夜会へ向けて
翌朝、オリバー様は、普段より機嫌良く朝食の席についた。特別口数が多いわけではないが、口元がやや上がり気味だ。
「……昨日はよく眠れたみたいですね」
朝食を置きながら確認する。近くで見ると明らかに肌艶がいい。スキルで確認した通り、きっちり7時間眠れているようだ。
「お陰様で。ユイはどうだった?」
接触面積を増やしてみた感想、という事だろう。思い悩んで眠れなかった、なんて私が言うはずもなく。
対面に腰掛け、応える。
「私には常に『安眠の加護』がありますので。眠れないことはありません」
「そうか」
色々と考えることがあったとしても、横になって、眠ろうと思ったら即座に睡魔に襲われる。寝苦しい環境だろうが、質の良い睡眠が約束されているのである。
「接触面積による効果は素晴らしかった」
「そこまでの事はしていないでしょう……」
オリバー様とは暫く手を繋ぎ、寄り添って座っていただけである。肩や腕が触れ合っていたので、ただ手を繋ぐよりは面積は多いが、劇的に増えたわけではない。
昨日は王宮訪問によるストレス、更に対応する問題が増えてしまったので、接触面積を増やしても大きな効果が出ないかと思っていた。
「王宮訪問の疲れが出たのではないですか?」
「ウィスタリア姫の我儘には振り回されっぱなしだったからな」
姫様の宮に到着するなり、風呂や着替えと歩き回ったので、適度な身体的疲労により眠れたパターンだろうか。
「仕事を増やしてしまって、すみません」
一週間以内に、姫様が文通できるように整えるという難題だ。しかも、国王陛下たちには秘密にという条件付きだ。
「いや、ユイの気持ちが確認できた分、減った方だ。これで余計な手間が減る」
「余計な手間、ですか?」
何か、手間を掛けてしまっていただろうか。もしかして、昨日言っていた、私宛にあると言っていた縁談への対応のことか。
私としてはバッサリ断ってくれて構わないのだが、律儀なオリバー様は今迄保留にしてくれていたのかもしれない。
申し訳ない。謝ろうとすると、片手を軽く振って遮られた。
「気にしなくて良い。私が勝手にしていた事だ」
この話はここで終わりだ、と言われれば頷く以外にない。
「そういえば、昨日、聞きそびれてしまったんですが、夜会への招待はどうなるんですか?」
夜会への招待を取り消す為に、王家からの用があるならと訪れたのだ。
姫様の夜間徘徊についてであれば、以後起こることは無いので、解決したと言えるのだが。王家からの依頼は全て終わったということで良いのだろうか。
確認すると、オリバー様は面倒くさそうに溜息を吐いた。
「一週間後の結果次第だが、二ヶ月後の夜会に参加する可能性は高い」
「そうなんですか?」
「随分とユイを気に入っていたからな。陛下の評価は高くなる要素しかない」
秘密裏に文通が出来なければ、国王陛下の説得に協力してほしいと呼び出される可能性が高い。
そして、成功しても発案者として姫様からの評価は上がる。そうなれば姫様は私を再度招くなどするだろうし、姫様が何かすれば、確実に陛下の耳に届く。
姫様の宮に招かれる者は少ない為、今後とも『良き大人』として関わることを求められるようになるだろう、とオリバー様は言った。
「お断りは……」
睡眠で困っている人は助けたいが、国政に関わる気は全く無い。穏便に参加を取りやめることはできないだろうか。
「難しい。が、あまり心配する必要はない」
「どういうことですか?」
「国王陛下に招待された、功績を上げた平民として出席すれば面倒事は避けられない。だが、周囲の注目を減らす術はある」
夜会には、高位貴族から一代貴族、そして一部の商人や学者も参加する。そのため、貴族にとっては見慣れない顔、つまり平民が混ざっていても大して気にしない。
平民が嫌いな者は近付かないし、商売や学術に興味がある者は積極的に交流していく、そんな機会のようだ。
そのため、私が参加しても、国王陛下直々に功績を言及されなければ目立つことは無いのだという。
「その方法は……?」
「単純だ。私のパートナーとして出席すればいい」
序列二位の魔術師であるオリバー様は、国王陛下に直接、挨拶できる。魔術師には平民出身も多く、そういった人は伴侶も平民が多い。
オリバー様に付き添っていけば、目立つことなく謁見できるというわけだ。
「互いに異性の心配はしなくて良い。寧ろ、面倒を避けるべく、一目見てわかる服を仕立てておくか」
「間に合います?」
夜会前の忙しい時間、二ヶ月で仕立ててくれる宛てがあるのだろうか。
「名は売れていないが、腕の良い仕立て屋がいてな」
事前に話は通しておくから、次の休み、つまり三日後に行こうと提案されたのだった。
次回は来週末に更新予定です。




