侍女の説明
こほん、と咳払いの音に振り返ると、宮に入って最初に出会った侍女が立っていた。
「自信満々に言っておりますが、姫様は詳しい状況をご存知ないでしょう」
「でも、わたしのことよ」
ひとまず、お座りください。侍女に指し示された先には、部屋の雰囲気によくあったテーブルと四脚の椅子。
お姫様が一番奥の椅子へと向かうのを確認してから、私は対角にある扉に近い椅子へ腰掛けた。
オリバー様は私の隣、お姫様の向かい側に座る。侍女は人数分のお茶を準備をしてから、私の向かいに腰を下ろした。
「貴女は……」
「今回、特別に同席させていただきます。侍女長のマリアです」
オリバー様には事前に伝えていたらしい。隣で小さく頷いている。侍女長は女性使用人の纏め役で、お姫様の乳母役も兼ねているらしい。
眠っている間のことは自分ではわからないものだし、普段世話をしている人から話を聞けるのはありがたい。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
挨拶をしたところで、何から聞くべきか考える。相手は幼いとはいえ王族。失礼にならないように気を付けなければ、と作法を確認すべくオリバー様の方を見た、のだが。
オリバー様は、出されたお茶に口を付けることなく、本題を切り出した。
「詳しい状況というのは?」
いいのだろうか。私は思わず身を固くした。しかし、お姫様は特に気にした様子はなく、ちらりと侍女長に視線をやって促した。
「はい。およそ、三ヶ月前からでしょうか。就寝中の姫様の様子に、異変が起こり始めたのです」
少し、引っ掛かる言い方だ。眠れていない、ではなく、就寝中の様子がおかしい、とは。
「眠れていない訳ではないのですか?」
「ちゃんとねてるわ」
「本人には自覚なし、ですか」
オリバー様も同じことが気になったようで、侍女長とお姫様に確認するが、二人揃って首を横に振る。本人の感覚でも、他人が見ても眠っていることは確かなようだ。
私も、スキルを使ってお姫様の睡眠時間を確認すると、おおよそ申告通りの時間で眠っていることがわかる。
「…………確かに、睡眠時間は十分そうです」
「どうした?」
睡眠時間は十分。そして、眠った直後はしっかり深い睡眠になっている。今迄の相談者たちとは違い、そもそも眠れていなかったり、睡眠の質が良くないということはなさそうだ。
「いえ、しっかりと眠っていらっしゃるな、と。姫様、起きた時に体が痛いなどの症状はありますか?」
睡眠の時間と質に問題が無いのなら、次は姿勢だろうか。異変、と言うくらいなので、寝相が悪いのかもしれない。
睡眠の質に大きく影響を与えるほどではないが、無意識に姿勢を変えているなら、寝具を変えれば解消する可能性はある。
そう考えたのだが、お姫様は少し考えてから、首を傾げた。
「んー、とくにない、かしら」
これも違うか、と肩を落としそうになった時。眉を下げた侍女長が、お姫様を見ながら言った。
「そんな筈はありません。夜中、あれだけ動き回っているのですから」
「待て。それは、眠っている間に動いているという事か?」
「はい。私も、他にも見かけた使用人は多くいます。声をかけても反応はなく、翌朝確認しても姫様は何も覚えていないと仰って……」
その瞬間、私の脳裏に浮かび上がってきたのは、ヨーロッパの山岳地帯に住む少女が主人公の、懐かしのアニメ。その中で、山から離れた少女にも起こった出来事。
夢遊病。専門ではないので詳しくは無いが、子供に多い症状だったはずだ。名前の通り、眠っている間に歩いたり着替えたりすることがあるらしい。
某アニメでは、ストレスが原因だったが、この場合はどうだろう。
「あの、もしかして……」
最近、強いストレスが掛かることが無かったか。そう、尋ねようとした、のだが。
「やはりこれは、魔族と婚姻することになったことが原因なのでしょうか」
侍女長の口から飛び出た、予想外の言葉に私は目を丸くした。
次回は来週末に更新予定です。




