みんなと一緒に藁ベッド
説明を読み終わったところで、わかったことが幾つかある。スキルは使用することで成長し、大元となっている女神の加護が成長することで新たなスキルが増える可能性があるということだ。
簡単に言えば、女神の加護が私個人のレベルで、それとは別に各スキルに熟練度があるということだろう。
「なら、私も少し、昼寝しようかしら……」
スキルは、使えば使うほど成長する。『安眠の加護』は眠っている間、発動し続けるので、昼寝をしている間に少しは成長するかもしれない。
もう一度、『睡眠状況確認[現在]』でミアちゃんとノアくんの様子を確認する。幸い、2人とも良く眠っているようで、私が隣で寝ていても、暫く起きることはなさそうだ。
「流石に、スキルの力で声がしても起きないってことは、ないわよね……?」
問題は、『安眠の加護』が安眠のために音を遮断する効果があるかどうか、だが。不安に思っていると、視界の端に新たな説明文が現れる。
「えっと、使用者が不要な音だけを遮断する……。つまり、2人の泣き声で起きようと思っていれば、音に気付いて起きられるのね」
自動で必要な音を選択してくれる高性能ノイズキャンセラーである。このスキルがあれば、寝ている時の室外機の音も虫の声も気にならないだろう。この世界に室外機はないけれど。
それでは、早速。敷き詰めた藁の上にシーツを引いただけのベッドに寝転がる。寝相は悪くないが、2人を潰さないような、端に移動しておく。
こんなにベッドが変わって、本当に寝れるのかな、という疑いは、瞬く間に消えていった。
「スキルって……、すごい……」
横になるや否や、とろり、と瞼が落ちていく感覚。小さなあくびが出れば、もう眠気を感じていることは確かで。段々と余計なことが頭から遠ざかっていき、そして、私はそのまま眠りについた。
◇
お昼寝から暫く、薪割りを終えたジャックくんに案内され、今日からお世話になることを伝えて一緒に夕食を摂り、私と子供たちは孤児院に戻ってきた。
教会や孤児院に訪れる人の過去について、詮索されることは殆どないらしい。私も名前を言っただけで特に何も聞かれなかった。
とはいえ、共同生活を送る上で互いを知ることは重要だ。そう判断したのか、ジャックくんは部屋に戻ると私を他の子達と向き合わせ、言った。
「改めてお互いに紹介しておこう。ユイ、歳が上から順に、クロエ」
「クロエ、12歳よ」
少し癖のある茶髪を二つに分けて束ねている女の子がクロエちゃん。12歳なので背は私より低いが、とても落ち着いている印象を受ける。
「次、エマ」
「エマは、洗礼から、2年」
頭に大きなリボンを付けている女の子がエマちゃん。洗礼は6歳で受けるはずなので、現在は8歳なのだろう。人見知りなのか、じっとクロエちゃんの影から私を見てきている。
「ミアとノアは洗礼前なんだ」
歳は2歳くらいだろうか。お昼寝が足りているからか、比較的機嫌のいい2人は、私が微笑むと金の髪を揺らして2人同時に首を傾げながら笑った。
「で、新入りのユイ。基本、ミアとノアの面倒見てもらう」
「ユイです、よろしくお願いします」
頭を下げて言うと、クロエちゃんは軽い礼を返してくれた。エマちゃんは変わらずクロエちゃんの服の裾を握って警戒中である。仲良くなれるといいのだが、暫くは難しいかもしれない。
「ユイは寝かしつけるのが上手いんだ。だから、クロエは今日からゆっくり眠れるぞ」
「そう? ミアもノアも最近は泣かないから、大丈夫なのに」
突然の発言に、クロエちゃんは少し戸惑っているようだった。ジャックくんをじっと見つめ、発言の真意を伺っているように見える。
「泣くかもしれないって思ってるのと、そうじゃないのだと大違いだろ」
「ジャックは心配症ね」
クロエちゃんの揶揄うような口調に、ジャックくんは唇を尖らせた。
「別に。他のやつが元気でいられるようにするのも、リーダーの仕事だからな」
