力の成長
久しぶりのスキルの成長は、ミュリエル様の発言を裏付けるもので。私は安心して依頼を終えたのだった。
「無事に終わったのか」
馬車でオリバー様の屋敷に戻り、玄関を開ける。すると、馬車の音に気付いていたのか、オリバー様が玄関まで迎えに来てくれていた。
「はい。今日はよく眠れそうだと、喜んでいただけました」
無事に依頼が完了したことを伝えれば、そうか、と小さく頷かれた。礼儀作法や服装についても、特に問題は起こらなかったのは、オリバー様のお陰である。
改めてお礼を言えば、気にしなくていいと首を横に振られる。
「それよりも、今日の話を聞かせて欲しい。何か作ったのか?」
「『抱き枕』を作りました」
「詳しく説明してほしい」
詳しくと言われても、抱き枕はホットアイマスクとは違い、ただの丸めた布の塊である。とはいえ、睡眠補助作用はあるので、睡眠不足に悩むオリバー様は気になるのだろう。
「抱き枕は、その名の通り抱きしめて使う枕です」
何かを抱きしめる行為が人間に及ぼすリラックス作用について、簡単に説明する。
ミュリエル様の名前を伏せつつ、幼少期にテディベアと眠ることについて言及すれば、ある程度裕福な家庭では一般的な風習のようで納得してもらえた。
「確かに、眠りやすくなりそうだな。盲点だった」
「構造が単純すぎるので、付加価値を付けないと商売にはなりませんけれど」
香りを付けたり、素材にこだわったり、ホットアイマスクの技術を流用して内部を温めるような構造にしたり。逆に夏用に、ひんやりしている素材にしたり、そのくらいだろう。
幾つか案を挙げてみると、オリバー様が深々と溜息を吐いた。
「ユイ、それは、アーロン子爵邸で言ったのか?」
「香りを付けてもいい、という話はしましたが……」
温度など、開発契約を結んだ時に確認した内容については、口外していない。
「それならいい。が、できれば、魔術宮に優先で情報提供してくれ」
「気を付けます」
研究する内容は、多ければ多いほどいいらしい。明日にでも、抱き枕についてアッシュ様と話し合うようだ。
「でしたら、オリバー様の抱き枕も作りましょうか」
「予備の寝具は殆どないが」
「いえ、今回はスキルを使います」
ミュリエル様の前では使えなかったが、オリバー様なら問題は無い。安眠アイテム作成スキルは、一度作ったものなら、お金さえあれば材料が無くても作れる。
魔術宮との開発契約で、幾らか手元にお金がある。それらを財布から取り出し、机の上に置く。後は、材料を使って作成したときと同じように、手をかざすだけ。
「『安眠アイテム・抱き枕』」
ふわり、と僅かな風が頬に触れ、目を開ければ机の上に紺色の物体。長細い、オーソドックスなデザインの抱き枕である。
「どうでしょうか」
「中は……、綿か」
重力だけで変形することは無いが、力を加えれば折れ曲がる程度に中が詰まっている。綿特有の弾力とぬくもりが良い感じである。
「そうですね。私は、低反発ビーズが好きでしたけど……」
今は材料が無いので、綿か羽毛しか作れないのだろう。オリバー様にどちらがいいか、確認しようと思ったのだが。口に出した単語に興味が引かれたらしい。
「どんなものだ?」
「特殊な素材を使っていて、触ると、もちっとしています」
「もち……?」
「はい」
人をダメにするような感触が特徴であるが、口で説明するのは難しい。
触ったらそのまま手が埋まっていくような、僅かに押し戻される感覚があるような。中に粒が入っているはずだが、触り心地はなめらかで分からない。
とにかく、ずっと触れていたいような、そんなものである。
「…………条件に該当する素材を、幾つか手配しておく」
「良いんですか?」
「ああ」
実現可能な素材であれば、スキルで確認ができる。異世界でも低反発ビーズクッションができれば、生活の質向上は間違いなしだ。
「少し遅くなりましたけど、今から夕食の準備をしますね」
オリバー様は寝室に抱き枕を持って行っておきますか、と確認しながら作ったばかりの抱き枕を手渡した、その瞬間。勝手に発動していたのか、『睡眠予測』の文字が視界に光る。
「ユイ?」
四時間から、五時間半に。僅かではあるが、睡眠時間が増えたのである。
「あ、いえ。食べたいものはありますか?」
「ユイに任せる」
「わかりました」
会話していても、予測時間に変化は無い。やはり、抱き枕がキッカケで時間が変わったのだろう。
「これは……、凄く、役に立つのでは……」
その行動ごとに、睡眠予測が示す時間が変わるのならば。オリバー様の睡眠に、何が強く影響しているのかも分析できるはず。
期待を胸に、睡眠時間をさらに伸ばすため食材に手を伸ばす。
「目指せ、睡眠時間七時間以上、かな」
食材を斬る軽い音が、キッチンに響いた。
次回は来週末に更新予定です。




