緊急案件
翌日。子守唄や安眠の加護の効果もあり、しっかり七時間睡眠をとれたオリバー様は、普段より気合の入った様子で出勤していった。
王宮側も急いでいたのか、その日のうちに交渉の場は設けられたらしい。明日の準備も終わったところで、私は話し合いの結果を聞くことになった。
「結論から言えば、夜会への招待前に一度、王宮に来てもらう必要がある」
「わかりました」
昨日の考え通り、睡眠に関する問題が起こっているのだろう。オリバー様が交渉を希望してすぐ叶えられたことからも、急ぎの案件なのだろうか。
先に一度王宮に訪問したいとは思っていたので、全く問題は無い。ただ、私の加護や、魔術宮と騎士団での活動について知っているかは判断できなかったという。
下手な態度をとって情報を与えないように、気を付ける必要がある。
「訪問の日程は決まっているのですか?」
私は基本的に屋敷から出ることも無いので平気だが、相手の身分が高かったり、忙しい人ならば日程調整が大変だろう。
身分が高い相手なら、普段から王宮に勤めているオリバー様だけでなく部外者の私と会うとなると、警備などの手間も色々とかかりそうだ。
「明日だ」
「えっ」
「明日の、始業直後だ」
思わず聞き返しそうになったが、その前にオリバー様に答えられたので、日程に間違いはなさそうだ。
私の予想より、しがらみの少ない人に呼び出されているのか、それとも他の予定を後回しにするほど逼迫した状況なのか。
睡眠不足は健康に関わるので、前者であることを願うばかりである。
「問題は無いと思って返事をしたが」
「時間は大丈夫です。けれど、服装は、魔術宮に行った時と同じでいいのでしょうか?」
魔術宮に行ったときは、屋敷の中で仕事をする時と同じ普段着である。今回はミュリエル様に招待された時とは違い、お茶会ではなく仕事で行くだけなら問題は無いのかと思ったのだが。
「…………いや、相手が相手だ。服は、そうだな」
普段着では駄目そうなことは理解した。とはいえ私は、教会でもらった服と、オリバー様に雇われた時に支給された服しか持っていない。
「…………大変心苦しいのですが、前回のワンピースをお借りしてもいいでしょうか?」
そろそろ外出の機会も増えてきたので、自分の服を買い揃える必要があるのは理解している。しかし、王宮に行くのが明日の朝となると、今から服を用意するのは難しい。
「……そうだな。それしかないだろう」
「ありがとうございます」
恐らく問題ないだろう、と若干歯切れの悪い言い方だが、無いものは仕方がない。子爵家を訪問するのに問題ないワンピースが微妙な相手って誰なんだろう。単純に王宮のドレスコードが厳しいだけだと信じたい。
色々と気になることはあるが、一応話はまとまったので、後は明日に向けて準備をするだけである。
「では、そろそろ寝室の支度をしてきます」
今日は仕事に加えて、この件に関しての交渉もしてきているので疲れているだろう。また、子守唄と安眠の加護を使って、しっかり眠って貰おう。
そう思って提案したのだが、オリバー様は首を横に振った。
「明日は早い。今日はユイも早めに休んでくれ」
「私には『安眠の加護』があるので、緊張で眠れないということはないですよ?」
どれだけ緊張していても、横になると途端に眠気がやってきて、翌朝起きようと思っていた時間まで熟睡できる。地味だが大変すばらしい加護である。お陰で此方に来てから睡眠不足だと感じたことはない。
なので、明日早めに王宮に向かうのならば、オリバー様こそ休息が重要になるはずだ。説得を試みる者の、オリバー様は声音は硬いままだ。
「幾ら体の疲れは取れても、慣れない場所に行くとなると気疲れするだろう。いいから、早めに休んでくれ」
「……わかりました。お気遣いありがとうございます」
雇い主に強く言われて断れるはずもなく。疑問に思いつつも、私は早めに寝ることにしたのだった。