言葉は冷たいが、照れ隠しなのは一目瞭然である。クロエちゃんがニコニコとしているので、ジャックくんは更に捲し立てた。
「ミアとノアも結構懐いてるみたいだし、ユイなら大丈夫だから」
だよな、とジャックくんが2人に確認をとる。こくり、と小さな頭が頷く。
「なら、今日からよろしくね、ユイ」
「よろしくお願いします、クロエちゃん」
問題は、起きなくてもいいと頭が理解しても、染みついた習慣がどれだけ影響しているのかである。しかし、これに関しては実際に夜にならないとわからない。
「明日も朝から手伝いがあるし、さっさと寝るか」
ジャックくんも同じ意見なのだろう。眠れなかった時のことを考えて、早めに体を休ませる方針のようだ。
リーダーに促され、全員がベッドへと移動する。孤児院にあるベッドは一つだ。中世ヨーロッパの平民も家族で雑魚寝していたらしい。ここは異世界だが、文化洋式は近いのだろう。
「ユイは端の方でいいか?」
「わかったわ」
端といっても、かなり大きなベッドなので、6人横になっても落ちる心配はなさそうだ。指示された側のベッドサイドに腰掛ける。
「クロエはオレの方な」
「変えすぎじゃない?」
「ミアとノアがユイの近くじゃないと、意味ないからな」
順番は、扉側の端からジャックくん、エマちゃん、クロエちゃん、ミアちゃん、ノアくん、私という並びだ。
クロエちゃんを真ん中にしたのは、夜中に外に出て行かないようにだろう。
「よし、ユイ、頼んでたやつ、よろしく」
「ええ」
「頼んでた、やつ?」
「なんのこと?」
エマちゃんとクロエちゃんは何も聞いていないので、疑問に思うのは当然である。ジャックくんは良いから早く横になれ、と言いつつも説明をする。
「ユイの子守唄、凄い上手いんだよ」
何言ってるかはわからないけど。そう付け足すと、クロエちゃんは呆れたように溜息を吐いた。
「それってどうなの……」
「私の故郷の言葉だから、聞き取れないのは仕方ないよ」
それに、子守唄は真面目に聞くものでもない気がする。寝てもらうために歌うものなので。
「ほら、寝るぞ。目、閉じろ」
ジャックくんの期待に応えるべく、全力でスキルを使わせてもらおう。視界の端にスキル一覧が表示されていることを確認してから、小さく息を吸う。
「『ねんねんころりよ、おころりよ』」
『子守唄』を使いながら、『睡眠状況確認[現在]』を併用して、子供達の様子を見る。お昼寝同様、ミアちゃんとノアくんは既に『深睡眠』状態になっているようだ。
うとうとし始めているところなのか、ジャックくんとエマちゃんも『入眠』状態になっている。
「『ぼうやは、よいこだ。ねんねしな』」
続けて歌えば、『入眠』から『軽睡眠』、『深睡眠』へと状態が変わっていくことが確認できる。
「…………取り敢えず、全員、よく寝てるみたいね」
クロエちゃんは緊張していたのか、中々『覚醒』状態から変化しなかったが、子守唄が終わる頃には他の子同様、『深睡眠』状態になっていた。
「後は、途中で起きないならいいけれど」
ジャックくんから聞いた内容からすると、クロエちゃんは寝つきが悪い訳ではないことは予想できていた。今はしっかり眠れているので、後は朝まで起きなければ問題は解決だ。
「一応、クロエちゃんが起きたら気付くようにして」
『安眠の加護』スキルで、子供達が起きた時は気付けるように、朝の鐘の音で起きられるようにしておく。目覚ましの音を聞き逃さないと言うのは、大変便利なスキルである。
「おやすみなさい」
今日は、いきなり異世界に来て、スキルを手に入れて、教会で過ごすことになって、と色々起こって大変だった。
昼寝はしたものの、疲れていることに変わりはなく。私は目を閉じ、心地よい眠りに身を任せたのだった。
◇
「ん……」
小さな、声。誰かが動いたことによる、藁が音を立てている。徐々に、意識が浮上していく。
