暮らす場所とスキル確認
暫くお世話になることが決まったところで、神父様は馴染むなら早い方がいい、と聖堂から裏手に繋がる扉を開けた。生活空間につながっている扉なのだろう。
「案内をさせましょう。今手が空いているのは……」
すると、扉の向こう側から近付く足音が一つ。その音は、少しだけペースを上げて扉の横までやってきて、ぴたりと止まる。
開いた戸の隙間から、緑色の瞳がこちらを覗き込んできた。
「なんだ? 新入りか?」
歳の頃は、15に届かないくらいだろうか。活発そうな少年が、私を見て声を上げた。
「ジャック。言葉遣いには気をつけなさい」
「別にいいだろ」
神父様の注意に口を尖らせながら、ジャックと呼ばれた少年は私をジロリと見てきた。目があったのでニコリと微笑むと、彼は気が抜けたように、ため息を吐いた。
「神父様、孤児院の部屋なら空いてる。クロエとエマもいるから面倒見れるし、広さもそいつくらいなら平気だろ」
「そうですね。貴女はそれでいいですか?」
「はい。ありがとうございます、神父様」
孤児院でも修道女の部屋でも、住めるならば問題はない。野宿よりよっぽどマシである。
それに、1人で生活するよりも、他のこと一緒の方が慣れるのも早くなるだろう。私が頷くと、ジャックくんは顎で奥の部屋を示す。
「じゃあ、こっちに来い。案内してやる」
「はい」
隣に立つと、ジャックくんは私より少し大きかった。私が日本人女性の平均身長よりも低いこともあるが、異世界の子供は結構体格がいいらしい。
少し細いが、しっかりした体つきだ。孤児院の生活は悪いものではないのだろう。
歩きながら考えていると、突然立ち止まったジャックくんにぶつかってしまった。
「ぼうっとするな、危ない」
「ごめんなさい」
「別に怒ってねぇけど」
此処からが孤児院になってる、と扉を差し示される。神父様と修道女の部屋は教会内にあるが、孤児院は裏庭の中に別で建物があるらしい。
「そういえば、新入り、名前は?」
「ユイです」
「ふぅん。言っとくけど、新入りでも仕事はして貰うからな」
他の子供達も何かしら仕事をしているのに、大人である私が働かないわけにはいかない。力強く頷くと、なかなか見どころあるな、とジャックくんは笑う。
「私は何をすればいいの?」
「チビの世話だ。オレは薪割りとかあるし、クロエたちは縫い物の手伝いするから」
「わかったわ」
薪割りはやったことがないし、教会独自の仕事はまだよくわからない。子供のお世話なら、全く知識がないよりも役に立てるだろう。
その子たちは孤児院の部屋の中にいるらしい。ジャックくんは静かにしとけよ、と念を押してから、そっと扉を開いた。
「双子のミアとノアだ」
「寝てるのかしら?」
部屋の奥にある大きなベッドの上に、2人分の影。ピンクの服が女の子のミアちゃん、黄緑の服が男の子のノアくんだと言う。
2、3歳だろうか。確かに、まだ誰かが見守っていないと危険な年齢だろう。今は寝ているので、後で自己紹介をすればいいのだろうか。
そう思っていると、重厚な音が部屋に響いた。
「あら、鐘の音?」
「げ、もう時間か」
教会の鐘の音なのだろう。周囲に時刻を知らせるその音は、敷地内の此処では随分と大きく聞こえる。
当然、大きな音が鳴れば、眠っていた2人が起きないはずもなく。
「う、うぇぇえええん!!」
「じゃっく〜〜!!」
2人は、火がついたように泣き出してしまった。近くにいるジャックくんの声は聞こえていたのだろう。彼の名前を一生懸命呼んでいる。
が、当のジャックくんは。
「し、新入り!! なんとかしてくれ!!」
片手で私の服の裾を掴み、反対の手で2人を指差していた。
「ジャックくんを呼んでいるけれど……」
「オレじゃ無理だ!! クロエじゃないと」
呼ばれてはいるものの、今まで泣き止ませた経験はないらしい。よく知らない私が行っても逆効果かもしれないが、此処は挑戦するしかなさそうだ。
「寝かしつければいいの?」
「頼む」
スキルを、意識する。うっすらと見える『安眠スキル一覧』の一番上に、書かれていた文字をそのまま読み上げる。
「『子守唄』……」
今の状況には、ぴったりなのではなかろうか。少し息を吸い、最も耳に馴染んだ、その唄を口遊む。
「『ねんねんころりよ、おころりよ』」
ゆったりと、柔らかく。安心して眠れるように。2人の頭を撫でながら、大丈夫だよ、と唄で伝える。
「ふ、ふぇ……」
大丈夫、怖くない。だから、安心して眠っていてね。一番の歌詞が終わる頃には、2人の涙は止まり始めて。
「すぅ……」
