内緒の話
一か八かの提案である。オリバー様ならともかく、身分もない、初対面の私と二人きりになど、警備上不可能だろう。
姫様が頷かなければ、絶対に実現しない提案だ。じっと向けられる、サファイアの瞳を見つめ返す。
一秒。二秒。見つめ合っていると、姫様は金の髪を揺らして、天使のように微笑んだ。
「いいわよ」
「姫様、ですが……」
侍女長の懸念はもっともだ。私も二人きりは良くないとわかっている。
しかし。今回は、私だけでなければいけないのだ。
「なにか、かんがえがあるのよね?」
「はい」
侍女長やオリバー様といった、きちんと事情を理解している人がいない方が、話せることがある。
国の情勢にも、魔術にも疎い、完全な部外者である私にだけ、話せることが。
「いいわよね?」
「……畏まりました」
姫様に直接命じられれば断れない。中が見えるよう、扉を開けておくことを条件に、侍女長は退室を受け入れた。
姿は見えるが、声を潜めれば聞こえない。お互いに安心できる距離だ。
「では、オリバー様も……」
「待て。私もか?」
「はい」
話しやすいように、と侍女長にも退室してもらうのに、オリバー様が残っていたら意味がない。
しかし、オリバー様は納得がいかないのか、眉間の皺を深くした。
「だが……」
いつもより低い声。しかし、それを遮るように、姫様が大袈裟な溜息を吐いた。
「マナーはきにしないわ。きてもらっているのだもの」
「……失礼しました」
オリバー様がカタン、と椅子を揺らして退室する。きちんと部屋から出て、それでも隙間から此方を窺う姿を見て、姫様は肩をすくめて見せた。
「まったく。オリバーはしんぱいしょうね」
私の礼儀作法が不十分なのは事実なので、否定はできず曖昧に首を振る。
「それで、はなしってなに?」
本題を切り出した姫様に、私はできるだけ柔らかい笑顔を作った。人差し指を口元に当て、声を潜める。
「はい。姫様と、内緒話をしようかと」
「…………わたしに、ひみつなんて」
姫様は、ぎゅ、とドレスの裾を握った。何も悪いことはしていない、と眉を下げる姫様に、責めている訳ではありませんよと告げる。
「姫様の周りには常に人がいらっしゃるので、隠れて行動は難しいでしょう」
身分上、姫様が完全に一人になる時間は殆どない。密かに、隠れて行動していないかとは、誰も疑うことはないだろう。
「心の中まで見える人は、いませんから」
私がしたい、内緒話は。姫様が和平協定をどう思っているのか、だ。
今まで話した限り、姫様は眠れないことは気にしていても、婚約に関しては特に反応していない。
本当に興味がないからか、それとも感情を隠しているからか。それを確認したい。
「姫様。実はですね、私、この歳になっても婚約者がいないのです」
姫様が丸い目を見開いた。その瞳には驚きと、そして心配の色が浮かんでいる。
「そう、なの? でも、ユイは、おとな、なのよね?」
この国では十六歳前後で結婚する。王族であればさらに若く、十四歳という事例も珍しくはない。
婚約者が決まるのは、十代に入る前。高位貴族なら生まれる前から相手が決まっていることも当たり前だ。
「はい。少々事情があり、二十歳を超えてしまったのです」
内緒にしてくださいね、と言えば、コクコクと頷かれる。姫様からすれば、重大な人生相談に思えるだろう。
「なにか、わたしにできることはある?」
心配そうに尋ねてくる姫様に、私はそれでは、と口を開く。
「姫様は、ご自身の婚約を、どう思っていらっしゃいますか?」
「どう、って……」
多分、姫様は、婚約に関して自分の意見を言ってはいけないと思っている。貴族令嬢の模範となる王族として、そう育てられているのだろう。
だから、言い方を考える。
「先程お伝えしたように、私には婚約者もいませんから。参考として、姫様が感じた些細なことも教えて頂きたいのです」
「そうなの?」
「はい。姫様の方が、詳しいので。お願いできませんか?」
そう言えば、姫様はにっこり笑って、胸に手を当てた。
「そんなにいうなら、しかたないわね」
ないしょのはなしよ、と姫様はそっと私の耳元に顔を寄せた。
次回は来週末に更新予定です。




