親書
「魔族との婚姻、ですか……?」
「ええ。今迄争い続けてきた魔族と、など言われても信じられない気持ちは理解できます」
以前、神父様から話を聞いた時は、魔族との戦いに巻き込まれるかもしれないと言われていた。なので、婚姻という言葉がすぐには頭に入ってこなかった。
それはオリバー様も同じようで、少し面食らったような顔をしている。髪をあげていると表情が分かりやすくて話しやすいな、と思っていると、オリバー様が硬い声で侍女長に尋ねる。
「基本的に決着が付かない以上、膠着状態が続くものだと思っていたが」
魔族の住む土地は自然環境は過酷で肉食の動物も多い過酷な環境だ。そこで生き残ってきた種族であるため、人間と比較すると魔族の方が戦闘能力が圧倒的に高い。
しかし、過酷な環境故に魔族は食糧難に陥りやすく、人間の土地を目的に攻め込んでくる。数で優位とはいえ、人間は全てが戦えるわけではない。魔族の方針はある意味合理的なのだ。
だが、魔族の侵略は成功したことが無い。なぜなら、人間が追い詰められれば、必ず戦いに適した加護を持つ人間たちが現れ、魔王を倒すからだ。
統率者であり、最も強い存在を失えば魔族もそれ以上戦いを続けることは無い。人間も身をくらませた魔族を倒しきる程の戦力は無い。そして魔族の数が増えると再び食糧難に陥り、人間を襲う。
こうして、二種族間の争いは決着がつくことなく続いてきたのだろう。
「ですが、我々としては魔族と争いたいわけでありません」
魔族と戦うとなると、人間側は魔族側以上の犠牲が出ることになる。人間が魔族と同じ土地で暮らせるわけでもないので、積極的に争う理由は無い。
しかし、魔族側に人間の事情が通じるわけではなく。次の襲撃に備え続ける必要がある。
「そんな時に、魔族側から親書が届いたのです」
今迄、魔族が人間を襲う時は宣戦布告も何もなかったため、受け取った時、王宮は大混乱だったらしい。戦うなら、不意打ちの方が効果的だ。
わざわざ手紙を送ってきた意味は何だ、と呪いが掛けられていないか調べたり、かなり忙しくなったようだ。
「いつですか」
「五ヵ月前です」
オリバー様が眉間でつまんでそう言うことか、と低く唸った。その時期から仕事が忙しくなっていたのだろう。
呪いが掛けられていないことを確認したのち、親書を読んだ国王と側近たちは、さらなる混乱に陥ることになった。その書かれていた内容こそが。
「二種族間で和平協定を結びたい。その証として、魔王の息子を姫様の婿に出す、と」
日本で言えば、戦国時代の同盟などでよく使われた手法である。勿論、婚姻関係を結ぶことで関係を深めるという意味もあるが、人質として差し出す、という意味もある。
「相手は嫡男なのか?」
「そのようです」
「魔族側の状況がわからない以上、なんとも言えないな」
「はい。姫様には兄君もいらっしゃいますので……」
オリバー様と侍女長の会話を聞いていると、本気で和平交渉を結びたいのか、切り捨てる前提を人質を送り油断させたいのか、王族と結婚することで乗っ取りを考えているのか。
婿を出す、という行為に、様々な思惑が絡んでいることがわかる。そんな中、お姫様に夢遊病の症状がでてしまった、と言うことだろう。
「症状を聞く限り、呪いだと思うが……」
この世界では、夢遊病の症状は、呪いによるものが多いらしい。他人からの強い悪意も、呪いによって引き起こされる現象もどちらもストレスになる。そう考えれば、呪いが原因だと判断するのも納得だ。
「それが、痕跡はないとのことで……」
「あの人が間違えるとも思えない。事実だろうな」
多分、調査したのは序列第一位の魔術師なのだろう。つまり、呪いが掛けられていないことは確実。
ならば、原因はお姫様の心にありそうだ。私は、婚姻の話が出てから一度も口を開いていないお姫様を見て、言った。
「…………あの、少し、姫様と二人で話すことはできないでしょうか」
次回は来週末に更新予定です。