全て歌い終わる頃には、すっかり眠ってしまっていた。撫でるのをやめても、むずがる様子がないのを確認してから、そっとジャックくんを手招く。
「寝た……。今まで、泣き出したらクロエでも時間が掛かってたのに……」
「よかった……」
ジャックくんがベッドに腰掛け、深く息を吐いた。私も一緒に息を吐いて、顔を見合わせて、小さく笑う。
「ユイ、お前、すごいな」
「ありがとう、ジャックくん」
ジャックくんは大きく伸びをして、背中からベッドに倒れ込んだ。ぽふ、と積まれた藁が軽い音を立てる。
「でも、さっきの歌、なんだ? 聞いたことないぞ」
「私の、故郷の子守唄なの」
「ふーん。何言ってるか、全然わかんなかった」
「そうなの?」
今は普通に会話ができているが、子守唄は違うのだろうか。まあ、歌詞がわかっても文化が違いすぎて馴染みはないだろう。
「でも、なんか落ち着く感じだった。聞いてたらオレまで寝そうだったし」
立ってなかったら寝てたかも、とジャックくんは言うので、やはりスキルの効果は大きいのかもしれない。
「そうだ。ユイ、夜もあれ、歌ってくれよ」
「勿論いいけれど、何かあるの?」
「最近、クロエが、夜中に何回も起きるんだよ。ちょっと前まで、ミアとノアが夜中に泣き出すこと多かったから、クロエが毎回面倒見てくれてたんだ」
ジャックくんの次に年長であるクロエちゃんは、最年少の2人をとても気にかけており、積極的に面倒を見ているという。
「オレは2人が泣いてもすぐには気付けなくって、起きる頃にはクロエが寝かしつけてるんだ」
「そうなのね」
リーダーであるジャックくんも、面倒を見ようという気持ちはあるようだが、子供の泣き声に対しては男性より女性の方が敏感に反応すると言われている。
寝ている時には気付けず、かつ、クロエちゃんと違って泣き止ませることもできないので、2人のことは任せきりになってしまっていたらしい。
「最近は、ミアとノアが泣くことも減ったんだけど、クロエは2人が泣いてたくらいの時間に起きるんだ」
成長に伴い、2人の睡眠時間も長くなってきたので、最近は夜中に泣くことも減ってきた。
しかし、今まで夜中に何度も起きていたからか、クロエちゃんは夜中に何度も目が覚めるようになってしまったらしい。
「オレだけじゃなくて、エマも、修道女のねえさんたちも起きてるところ見かけてさ。昼の手伝いも縫い物とかにしてもらってんだけど、偶に眠そうにしてるって言うし……」
そして、寝ている他の子を起こさないため、眠くなるまで裏庭に出ているという。その姿は偶然起きたジャックくんたちや修道女も見かけるほどで、頻度が高いことがわかる。
「だからさ、頼むよ、ユイ」
夜中でも他の子の面倒を見る優しい子が、睡眠不足に悩んでいることは放って置けない。自分が役に立つかもしれない力を持っているなら、尚更。
「ええ、私のできることはするわ」
「そうか。じゃあ、クロエ達を連れて……」
元気よく扉の方を見てジャックくんは、しまった、と頭を乱暴に掻いた。
「先に仕事があるんだった。ユイは2人のこと見ててくれ」
「わかったわ」
頼まれていた薪割りが終わっていないそうだ。今の時期は暖かいからすぐ終わるから、と慌てて走り出す。
「行ってくる!!」
「いってらっしゃい」
ばたん、と扉が閉まっても、2人が起きる気配はない。ぐっすり眠れているようで何よりだ。
「さて、今のうちに、スキルの確認をしたいけれど……」
1人の時間ができたところで、気になっている安眠スキルについて、確かめてみたいことがある。
「やっぱり、意識してると文字が見えるのね」
頭の中で『安眠スキル』と言葉にすれば、視界の左側に文字列が表示される。
「一覧に載っているのは……、安眠の加護と、睡眠状況確認と、子守唄?」
意識すると、そのスキルの説明文が表示される。安眠の加護、というのは自分に対して常に発動しているスキルで、その名の通り安眠が保証されているらしい。
睡眠状況確認[現在]は、覚醒、入眠、軽睡眠、深睡眠に分けられるようだ。
「ミアちゃんとノアくんは、『深睡眠』状態……」
一方、子守唄の文字の横には入眠サポート、と書いてある。あくまで補助的なものであり、確実に眠らせるほどではないのかもしれない。
「効果があるといいけれど……」
それでも、先ほどジャックくんは眠くなったと言っていたし、わざわざスキルになっているのだ。効果があると信じたい。
「……やってみるしかないわね」
まずは、安眠スキルの理解を深めよう。私は気合を入れて、説明文に目を落とした。
次回は来週末に更新予定です。