定です。




