パステル色の宮
コンコンコン、とノックの音が部屋に響いて、ぱちりと目を覚ます。徐々に鮮明になっていく視界の中に時計を捉える。
「……四時半?」
朝は早いと言われていたが、もう起きる時間なのだろうか。時間を聞き忘れていたので、オリバー様が眠れなくて来たのか判断がつかない。
「ユイ、すまない。起きているか?」
「はい」
髪を手櫛で簡単に整え扉を開けると、既にローブに着替えたオリバー様が立っていた。
「そろそろ、移動しようと思う」
「えっと、着替えるので少々お待ち頂いても?」
このままでは流石に外には出られない。ワンピースに着替えて、化粧もしなくては。
「問題ない」
オリバー様が言うなり、緑色の光が私の体を包む。突然の明かりに目を細めると、光が収まると同時に足元がすうと冷える感覚。
「これは……」
「基本的な魔法の一種だ」
これでいいか、と見た目を確認するよう指示され、全身鏡の前に立つ。
着る予定だったワンピースに、以前と全く同じ化粧。先程まで着ていた室内着は、ベットの上に畳んで置いてある。
一瞬のドレスアップに、魔法使いのようだと感動する。本当に、魔法のある世界なのだと今更ながらに実感した。
「すごい……」
「見たことがある姿にしかできないが」
十分に便利な魔法である。ワンピースが掛かっていたハンガーをクローゼットに戻し、鞄を持つ。
アイマスクにアロマキャンドル、後は精油を何種類か入れてある。ある程度の物は現地で作れるはずだ。
「そろそろ行こう」
「はい」
オリバー様に促され、まだ暗い屋敷の外に出る。既に馬車は到着しているようで、御者台に灯りが灯っていた。
「ローレル卿、お待ちしておりました」
「よろしく頼む」
御者と短く言葉を交わすと、ゆっくり馬車が動き出す。静かな街並みに、車輪の音が響いて聞こえた。
◇
「到着いたしました」
御者に声を掛けられ、顔を上げる。朝早いせいか、随分と長く馬車に揺られていた気がする。
「ノックは不要です。中にお入りください」
「……そうか」
それだけ言って、御者は早々に去っていく。オリバー様は大きな溜め息を吐き、無言でドアノブに手を掛ける。
チリンチリン、と可愛らしい鈴の音と共に視界に入って来た光景は、どう表現するべきか。
事実だけを述べると、パステルピンクに支配された空間だった。
「…………えっと?」
本当に、此処は王宮なのだろうか。あまりにファンシーな光景に困惑している間に、鈴の音を聞きつけたのか、足音が近付いてくる。
ラムネ色の服を着た執事と、ストロベリーピンクの服を着た侍女。嫌な予感がしてオリバー様を見る。
「…………はぁ。やはり駄目か」
オリバー様は深々と溜息を吐き、ぼうっと天井を見上げている。もしかして、昨日服装について言っていたのは。
尋ねるよりも先に、笑顔の侍女に腕を取られた。近づくと仄かに甘い香り。見た目と同じ、イチゴだろうか。
「お待ちしておりました、ユイ様。どうぞ、此方にお越しください」
まずは湯浴みからですね、と告げられ、断るべきか視線を彷徨わせる。少し濃いめのピンクの床に、ワンピースの深緑色がやけに浮いて見えた。
しかし、視界の端のオリバー様は、私と同様、執事に腕を取られ反対側へと移動し始めているところだ。
「……諦めて任せる以外ない」
それだけ言って、扉の向こうへ姿が消える。可愛らしいクリーム色の扉だが、その音は随分重々しいもので。扉を閉めた振動が、こちらまで伝わってきた気がする。
「さ、こちらです」
時間は十分ありますからね、と微笑む侍女の背後に見える時計は、午前5時半を指し示していた。




