行動力
「あのね、わたし、あいてのかたを、しらないの」
「知らない、というのは……」
「まおうのむすこ、ときいてはいるわ。でも、なんさいなのか、なにがすきか、しらないもの」
現時点で、魔王の息子との婚姻は、親書によって提案されただけだ。当然、魔王やその息子が城を訪れたことも無ければ、姫様が直接会ったこともないだろう。
姫様の婚約相手である魔王の息子については、嫡男であること以外の情報は与えられていないのだそうだ。
「国王陛下は……」
「おとうさまは、なにもおしえてくれないもの」
お返事はしたみたいだけど、と姫様は下を向いてしまった。姫様の事を思って情報を与えていないのか、それとも、教えるつもりがないのか。
国王陛下の意図が読めない以上、余計なことは言わない方が良いだろう。それにしても、年齢くらいは教えてもいいと思うけれど。
そんなことを考えていると、姫様は、大人びた表情を浮かべ、言った。
「あのね、わたし、けっこんは、しかたないとおもっているのよ」
一国の姫ですもの。たどたどしい発音だが、その声には確かに王族としての覚悟が感じられた。
王族として、恵まれた生活をできている代わりに、国のために結婚をするのが仕事だと。幼いながら理解しているのだ。
「でも、どんなひとかは、しりたいでしょう?」
好きな色や、食べ物がわかれば、きっと仲良くできるはず。今迄、仲良くなかったのなら尚更、仲良くなるため頑張るべき。姫様の言い分は正しい。
「そうですね。私も、相手の事は良く知ったうえで、結婚したいと思います」
「ユイも、そう思ってくれるのね。でも、どうしたらいいのか、わからなくて」
日中、身の回りの世話をしてくれる侍女たちの前では、婚約の話題は出しにくいそうだ。
彼女たちは、姫様に使える侍女である前に貴族女性だ。相手の事を知らないまま親が決めた相手と結婚、ということも良くある話。
一度相談してみたが、姫様が心配することはございません。陛下が取り計らってくださいますよ。など、ありきたりな言葉しか返ってこなかったそうだ。
貴族女性として、正しい回答である。例え、結婚相手と噛み合わないところがあっても、優雅に微笑み押し殺す。それがあるべき姿なのだろう。
だが、姫様は。
「わたしじしんが、なかよくなりたいって、つたえたいの」
まだ、幼いからか。それとも、生来の性質か。ただ受け入れるだけでなく、自身で行動を起こしたいという。
成程、宮全体を自分の好きな色に塗り替えるだけはある。行動力と、確かな芯を持っている。
主張しない女性が尊ばれるなら、お転婆だと頭を悩まされるだろうが。現代日本の感覚が抜けない私からすると、姫様の強さは眩しく感じる。
「…………とても、素敵なお考えだと思います。ところで姫様。私の予想なのですが、姫様は既に、仲良くなる方法を幾つかお考えなのでは?」
「……ええ、そうよ」
どうしてわかったの、と目を丸くする姫様に微笑む。婚約を受け入れている姫様が、考えなしに動くことはないと思ったからである。
「まずは、姫様のお考えを聞き、そこから広げていきたいと思います」
姫様自身が考えた方法である、ということが何より大切だ。誠意が伝わる相手なら、姫様の努力を無碍にはしないだろう。
「まずはね、おちゃかいをしようとおもったの」
姫様はまだ、夜会に参加できない。誰かと交流するなら茶会になる。自然な発想だ。
「でも、しょうたいするのは、たいへんでしょう?」
「そうですね。魔族と人間は、住む場所が違いますので、気軽には来られないかと」
それと、今迄の関係が良くなかったのなら、飲食を伴う場は危険だろう。
姫様は仲良くなりたいと思っていても、そうではない者も城にはいるはずだ。
「あとは、プレゼント。でも、すきなものを、しらないわ」
「でしたら、最初に好きなものを調べる必要がありますね」
「そうなると、てがみをかくのがいいのだけれど……」
「どうやって送るのか、という問題が起こるのですね」
魔族側から親書が送られてきた時は、突然手紙が現れたと言っていた。国王陛下も返事をしたと言っていたので、その時は魔術師が返送したのだろう。
魔術宮に対して伝手を持っていない姫様は、自分で手紙を送ることはできない。
「…………ええ。よなか、おとうさまのてがみに、まぜようとおもったけれど」
と、いうことは。
「夜中に歩いていたのは……」
「おとうさまのところに、いこうとおもったの」
警備は万全だ。幾ら姫様とはいえ、国王陛下の執務室に忍び込むことはできない。
そして、手紙を混ぜることは良くないと思っていたから、使用人たちに声を掛けられても誤魔化したのだという。
これで夢遊病の疑いは晴れた。問題は、どうやって手紙を送るのか、それだけだが。
「…………ねぇ、ユイ」
姫様は、ちらりと扉の方を見てから、私の手を取った。
「おねがいがあるのだけど、いい?」
ガタン。誰かが扉にぶつかった音がした。
次回は来週末に更新予定です。




