身支度
侍女に連れられた私が向かったのは、風呂場だった。此処も所々にパステルカラーが散りばめられており、随分と可愛らしいデザインだった。
そこで私は全身を洗われかけて必死に断り、背中だけ流してもらうことになった。
精神的に疲れる入浴を終えたかと思えば、次はマッサージや保湿が始まり、身動きが取れないまま暫く。
やっと立ち上がることを許可されたのだが、目の前には若葉色のドレスを手に持った侍女。
「あ、あの、これは……」
先程まで着ていたワンピースとは、手触りが違う。刺繍やレースの数も多い。とても上品なデザインなのだが、シルエットはふんわりとしていて、可愛らしい印象を受ける。
どう見ても高級そうなドレスを借りるのは気が引ける。そう思って侍女に視線を送ってみたが、心は通じず微笑みを返されただけだった。
「お気になさらず。これらは宮に常備してある物ですから」
「そう、なのですか」
有無を言わさぬ笑みに諦めて従うことにすると、別の侍女が手に何かを持って戻って来た。
「それは……?」
「コルセットです」
コルセット。ドレスなどを着る際に使う、ウエストを細く見せるためのもの。中世貴族女性の必需品とも言えるアイテムだ。
コルセット自体のデザインも良いので、ファッションとして身に付ける人もいるようなものだが、私が使ったことはない。
「ユイ様が先程までお召しになっていたワンピースには、使っていないようでしたので」
「そう、ですね。基本的に着替えは一人でしているので……」
きちんと絞めるのは難しいという理由が一つ。そもそも、コルセットが必要な服装をしないことが一つ。そして、最大の理由は、純粋にコルセットを使うと圧迫されて苦しいからである。
加減すれば良いのだろうが、やはり使うだけで若干苦しいし、そもそもタイトな服装よりも、ゆったりとしたデザインの方が好きなのだ。
そのため、コルセットの存在自体知っていても、今迄触れることなく過ごしてきたのだが。
「ご安心を。私どもが着付け致しますので」
どう考えても断れそうな雰囲気ではない。あちらに手をどうぞ、と示された先には掴まるための手すり。
容赦なく絞められることは間違い無いだろう。
「…………よろしくお願いします」
結局、お手柔らかにお願いしますと言う勇気は出なかった。
◇
内臓がひっくり返りそうな程にコルセットを絞められ、自分なら絶対に選ばないプリンセスラインのドレスに袖を通す。
服装に合うように化粧をしてもらい、髪を丁寧に纏め、見えない箇所に幾つか装飾品も付けられる。
仕上げに、甘いバニラの香水を付けられ、身支度が終わる頃に聞こえてきたのは鐘の音。
午前六時の朝の鐘ではない。これは仕事始め、午前九時を知らせる鐘だ。
三時間半も身支度をしていたのか、と少々驚いたが、侍女たちは微笑んで互いにアイコンタクトを取るだけだ。
「丁度いい時間ですね」
「ローレル卿の準備も終わっているでしょうから、姫様にお声を掛けて頂戴」
姫様。宮の内装から予想はしていたが、此処は王女様が暮らす宮なのだろう。
調度品や使用人たちの服装から考えると、まだ幼いのだろう。何らかの原因で眠れなくなって私が呼ばれたのだろうか。
仕事で来たのだから、しっかりしなくては。深呼吸して、気合いを入れ直す。
「あの、姫様について、お聞きしたいのですが……」
本人が睡眠不足について自覚できていない可能性を考慮して、前もって侍女から情報を聞いておいた方が良いだろう。
最近の変化。普段の生活リズムや、食事、睡眠環境。確認することは多い。
そう思って声を掛けたが。
「まあ、ローレル卿!!」
「驚きましたわ」
私の声は、年若い侍女たちの色めいた歓声に掻き消された。
オリバー様が支度を終えて合流したようだが、どうして歓声が上がるのか。振り返ると、そこにいたのは。
「…………オリバー様?」
少し癖のある緑の髪をオールバックにした、輝く金の眼をした青年だった。
次回は来週末に更新予定です。