「ミア……、ノア……」
クロエちゃんの声だ。声の位置は、少し高い場所にある。体を起こしているのだろう。ゆっくりと目を開ける。まだ目が慣れていないのか、ぼんやりとしたシルエットしか見えない。
「ねてる……?」
2人を見て、ほっと息を吐くクロエちゃん。しかし、その声はどこか不安気に聞こえる。あまり音を立てないように、ゆっくりと体を起こす。
「クロエちゃん」
「ユイ? おきてたの?」
声を掛けると、クロエちゃんは上擦った声で返事をした。驚かせてごめんね、と謝り、できるだけ穏やかな声音で話す。
「起きたのは今だよ。眠れないの?」
「そういうわけじゃ、ないの。ユイのおかげで、よく眠れてた」
いつもより、しっかりと寝た感覚はあるらしい。子守唄の効果がなかった訳ではないようだ。
「でも、ミアとノアが、泣いてる気がして」
泣き声が聞こえて気がして、一気に目が覚めたのだという。一応確認してみるが、ミアちゃんもノアくんも『深睡眠』状態のままだ。
「2人は大丈夫、よく寝てるよ」
そう告げると、あのね、と震える声で、クロエちゃんが言う。
「何回も何回も、夜に起きちゃうの。明日、眠くなっちゃうから、ダメなのに」
ジャックくんも心配していたが、やはり、本人も気にしていたようだ。だが、眠れないことを思い詰めるのは、逆に良くない。
安心できるように、クロエちゃんの手を握って、ゆっくり優しく伝える。
「駄目じゃないよ」
「え?」
「目が覚めるのは、クロエちゃんが、それだけ2人のことを大事に思ってるからだから」
途中で目が覚めて、翌日眠くなってしまうのは悪い事ではなく、困っている事だ。
2人が泣いているように思ってしまうのは、それだけ2人を心配しているから。それだけ、クロエちゃんが優しいからだ。
「でも、仕事中に眠くなるのは、よくないことでしよ?」
「それはそうだけど、何回か起きても、体を横にしてるだけで疲れは取れるから」
眠れない時は、無理に寝ようとせずに、横になって目を閉じるだけで効果はある。気にせず、穏やかな気持ちでいることが寝るための近道だ。
「なら、なんで……」
ぎゅ、と握っていた手を握り返される。日中に眠くなってしまうことを気にしているのだろう。クロエちゃんは、かなり責任感が強いようだ。
「説明は少し難しいけれど、考えすぎると頭が休まらないの。だから疲れている感じが残ってしまうのかも」
そう、と返事する声は暗い。恐らく、横になっても心配事が頭に浮かんでしまうのだろう。
それなら、いっそのこと、寝ずに体を起こしておいた方がいいかもしれない。
「2人が心配なら、今日は朝まで様子見てみる? 明日の仕事なら、私が手伝うから」
眠れないのにベッドにいると、徐々に頭がベッドを寝る場所と認識しなくなる。どうしても眠れそうにないなら、椅子に移動して眠くなるまで待ったほうがいいだろう。
2人の様子が気になるのなら、一度、朝まで見守ってみれば安心するかもしれない。そう思って、クロエちゃんに提案してみる。
「………ううん。2人は、多分、起きないから」
少しの間の後、返ってきた声は、先程に比べて随分と落ち着いていた。
「ユイ」
どうしたの、と問い掛ければ、可愛らしいお願いをされた。
「子守唄、歌ってもらえる? それなら、寝れるかもしれないから」
「任せて」
目が覚めるたび、何回でも歌ってあげよう。起きたら私を、遠慮なく起こせばいい。そんな気持ちを込めて返事をすると、暗がりの中、クロエちゃんが笑った気がした。
「手、繋いだままでもいい?」
「繋いでいてくれると、私も嬉しいな」
どうか、私の『安眠の加護』が、少しでもクロエちゃんの眠りも守ってくれますように。暖かくなってきた小さな手を握ったまま、再び体を横にする。
「今度は、烏の歌にしようね」
クロエちゃんが眠りにつくまで、私は歌をやめなかった。
次回は来週末に更新予定です。